第3話 女子選手

 U15混成チームの練習は、想像していたよりも本格的なものだった。


 俺はこの世代をレポロで過ごしていない。


 ただ、飛び級で上の学年に混じっていたから、中学生の練習風景ぐらいは覚えている。もう四年も前のことだ。


 その頃に比べて、大きく様子が変わった。


 人数は全学年が募集上限一杯まできっちり埋まっているし、選手のレベルも上がったように見える。


 レポロの募集はセレクション(試験をしてチーム側が所属選手を選ぶ)をせずに、先着順の早い者勝ちだ。だから選りすぐりの選手を集めてきたということは、ない。純粋に、優れた選手がこのチームを選択するようになり、その指導も上手くいっている――ということだろう。



 学年毎にウォーミングアップと基礎練習を行い、その後にチーム連携、そして全体での、試合に近い形の練習。


 最後に二、三年生は、フルコートを使った十一人対十一人の紅白戦。一年生はU13中学新人戦へ向けて、ハーフコート(フルコートの半分サイズ)で別メニューの実践練習をしている。U13は、まだ十一人制ではないからだ。


 だからまあ、本来なら一年生のチサと一枝果林はまだ八人制のサッカーをしているはずの年齢だ。しかし女子チームは一から三年生まで全てを合わせないと、試合のできる人数にならない。そういう事情で二人もU15という扱いにしている。強制飛び級みたいなものだろう。



 俺は女子選手三人がいる二・三年生の紅白戦で、副審を務めることになった。


 主審(ピッチ内にいる審判)を務める経験や技術はないし、治療と休養という観点からも主審の運動量は好ましくない。


 プロサッカーでは選手の走行距離が概ね十から十一キロメートル程度に収まることが多いのだが、主審は十三キロメートルほど走る。この事実だけで主審が選手同様か、ひょっとすると選手よりハードな仕事である可能性すらあることを物語っていると言えるだろう。


 もちろん『見逃し』なんてことは許されず、常にボールの行方を追いかけながら選手の邪魔にならないよう気を配り、適切な位置へと移動し続けなければならない。そして難しいシーンでもブレずに、ハッキリとジャッジする。非常に難しい役割だ。

 今の俺につとげられるものではない



 間近で二、三年生合同の紅白戦を見ていても、瀬崎結衣のセンスや技術はやはり高いものがあった。


 しかし通用しているかというと……少し疑問を抱えてしまう。


 女子だからフィジカルで劣るということもあるが、まず周囲との関係から上手くいっていないように見えた。良い場所にいたのにパスが回ってこなかったり、逆にパスを出そうとしたときに味方が良い位置にいなかったり。


 サッカーは全選手が同時に動くチームスポーツだ。全員と親友になることはできなくとも、お互いをしっかり認め合える関係でなければ連動することは難しくなる。


 試合が終わって、選手達が休憩と水分補給に続々と引き上げてきた。俺も副審をなんとか勤め終えてホッと息を吐き、同じく水分補給と休憩に向かう。


 そんな中、二年生とおぼしき男子選手が、瀬崎に言った。



「おい瀬崎。今日でわかっただろ。女子は女子チームでサッカーやってればいいんだよ」



 選手同士の会話を盗み聞くのはどうなのだろうか、と思いつつも、俺は聞き耳を立てる。



手島てしま先輩や守内もりうち先輩は当たり負けしないけど、お前は違うじゃん。一年の頃からずっと身長も伸びてないし……ぶっちゃけ、怖いんだよね、お前とぶつかるの。怪我させちゃいそうでさ」



 内容から察するに、瀬崎と同じ二年生か。



「……何が言いたいの?」


「男子チーム、辞めちまえよ。邪魔なんだよ。大体、二つのチームに入れるなんてズルいだろ」



 男子チームなんてないんだけどな。


 ――ってところだけ心の中で呟いて、気持ちを落ち着かせようとした。


 けれど俺は、結局居ても立ってもいられない気分になって口を挟んでしまう。



「おい、チームメイトに辞めろとか、冗談でも言うもんじゃねえぞ」



 しかし中二男子というのは怖いもの知らずというかイキがっているというか、なんにせよ正面から反抗を示してきた。



「あんた誰だよ」


「女子チームのコーチだ」


「ああ。怪我したせいで女子チーム押し付けられた――って、噂の人? じゃあ、こいつのこと引き取ってよ。ちゃんと、責任持ってさ」


「だからな、チームメイトを邪険にして良いことなんて一つも無いぞ。第一、さっきの試合を見ている限りじゃ瀬崎の技術は十分通用してる。邪魔になんてなってないだろ」



 実際にそう見えた。


 女子チームでの瀬崎ほど圧倒的なものはなかったけれど、決して足を引っ張って邪魔になんて、なっていない。



「そうよ。威張るならせめて、私より上手くなってから――」



 珍しく大人しくしていた瀬崎がようやく言葉を返そうとしたのだが、男性選手はその言葉に耳を貸さず、割って入った。



「俺、女子相手じゃ本気になれないんだよね。他の皆だってそうだと思うけど。だって本気で体ぶつけたら、壊れちゃいそうで怖いし……。必死でやってるのにそれって、可哀想じゃん」



