2 中学校

第1話 爆発寸前

 朝、リビングへ行くと珍しく、『おはようございます!』の声がなかった。


 その代わりにドポドポドポと水を勢いよく注ぐ音と、チサの後ろ姿がある。



「おはよ。水筒の準備か?」


「ふあ!? ひゃっ、はい! 水筒の準備でしゅ!」



 ふあ、って。でしゅ、って。めっちゃ『ビクゥ!』って身体が硬直するぐらい驚いてたし、全力で噛んでるし…………。明らかに、いつもと様子が違う。怪しいにも程があるぞ。


 何があったのかと横目でチラリと見てみると、学校へ持って行く水筒に炭酸飲料『コクコーラ』を注ぎ込んでいた。



「まてまてまてまて!!」


「どどど、どどうしたんですか? わたっ、わたちはいつも通りでつよ」



 いや、挙動不審すぎるから! 何一つ隠せてないから!

 つーか。



「そんなもん持って行ったら、爆発するぞ」


「爆発……? さすがに振ったりはしないですけど」



 嗜虐心をそそる焦り顔で可愛らしくきょとんと首を傾げてから、せっせと水筒の蓋を閉めはじめた。


 微妙に冷や汗をかいているのは、できれば炭酸飲料を飲んでいることを悟られたくなかったのだろう。やたらと体重を気にしていたし。サッカー選手としては、このまま下手に落とさずしっかり筋肉を付けてくれたほうが嬉しいのだけど。


 脂肪より筋肉のほうが比重が高いから、多少体重が増えても見た目は変わらないかむしろ引き締まることもあるからなぁ。


 ――って、そんなこと考えてる場合じゃない。



「だから待てって。水筒に炭酸飲料を入れると、放っておくだけで中の気圧が高まるんだ。蓋が開かなくなるか、最悪開けた瞬間――ドバッ!! と噴き出るぞ」


「そ、そうなんですか? じゃあ……」



 チサは蓋の閉まった水筒を流し台へ持っていき、軽く振るとすぐに開けてプシュッとさせる。どうやら少しずつ炭酸を抜いていく気のようだ。



「これなら問題ないです。カロリーも減りますし」


「減るわけあるか!!」



 ちなみにただの炭酸水はゼロカロリーである。それに人間は吸気より呼気のほうが二酸化炭素量が多いわけで、もし二酸化炭素にカロリーがあったら人間は呼吸するだけで痩せていくだろう。ピザもパスタもハンバーガーも食べ放題で飲食業界はわっしょいわっしょいお祭り騒ぎだ。



「あとそれ、死亡フラグだぞ」



 背番号10+天才+酸の抜けたコーラの組み合わせは多分、日本サッカー界における最も有名な死亡フラグだろう。絶対に無回転シュートの使い手と対戦してはならないし、十一人抜きなんてしたら最後である。



「だいたい、炭酸を抜いたコーラってただの砂糖水だろ」


「そんなことないです! ちょっと甘さが増すだけで、コーラはコーラの味です! コーラ味の飴とかあるじゃないですか!」



 この子、なんでコーラのことになると引く気がないの?



「………………あと、カロリーは減ります。多分」



 だから減らないっつうの。芸人のネタか。パン潰したらゼロカロリーか。



「はぁ。まあ炭酸抜けてるなら問題ないだろうけどさ。……そんなに気にするなら、ゼロカロリーのコーラにした方が良かったかな」


「あれは味が違うので無しです」



 こだわるなー。まあ憧れの瀬崎結衣に対する執着心とかを思えば、普段は引っ込み思案でも好きなものだけは譲れない性格なのかもしれない。



「わかった。そんなに好きなんだな?」


「は、はいっ!」


「うん。じゃあ遠慮しないで、沢山飲んだらいいよ。体重・・だって、成長期なんだ。筋肉が増えたと思えばなんてことはない。いやっ、むしろ接触プレーに強くなったと思えばプラスですらあるんだ! 重いものと軽いものがぶつかれば重いほうが必ず勝つ!!」


「飲みませんよ?」


「ん?」


「このコーラは、夕飯のお肉を柔らかくするために使います。これが正しいコーラの使い方です」


「んん?」



 それからずっと、チサはご機嫌斜めなままだった。女の子とは謎なものである。あと夕飯の肉がすっごい柔らかくてビビった。体重が増えちゃうぅぅぅぅ。

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