第6話 はじめて

 女子チームの練習直前。


 日が徐々に傾きかけてきたグラウンドに少しずつ選手が集まり始めて、俺とソフィはコーチとして練習の準備をしている。基礎練習用の道具を並べたり、ビブスの入った箱をベンチのところまで持ってきたり。


 そんな中、俺はソフィに声をかけて瀬崎の状態と事情を説明した。



「その男子選手の言うこと、理解できる部分もあるよ。ユイは無理をするよりも女子チームに絞ったほうが賢明だと思う」


「ブレねえなあ……」



 ソフィは練習初日から、少なくともチサについては混成チームでの練習に反対していた。この反応は想定の範囲内だ。


 しかし彼女は全力で俺の思い込みを否定してくる。



「違う! 私はユイのために女子チームへ一本化すべきだと思っているけど、男子が遠慮するのは勝手で一方的な理由だよ! その責任はユイにないね!」


「そ、そうか」



 俺は思わず胸の前に手を翳して、食って掛かるソフィを制止した。


 しかし、よかった。以前の発言を考えると、ソフィは男子選手の意見に完全同調する可能性も……と思っていたんだが、それとこれとは別のようだ。



「なら、俺の考えた解決策に協力してくれないか? 監督の許可は得たんだけど、ソフィにも協力してもらわなきゃできなくてさ」


「どうするの?」


「言いにくいんだけど…………実は……」



 倒れるまで走り続ける瀬崎を見ながら思いついた、一つの策。


 少し大胆すぎるかもしれないけど――と躊躇しつつ、ソフィに提案してみる。こいつは相棒だ。包み隠さずに話し合って協力を得なければ、実行はない。



「……面白い……けど。それじゃパパに黙ってるわけに、いかなくなるよ。ドクターの指示には従わないと」


「『できるだけ休め』とは言われているけれど、『全くプレーするな』とは言われてないからな。あとは選手達が受け入れてくれるかどうか――だ」


「私、説得のためだけに来たんじゃないよ。また無理しないか、って――」



 わかりやすく心配を表情に出されて、一瞬戸惑った。


 さっき瀬崎に言ったばかりだけれど、無理は体に返ってくるんだ。今の俺に必要なのは静養――。


 だけど休んでいるだけじゃ、チサのお陰で心に灯った火が簡単に消えてしまいそうで、凄く怖い。今のうちにもっと焚き付けないと、心細い。



「ソフィなら、俺が無茶してもすぐに止めてくれるって信じてる。これはソフィがいてくれるから、できることだよ」



 苦しそうな顔で俯いて、頷いてくれた。いつも年上にしか見えない容貌が急に幼く見えて、心の中で罪悪感が膨らんだ。


 卑怯ひきょうな物言いをしたかも知れない――と、胸にトゲが刺さる。



    ●



 練習開始時刻を迎えると笛を鳴らして号令をかける。集合した選手達に対面して俺とソフィが横に並び、監督が後ろに控えている状況で、俺の口から女子チームの選手へ重要な報告をした。



「ゴールデンウィークに行われる地区大会にエントリーした。周辺市部で終わりの大会だから優勝しても全国に行けるわけじゃない。けれど、U15ガールズ――女子チームにとっては、初めての対外試合だ。まずは一勝、できれば優勝を目指そう!」



 練習の裏で、俺達は女子チームの目標を定めるため様々な大会のエントリー要綱を集めては読みあさっていた。


 するとすぐに、女子チームの大会は男子に比べて少なく、常に参加チームが足りない傾向にあると気付いた。地区大会より大きな規模でも、要件さえ満たしていれば実績の欠如を理由にエントリーを弾かれるようなことはない……そう思える大会もある。


 しかし最初の対外試合としては、規模が小さくても慣れ親しんだ地区を選んだほうが良いという判断だ。さすがにここは監督も関与した。ゴールデンウィークというのは大会の開催にうってつけであり、男女混合や小学生チームも何かしらの大会に参加する。そうするとコーチ陣が分散するし、移動のために出すバスの手配なども前もってしっかり決めなければならない。


 監督が提案してきた大会は近隣の市で開催されるから移動の負担も少なく、参加チーム数や日程も魅力的に思えるもの。俺とソフィは迷うことなくそれに賛同した。


 初めての対外試合と初めての大会参加――――。選手達は一様に驚き、次いで表情を引き締めて明らかに士気を上げる。



「しかし」



 水を打つように、俺は強く言う。



「十一人で行う最初の試合が大会というのは、あまり好ましくない。事前に、少なくとも一度は練習試合を組みたいと考えている。――そしてその相手も、さっき、無事に決まった」



 俺の言葉に、最前列に立っていた一枝いちえだ果林かりんが小さな背からひょいと手を挙げ、「はいはいっ!」と言いながらぴょんぴょん跳びはねる。小動物みたいだな。



「練習試合の相手ってどこですか? 強いですか? めちゃ強いですか!?」


「ああ、強いよ」


「おおっ!」



 相手が強いと燃えるタイプらしい。良い傾向だ。


 全体を見渡して、皆が皆発表を待ち望んでいることを確認する。こう期待されると嬉しい。策を練った甲斐がある。


 俺は満を持して大きく溜めを作ってから、もう一度声を大にして言う。



「相手はFCレポロ、U15男子・・チームだ!」



 瞬間、彼女達から一気に熱が引くのを感じた。

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