第7話 ロリコ――

「なんで男子チームと試合なんですか?」



 瀬崎結衣が不満たらたらの顔で言う。



「私はそんな試合、やりたくありません」


「瀬崎がやらないなら、瀬崎以外の十一人で戦ってもらう。理由は――そうだな。男子選手の所為せいで戦う気を失った瀬崎の……弔い合戦、と言ったところか」


「なっ……!」



 もう一度、声を張る。



「なあ、お前ら! この中で一番上手いのは誰だ!?」



 問いかけると、自然と瀬崎へ視線が集まった。……まあ一枝果林だけは迷わずチサのほうを向いたけれど。


 ほとんど共通の理解として、このチームの中心にいるのは瀬崎結衣ということだ。



「その瀬崎を――、二年生の男子選手が『女子相手じゃ本気になれない』ってバカにしたんだ! ぶつかったら壊れそうとか、必死なのに可哀想とか、そんなことまで言われたのを俺はこの耳でハッキリ聞いた! お前らの中で一番上手い瀬崎がそこまで言われて、バカにされて、お前らはただ黙って見過ごすことが出来るのか!!」



 珍しく感情的というか……やっぱりチサと対戦して以来、心に熱が滾っているのを感じる。燃料が少し足りないだけで、火はちゃんと灯っていた。心臓が怖いぐらいのスピードで脈を打ち、こうなってしまえばもう、自分で自分を止められる気がしなくなる。



「……で、できませんっ!」



 そしてこちらも、やはりというかなんというか、一番最初に反応したのはチサ……寺本てらもと千智ちさとだった。


 どんなに普段がオドオドしていようが、『憧れの瀬崎さん』をバカにされて黙っているタイプじゃない。むしろ一番怒るのがチサだろう。



「私も、そんなの無理です!」



 次いで一枝果林。息が合ってるな、一年生コンビ!



「上級生は知りませんけど、一年生の男子なんてゴミみたいなもんですよ。うんこですよ。全然上手くないし、私とチサだけで瞬殺出来ます」



 女の子がゴミとかうんことか言うんじゃありません! あと二人だけで瞬殺って、お前らは喧嘩で決着でも付ける気か!? ――でも意気込みは最高だ!!



「俺は、瀬崎をバカにされるってことは、この女子チームをバカにされたのと同じことだと思っている。実際、瀬崎を女子チームで引き取れ――みたいなことも言われたしな。今後混成チームに瀬崎が参加するかどうか、そこは瀬崎次第だ。俺達が決められることじゃない。――――だが、バカにされて黙っているか、いないか、それは俺達が決めることだ!」



 選手達に火を付けようと、まず自分の火を炎に変える気概で咆えた。女の子相手に『俺達』という表現で良いのかとか色々思うところはあるけど、そういう一切を無視して感情をぶつけた。


 続けて、傍に立つソフィが口を開く。



「ケイタの話は少し、乱暴かもしれない……。――でも、私も同じ意見だよ。練習試合でも気合いが入るし、絶対に負けられない! ううん、私達は絶対に負けない!!」



 コーチが二人で良かったと心底思う。俺だけでは力が足りなかっただろう。


 ソフィは頭の回転が速く、冷静。だけど内側にはかなりの熱量を持っている。何より選手とは女子同士で、年齢も限りなく近い。


 ――頼りにならないはずが、ない。


 俺は相棒を味方に、もう一度言葉を発する。


 だがずっと熱いだけじゃ、ただの勢い任せだ。俺達だけの勢いで決めたってチームの結束は固まらない。だからこそ彼女たちには正確な情報を伝え、考える間を与えたい。



「――相手は男子チーム。ただ、さすがに男子チームが三年生のフルメンバーを出してくるとは考えづらい。監督にもそこは確認した。恐らくは三年生抜きの一、二年生から選抜したメンバーと戦うことになるはずだ」



 相手が一、二年生中心のチームだと知ったからか、十二人の表情が僅かに和らいだ。同時に空気が和む。でも、まだ和まれちゃ困る。



「たかが練習試合とはいえ、俺は女子チームの『尊厳』を賭けた試合になると思っている。――お前達、勝ちたいか?」



 シンプルに問いかける。


 勝つ意欲は競技としてサッカーをするなら第一に確認すべきことであり、最後までブレてはいけない肝所だ。


 女子選手達は少し悩んでから、瀬崎に注目する。


 それぞれに思うところがあるのだろう。中にはつい先月――前年度――まで混成チームで、瀬崎と共に戦っていた選手もいるんだ。


 しかし悩みを見せたのも束の間。沈黙を破ったのは渦中の瀬崎結衣だった。



「……さっきの言葉は取り消すわ。私がバカにされたまま、黙っているわけ無いじゃない。当然、勝ちに行くわよ」



 この勝ち気な性格――。


 二年生と言えど、やはりこのチームを引っ張っていくのは彼女だろう。瀬崎には、そういう素養や気質があるような気がする。



「――だそうだ。異論はないか」



 誰一人として、抗議したり、異論を唱える様子はうかがえない。驚くほどよどみのない視線をこちらへ向けてくる。



「……よし。負けられない練習試合、そして大会への参加も決まった。――そこで今日は、ウォーミングアップの後、俺が直々にお前達の弱点を暴いてやろうと思う!」



 俺の言葉に、ソフィが乗っかる。



「知らない人もいるかもしれないけれど、これでもケイタは、名を馳せた選手だよ」


「ぐっ」


かつて・・・は天才と呼ばれ」


「ぐふぅ――」


一度は・・・海を渡ったよ!」


「ぬぁのぐはぅ……」



 やめて! 褒め殺しながら傷抉ってるから、それ!



