第8話 裏表、表裏一体、狭間で揺れる

 キャプテンの守内真奈を呼びよせる。


「――真奈、今日はソフィがいないから手を借りたい。真奈なら、今伝えた戦術を理解できてるだろ?」

「はい!」


 同じ中央の守護者センターバックでも、真奈は理論的に理解して行動に変換するタイプ。体育会系の性格だから伝えたことをきっちり指導できるだろう。

 対してうちの妹心乃美は完全な感覚派でナマケモノ目ナマケモノ科。普段は怠けに怠けているがいざというときだけ常識離れした身体能力を発揮する。……戦術理解なら間違いなく真奈のほうが深い。

 …………というか心乃美は本気で『なんとなくこうかなぁ』でなんとなくどうにかしてしまうから、多分、指示役には向かない。むしろあいつ自身が今伝えた話を理解できているかのほうが心配だ。チーム練習は真剣に取り組んでくれるけれど、個人練習をしているところは、せいぜいストレッチぐらいしか見たことがない。

 結衣やチサのように練習魔というわけでもないにも関わらず守備の要として欠かせないということは、実のところ一番の天才はうちの妹なのではなかろうか?



 U15ガールズの選手は今日から十三人になった。しかしまだ、たったの十三人という表現のほうがしっくりくる。

 なにせ試合を想定した練習をしようにも十一人対十一人の構図すら作れないのだから、今日のように急いで新しい戦術を浸透させようとしたところで、効率的に練習することができない。

 現実的な策として攻守を完全に切り分けて『攻める練習』と『守る練習』を同時にしているわけだ。だが、そうすると『攻守両方を担当する選手の練習』というものが難しくなる。

 もちろん全てのポジションが両方の役割をやらなくてはならないのだが、比率は違う。

 中盤や攻守に上下動するサイドの練習ができない。

 そこで俺は、実際の攻防を再現するよりも、選手に動きだけを覚えさせる時間を作った。


「七海、ライン際じゃなくてもっと中に」

「本当にここでプレーするんですか?」


 オルフェスの戦術は基本的にマンツーマンだが、こちらが攻勢に出ればフィールドプレイヤーのほとんど全員をゴール前に集中させて渋滞を起こさせる『人海戦術の守備』を使う。

 前回は前者のマンツーマン戦術でやられて前半に失点し、ハーフタイムで打った策には後者の人海戦術が立ち塞がった。

 両方に策を打つ時間は無い。

 ではどちらに対応すれば良いかとなれば、前者だと断言する。

 まず人数で守りを固められると、並大抵のことではこじ開けられない。セオリー通りに三人の相手に囲まれて、それでも突破できる技術を持つ選手がうちには二人いるわけだが、抜けたところで四人目が待ち構えているし、そこを抜けても更に五人目が待ち受ける。その頃には最初に抜いた三人が守備に戻ってくる。

 人海戦術を相手にしては、個人技術だけではどうしようもない。

 かといってチームの連携で崩せるかというと、非情に難しい話になる。

 そもそもゴール前を人で固めるというのは究極の弱者戦術であり、なぜ究極であるかと言えば、圧倒的強者であっても簡単には崩せないからだ。

 加えて、性別と年齢特有の事情も重なる。

 プロの男子選手なら、ゴールから多少遠くとも相手選手の上へ回転をかけたボールを蹴って曲げて落とし、空中を利用したゴールを狙うことができる。僅かな隙間を見つけて、槍で一点を突くような鋭いシュートで狙うこともできる。どちらも中間距離から放つ『ミドルシュート』と呼ばれるものだ。

 でも、彼女たちにそのパワーは無い。技術云々ではなく単純にキック力の問題で、解決は不可能だとさえ思える。

 中央を固められているからサイドから攻め、そこから中央へ向けて浮き球のセンタリングを蹴って背の高い選手がヘディングで合わせる――という方法も人海戦術には有効だ。

 しかし両チームの体格は大して変わらない上に、うちで一番効果的に動ける前線は一枝いちえだ果林かりん。チサや奏と並んで背丈のない選手である。一番空中戦で勝てるのは守備の要センターバックの守内真奈と心乃美。二人を攻撃に参加させてしまえば一気に守備が手薄になってしまうだろう。

 だから前者のマンツーマンを打ち破って、先に得点し、守る選択肢そのものを潰す――。


「上手く確実になんて考えなくていい。後ろを信じて、失敗してもしつこくチャレンジするんだ」

「でも、こんなところで失敗したら……」

「結衣やチサだって失敗はする。あいつらはアホだから恐怖心が無いんだ」


 言うと後ろから「聞こえてるわよ」と声が飛んできた。エルフ耳め……。


「あと奏。もっと後ろでいいぞ」

「え……。でもオフサイドラインが」

「難しく考えるな。シンプルでいい。奏の守備なら必ず上手くやれる」


 頭の中で戦術を練るのと実際に選手が動けるよう伝えるのとでは、感覚が全く違う。念には念を入れて一番簡単で実効性の高い方法を選んだつもりだけど、それでも無茶ぶりが過ぎるかと思えてくる。

 一日で教えられることなんて、ほんの僅かしか無い。経験の無さが従来の形にとらわれない柔軟性となるか、それとも経験の無さゆえに緊張や混乱で動けなくなるか――。

 だが奏と七海、美波に足を止めるクセはない。周囲には頼もしいチームメイトがいる。――そこに、全てを賭ける。

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