 可哀想――。


 その言葉を聞いた瞬間、俺は本気で、感情的に怒鳴ってしまいそうになって、拳まで握った。


 しかし同時に、後ろから肩を掴まれる。この手の感触は――親父。監督だ。



「はい、そこまで。チームメイトにそういう言葉を使うのは良くないな。とりあえずフルコート五周、走ってこい。――瀬崎は二十メートルダッシュ、回数は自分で決めていい。――――それから啓太も、ムキになるな。お前はコーチだ」



 こういう揉め事が発生した時に選手をバラバラに走らせるのは、当事者を争いの現場から遠ざけて冷静にさせるため――。そんなことを昔、親父は言っていた。



「親父!」


「監督な」


「――じゃあ監督。混成チームでの女子の扱いって、ずっとこうなのか!?」


「そうだな。ずっととは言わないが、これまでもこういうことはあった。他にも、パスが回ってこなかったり、円陣から女子選手だけ外そうとする――なんてこともな」



 円陣は団結を強めるための輪だ。そこから仲間を外そうとするなんて、そんなものもう本来の意味を成してない。あまりにも酷すぎる話だ。



「知ってて放っておくのかよ!」


「そんなことはしない。しかし選手同士のわだかまりを全て指導者が解決できるなんてのも、現実的に言えば絵空事だ。あくまで当事者が解決しなければならない問題ということに、変わりはない」



 そりゃ、そうなのかもしれないけど。



「じゃあ……男女差なんて埋めようもないものが原因なら、どう解決すれば良いんだよ」


「前例はある。三年生の手島や守内は実力で認めさせた。もっとも、手島は百七十二センチ、守内は百六十八センチ。体格に特段恵まれているという前提があるがな。……そして彼女達が混成チームでサッカーを続けた裏で、何人もの女子選手が辞めていった。その中には今の女子チームに所属する選手もいる」



 瀬崎の身長は百五十センチ台中盤。『女子選手として』という前提条件が付くならともかく、中学の二、三年生男子と比べるとどうしても小柄。そして細身だ。


 そこへ更に『女子』という要素も加わって、男子選手は彼女に対して本気で接触プレーが出来ない。


 ――――同じ男として気持ちも理屈も理解出来てしまうのが、悔しい。無条件では否定できない。



「瀬崎は…………。チサに対して、身長がないから混成チームはやめたほうがいいって、忠告していたんだ。あれは実体験があるから――」


「だろうな。実際問題、今の混成チームにいる女子選手は誰もが、今後公式戦に出ることが難しい立場だ。……それでも混成チームに居続けることに意味はあるのか。自分にとってプラスに働くのか。瀬崎自身にも悩みはあるだろう。女子選手が混成チームで活動するには、技術や体力以上に精神の強さ・・・・・が問われることになる」



 女子チームではトップレベルの選手が、公式戦の出場さえ難しい――。


 瀬崎はまだ二年生。今は四月だから来年を含めればほぼ二年のチャンスがある。しかしそれは果たして、チャンスと言えるのだろうか。


 同学年の男子選手がぐんぐんたくましくなっていく中で、置き去りにされてしまう――。そんな可能性だってある。いや、その可能性のほうがずっと高い。



「しかしまあ、前例と違うのは、今年は女子チームがあるってことだな」


「――ッ! 女子チームで瀬崎を引き取れって言いたいのか!?」


「そうは言っていない。解決方法、手段が増えたという話だ」



 解決方法――。


 今そんなことを言われても、瀬崎が女子チームにだけ参加するようになれば事は片付く……というように、どうしても聞こえてしまう。


 ……いや、三人を除く残りの選手は全て、女子チームにだけ参加しているんだ。そういう受け皿という意味も役割も、現に果たしているのだろう。


 特殊な事情を抱えているとはいえ、チサだって、女子チームがなければサッカーを辞めていたんだ。



「これから女子チームの選手が来る。この問題は一旦、啓太とソフィに預けるぞ。どうしようもなくなった時は監督の出番だ。――じゃあな」


「ちょっ、親父……」


 無責任というか、なんというか。放任主義ってやつか?


 昔はサッカーに関することなら、あれこれ口うるさく暑苦しかったくせに……。やっぱり昔と違う。



「…………俺にどうしろって言うんだよ」



 嘆きや理不尽に通じるような感情を一度ぼやいて吐き出し、すぐに瀬崎結衣の元へと歩き向かった。今は思い悩むより彼女のフォローが先決だ。

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