「今はこうして、のうのうと逃げ帰ってきたけど」


「逃げてはねえよ!? てめえ言いたい放題だな!!」



 絶対悪ふざけしてるだろ、とさすがに堪忍袋の緒が切れた。


 ……それなのにソフィは急に切なそうな表情になって、俺の脈がトクン――と急にゆっくり、柔らかな強さで打つ。



「……ケイタは、練習のしすぎで少し、休まないといけなくなったね。外国に出て、一人で、そんなになるまで戦い続ける――。中々できることじゃない。凄く、熱い選手だよ。…………私は、そんなケイタに戻ってきてほしくて日本に来たけれど……。ケイタ、コーチやっても結局、熱くなってしまうみたい」


「…………」



 やめてくれよ。そんな風に言われると、もうツッコめないじゃないか。


 ソフィの想いに触れて、つい目頭が熱くなる。誰も見ていなかったら泣いていたかもしれない。こいつが俺のことをそんな風に認めてくれていたなんて、思いも寄らなかった。



「まあ、チサのエプロン姿を見て可愛いとか言い出す、ロリコンだけど」


「ちげーよ!?」


「言ってた!」


「可愛いと思ったのを可愛いって言って、なにが悪い!?」


「……わ、悪くはないけれど!」



 と、ふとチサのほうを見る。ほら、やっぱり茹だったみたいに顔を真っ赤にして、俯いてしまってるじゃないか。効果音を付けるなら『ぷしゅぅ』って感じだぞ。可愛すぎるわほんと。



「はい! はいはいっ!」


「――どうした、心乃美このみ



 今度は妹が手を挙げて、発言権を求めてくる。つい普通に名前を呼んでしまった。



「こーちゃんねえ、ずうっと悩んでいたんだよ。こういう場で、お兄ちゃんのことをなんて呼べばいいのかって。――――でもね、わかったんだ」


「それ、今重要か?」


「ロリコーチだ!」


「妙な名前付けるんじゃねえよ! それならまだお兄ちゃんでいいよ!」



 酷い妹だ。本当に酷い出来の妹だ。


 しかし俺が不満を示すと、心乃美は悪いことを企んでいる顔で周囲の女子選手達にこそこそと、なにかを伝え始めた。



「せーの」




「「「「「「「「「「「「お兄ちゃん!」」」」」」」」」」」」




「圧が半端ねえええええぇッ!」


「嬉しくないの? 十二人の妹だよ?」


「両親が謎すぎるわ!」


「この中に一人妹がいる件について」


「お前だよ!」


「お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないよね!」


「常識を持って!?」



 もう、なんの話だったか忘れそう。



「――で! とにかくお前らの弱いところを俺が突いてやるから」


「やだこのロリコーチ、エロいいふぁいいふぁいっ!」


「そろそろ心乃美は黙ってろ。な?」



 さすがに我慢の限界を超えた。俺は妹の愛しきふかふかほっぺを一つも躊躇わずに全力で、左右に引っ張ってやった。


 少し間を置いて空気を正すと、「こほん」と咳払いをして、あくまで重い調子で言葉を紡ぐ。やりづらいなあ、もう!



「そうだな。三十分の間、三人ずつ相手してやる。三対一で、俺はボールをキープしながらゴールを目指す。交代は自由だが、俺からボールを奪えた選手はゲームクリア――ということで休んでいて構わないぞ。だが奪えなければ…………、さっき瀬崎が走った二十メートルダッシュ百五十本をやってもらおうか。――さて、何人がクリア出来るかな?」



 正直、そう簡単に奪われない自信はある。



「――じゃあ、さっさと終わらせるの」



 最初に名乗りを上げたのは、意外というか、普段はそれほど主張しない釘屋くぎやかなでだ。いの一番に手を挙げるタイプだとは思わなかった。


 そして正直、厄介な相手でもある――。


 彼女の守備は先読みに長け、一度抜かれてもスッポンのように食らい付くスタイルだから、一人ならともかく三人の中に混ざると……最悪の相手だな。



「天才だかなんだか知らないけど、チサより上手い選手なんていないと思ってるし。果林もさっさと終わらせちゃお」



 次いで名乗り出たのは、一枝果林。横でチサが苦笑いしている。


 一枝は守備という点では怖くない相手だ。怖いのは瞬発力を活かした不意打ちぐらいか。



「バランスが悪そうだな……。では、私も参加しようか」



 そして、守内真奈。


 身長は俺より少しだけ高く、チーム二番目。マンツーマンでの対人守備に関してはチーム随一と言えるだろう。最大の難敵だ。


 彼女や釘屋奏といった守備に長けた選手からずっとボールを奪われないなんてのは恐らく無理で、下手をすると、あっさりやられるかもしれない。


 でも、だからこそ体力のある間に出てきてくれるのは、ありがたい。彼女達の問題点を暴くためには、それを指摘できる状況を作るまで絶対にボールを奪われてはいけない。



「じゃあ、始めるぞ」



 三対一――。サッカーでは『よくあるシチュエーション』であり、ボールを奪う形としてはほとんどチェックメイトである。


 だからこそ三対一の包囲網を単騎突破できる選手は特別な存在となる。逆に言えば三人で囲い込んでボールを奪えなければ、守備者として失格の烙印とも言えるわけだ。


 その烙印を、こいつらに捺してやる――。

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