第9話 友人
「誰にも教えないでって言ったのに。教えたのは七海? 美波? どっち」
低血圧っぽい、起伏のない声。
見るとグレー一色の服を身に纏った、釘屋奏だった。
「奏か……。お前こそ、どうした? もう夜だ。外を出歩く時間じゃないぞ」
「女子高生と女子中学生をはべらかせて言われても」
「はべらかせてはねえよ。心配しながら帰りを待ってるんだ」
「やっぱり、あの二人が連れてきた」
「ぅう……」
なにか訳ありっぽいし、できれば偶然ここに座ってたことにしたかったのだけれど。完全に読み透かされてしまった。
こいつは守備でもやたら先を読もうとするところがあるからなぁ。これだから守備が得意な奴って扱いに困るんだ。妹を含めて。こっちの考えを当たり前のように見透かしてくる。
「どちらが連れてきたかは問わない。知られてしまえばもう、二人を口封じするしかないから、仕方ないの」
「口封じって……」
淡々と言われると怖いワードである。
ちょっとだけたじろいだ俺の横で、ソフィが問う。
「誰に知られたくないの?」
相変わらず遠慮とか
「結衣」
即座に一言で返されたが、俺とソフィは目を合わせて首を傾げる。
「なんで結衣に黙ってないといけないんだ?」
「知ると絶対、私もやる――って言い出すから」
「ああ……なるほど」
一瞬で場面が想起できた。そりゃもう怖いぐらい鮮明に。あの負けず嫌いな性格だ。スタミナに課題がありそうだし、こんな練習場所があれば飛びつくだろう。
「結衣に内緒――ってことは、これは結衣に勝つための練習か?」
「勘違いしすぎ。これは結衣に『引き離されないため』の練習。私は結衣に勝つ気も争う気もない。黙っていてほしいのは――――」
いつも最低限だけを淡々と物語る口が、唐突に止まった。
「どうした」
「……………………これ以上、結衣が下手になっていくのが見ていられないから」
一度止まってから紡がれた言葉は想像の範疇から大きく外れていて、今度は俺の口から言葉を奪ってしまった。
「じゃあ、私も行くの。待ってなくていいから」
奏はすぐに駆け上っていった。全員、この階段を登ることに躊躇がない。
倉並姉妹は少し小柄ではあるけれど、年齢なりの範疇で身長を有する。しかしそれ以上に小柄な彼女の身軽さは下から見上げてもすぐにわかり、先に行った二人よりも遙かに早く闇と溶け合った。
「ははっ……。こりゃヤバいな」
「ケイタ?」
奏の言葉が示す意味は、今はわからない。良くない未来を案じているということは伝わってきたが、真意までは定かじゃない。
でも俺は、意図せずに笑みをこみ上げていた。
半分は純粋な呆れ。こんな階段でトレーニングなんて前時代的にもほどがある。効率重視の科学的トレーニングを提唱する人間が見たら、卒倒するんじゃなかろうか。
「やっぱこいつらのコーチ、楽しいわ。とんでもない奴らだ」
「――うんっ」
だが残る半分は、ただただ熱いものに触れた感触。
彼女たちの行動は俺の感情を沸き立てるように煽ってくる。
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