3 オーバーアンドオーバー

第1話 女の子特有のあれ

 信仰への試練なんていうとんでもない名前で呼ばれる階段から三人が戻るのを待ち、やはり危ないから――とそれぞれの家まで送る。美波と奏にはすんごい嫌そうな顔をされたけれど、だからといって見逃すわけにもいかない。コーチとして、年上として、男として。


 釘屋奏の家は趣のある大きな屋敷だった。邸宅と言うよりは屋敷――。つまり和風で築年数はよくわからないけれど、とにかく立派。米蔵のようなものがあったから農家だろうか?


 この辺りで農家はそう珍しくもない。美味しいものをいっぱい食べていっぱい大きくなってほしい。



 家に帰ると「お帰りなさいっ。カバン持ちましょうか?」とチサが言ってくる。



「いつも悪いな」



 なんて言いながら、初めてカバンを預けてみた。


 するとパァッと笑顔が咲いて、カバンを抱えながら跳ねるような足取りでリビングへ向かう。ヤバい。可愛い。あと三年遅く生まれてたら絶対惚れてた。この甲斐甲斐かいがいしさは反則だ。



「夕飯はちゃんと食べたか?」



 倉並姉妹の家へお邪魔する時間と夕飯時が重なってしまったから、今日はチサに仕上げの調理をお願いしてあった。



「朝に仕込んだものを温めるのと、ご飯を炊く程度ですから」



 そこそこ面倒だと思うけれど、チサにかかれば『程度』と表現されるのか。この年齢にしてすでに頼もしい。



「親父は残業だったっけ。心乃美は?」


「もうお部屋に」


「はえーな。あいつ、なにか手伝ったか?」


「…………えー、……と。…………あっ! 今日は一人でお風呂に入れました!!」


「幼稚園児かよ……」



 忠実まめやかな後輩に比べて実に怠惰な妹よのう。兄ちゃんは恥ずかしいぞ。慣れてきたけど。



「すぐ用意しますから、ソファでくつろいでいてください」


「それぐらい自分でやるって」


「ダメです! 疲れて帰ってきた人に家事はさせられません!」



 ぷんぷんとやはり愛らしく怒りながら言ったチサに、俺は小さく呟いた。



「良い嫁さんすぎるだろ……」


「ふぇっ!? よゅ、よよよ、嫁なんてっ、そんな」


「将来の旦那さんが羨ましいよ」



 この子なら良い人を選べるだろうな。


 ……いや、人間は選択肢が多いと間違いを選びやすいとも言う。見目が良くて器量も良くて、でも選ぶ相手は最悪……。例えば俺みたいなサッカーバカとか。……チサもサッカーバカだから、あり得る。



「そ、そうですかね……。そうだと、良いんですけれど」



 褒められて恥じらう表情が可憐だ。もう少し成長すればここに大人の女性らしさが加わってくるのだろう。落ちる男はいくらでもいる。



「チサ。間違っても、俺みたいなサッカーバカを選ぶなよ。ちゃんと定時で帰ってきて、家族を心配させないような人を選ぶんだ」



 うちは親父があれだから、母さんも苦労した。妹なんて女性らしさの欠片もなく育ってしまっている。俺だって親父似だと自覚しているから、人のことは言えない。



「…………私は、一つのことに全力を注げる人って、すごく素敵だと思います」


「んー、まあ、それもわかるんだけどさ」



 家庭を顧みないパートナーを選ぶと大変だぞ。


 どう伝えたら良いか――、と腕を組んでいると、玄関前の廊下に繋がる階段のちょっと上のほうで妹の声が鳴った。



「お兄ちゃん。チサちゃんの言ってる意味わかんないの?」



「意味?」と返すと、チサが「わっ、わっ、わっ」と心乃美に向かって手をバタバタと振って慌てふためいている。


 それをやはり階段の上のほうから楽しそうに眺めて、妹は更に「どう? 苦労するって意味、わかったでしょ?」なんてチサに向けて言った。



「うぇぇ!? えっと! その…………。…………はぃ。少しだけ」



 ヤバい。俺の理解できないことを女の子同士で共有しているらしい。ふふんっ♪ と鼻を鳴らして見下してくる妹の顔が、対女性論を諭すときと同じ感じだ。二人が何を理解し合っているのか、サッパリわからん。


 脳にテレパシー機能とか付いてんのかな? 『行くよ、翼くん!』『オッケー、岬くん!』…………すげぇ。連携に便利なことこの上ない。



「――――っと、あっ、じゃあチサ、夕飯の準備頼むよ! 心乃美と話したいことがあるからさ」



 思いついた言葉をそのまま喋ると、二人は表情に疑問符を浮かべた。


 ただ、チサは素直に「はい。できたら呼びますね」とだけ答えてくれる。心乃美も「どうしたの」とは言ったけれど、すぐに踵を返して部屋へ向かった。


 チサに家事をさせながら兄妹で話し込むことなんて今まで無かったから、何かあってのことだと察してくれたのだろう。

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