第19話 女の子の秘密

 児童養護施設に足を運んだ翌日の早朝、俺は自転車を漕いで再び施設へ向かった。入り口の門が見えてきたところで、中から結衣が出てくる。



「よう」


「……なんで、あなたがいるんですか?」



 怪訝な表情で問われた。



「毎朝ランニングしてるって聞いてな」


「ストーカーみたいなことしないでください」


「ひでっ……。俺は心配して――」


「余計なお世話です」


「お前が一年生と上手くやってくれないと、チームが勝てないんだよ」



 そう告げると、結衣は何も言わずに走り始めた。俺はそこに自転車で併走する。本当は一緒に走れれば良かったんだけど、また電子煙草中毒の医者に怒られるのは勘弁願いたい。



「私が二人――特に果林のレベルに合わせたところで、勝てるとは限らないでしょ。相手だって対策ぐらいしてくるはず。私のレベルに果林が合わせてくれるなら、勝たせてあげる自信はあるけれど」


「ははっ、相変わらず強気だな。でもお前は上級生だろ。果林と、練習以外で話すことはないのか?」


「ないわ」



 練習中は四六時中コーチが見張っているというわけでもない。練習外の時間、練習の前後などは特に、選手の自由にさせている。そこで会話ぐらいしていれば……と思ったのだけれど。



「あっちだって、嫌いな相手と話なんてしたくないでしょう」


「なんで嫌われてるなんて思うんだ?」


「私が嫌ってるからよ」



 そりゃ、まあ……。こうもハッキリ言われるといっそ清々しいというか、返す言葉がないな。



「ここに来たってことは、果林の家にも行ったの?」


「いや、まだだ。チサと一緒に行こうかと思ってるんだけど」


「そういえばあなた達、一緒に住んでるんですってね。チサに変なことしたら許さないわよ」


「しねえよ! 心乃美だっているし!」


「心乃美がいなければ、するの?」


「するわけねえだろ! ――――って、お前、チサのことは認めてるのか?」



 そういえば練習中も、チサとはタイミングが合わないなんてことないな。チサも合わせているけれど、それだけでは成り立たないだろう。


 中盤同士の横関係と中盤と前線の縦関係では種類が違うとはいえ、連携ミスが殆どないというのは凄いことだ。



「付き合いが長いし、あの子は実際上手いわ。私のことを手本に……なんて右足ばっかり使ってた頃はイライラしたけれど」


「なんで?」


「才能の無駄遣い。あと、あの子に一方的に慕われて模倣もほうされる身になってみなさいよ。どれだけプレッシャーだったか。毎日後ろからヒタヒタ足音が聞こえてくる気分よ」



 一学年下の天才プレイヤー。きっと比較されたこともあるだろう。そいつが一方的に自分のプレーを模倣してくるというのは……。



「確かに、怖いな」


「……そういう意味で、あなたには感謝しているわ。私に懐いて離れなかったチサが、対等に並んで戦ってくれる。それは凄く楽しいもの」



 話す結衣の表情は曇りがなく、本当にチサに関しては認めている……、いや、それ以上に妹のように想っているようでもある。



「なあ結衣、お前ひょっとして、果林に嫉妬してないか?」


「はぁあっ!?」



 朝空に響く声と同時に、瀬崎結衣は立ち止まった。立ち止まって、一気にこちらへ詰め寄ってくる。



「どうして私が嫉妬しなきゃならないのよ!!」


「いや、なんとなく。一方的に慕ってくれてたチサが、果林っていう相方を見つけて――みたいな」



 言うと今度は、ボッと顔を赤くして俯いてしまった。この表情はまさか――



「当たってる…………のか?」


「なんで……………………。なんで私のこと手本にしてたのに、あんな下手くそとコンビ組んでるのよ!!」


「んなこと、俺に言われても」



 当たらずとも遠からず……もしくは本当に当たっている……か。複雑だなこれは。



「ああ、そういや果林の経歴も調べたんだけどな」



 結衣のちょっと尖ったエルフ気味の耳が、ピクリと反応した。案外わかりやすくて可愛い性格だ、こいつ。この辺が狐の所以ゆえんなのかな。



「ひょっとしたら、チサは果林のこういうところに惹かれてるんじゃないかなー……っていうところを見つけたよ」


「ちょっ、どういうところよ!? 足! 足の速さ!? 足が速いからなの!?」



 ははーん。さてはこいつ、足の速さぐらいでしか自分が劣っているものはないって本気で思っているな。


 必死に二十メートルダッシュを繰り返したり、こうして走り込んだり、まあ全部が全部果林への嫉妬心ということはないとしても、そういう努力の裏にはやっぱり少なくない嫉妬心があるのかもしれない。


 ならば、



「まあ、足……と言えば足か。あの脚力の秘密……。こういう練習をしているなら、脚力があるのも不思議じゃないかもなあ……みたいな」



 結衣の心を釣れそうな言葉を選ぶ。



「勿体ぶらないで教えなさいよ! そんな秘密の練習があるなら私もやるわ!」



 耳まで赤くして叫ぶように言った。そんな彼女に俺は「じゃあ……」と勿体ぶって交換条件を突き付ける。



「今日の放課後、チサと一緒にレポロのグラウンドに来てくれ」

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