第9話 フットプロム!
「フットプロム……?」
チサはフットプロムという言葉が聞き慣れないらしい。
「サッカーのミニゲームだよ。お互いの陣地に三角コーンを三つずつ置いて、相手のどれかに当てたら一点」
フットプロムは一対一や二対二で行う日本発祥のミニゲームだ。
留学先で広めると面白がられて、練習メニューに加えられたりもした。
オランダ人選手が『パナノックアウト』というミニゲームに似ていると言っていて、聞くと共通する点も多い。小さなコートを使い技術と俊敏性、攻守の切り替えの速さが要求されるという点は同じだ。
「俺がやるのか?」
「当たり前でしょ。お兄ちゃんが見たいってお願いしてるのに、他に誰がやるの」
「まあ、そりゃそうだが…………。でも相手は、子供だぞ」
そう口にした瞬間、ちょっと低いところでピシッ――と空気が凍り付いたような気がした。
「こ……子供じゃないです!」
おや? 何故かムキになっていらっしゃる。
「チサちゃん、まだ小学生みたいだもんね。相手にならないよねえ」
「私はもう中学生です! 心乃美先輩と同じなんですよ!」
「えー。中一なんてまだガキじゃん」
中二もガキだけどな。
「ガキじゃありません!」
「高校生相手に勝てるんなら、ちょっとは見直してやらなくもないけれどぉ」
「やります! 勝ちます! 私がもう子供じゃないって、証明して見せます!」
俺は流れに付いていけず、心乃美の傍に寄り声のボリュームを絞って事情を訊いた。
「なんでチサ、あんなにムキになってるんだ?」
「ここ何年か、結衣が子供扱いして突き放してきたから、だろうねえ」
「ああ、なるほど……」
瀬崎結衣とチサの関係性を見ていると、納得出来る気がする。練習初日には『年上にビビって中学の練習に混ざらなかったのはガッカリした』とか。俺の前でも結構言われてたしなぁ。
というか想いが一方通行すぎて、チサが少し不憫だ。
「じゃ、ルールを説明するよ」
しかしまあ、俺にも意地ってもんがある。
医者からは『まだ全力では走るなよ』と言われているけれど、コートは小さいし、本気で走るほど頑張らなくてもいいだろう。
「単純にやろうぜ。スタートは毎回チサのボールから。んで、俺の後ろにある三つの三角コーンのうちどれか一つでも一回倒せば、チサの勝ち。そうだな…………俺はチサのコーンを十回倒したら勝ちでいいや」
「け――
んー、ネガティブっぽい言葉の裏で、火山が噴火しそうな熱量を感じるよ?
さっきは空気が凍っていたし、ちょっと怖いかも。できるだけ怒らせないようにしよう。
「チサちゃん、お兄ちゃんはこんなんでも留学までする人だから……」
こんなんでも、ってなんだよ。
「そういうのは関係ないです! ……じゃあ、私が勝っても勝負は十回繰り返しましょう。十回全部勝てば、もう子供扱いしないでくださいね!」
どんだけ勝ち気だ!?
まあでも、この調子なら年上相手に怯むとか、そういうのは全く心配なさそうだ。上級生にとっては怖い一年生だろうな。
「……ああ。いいよ、それで」
年下に対して、努めて冷静に振舞った。
しかし、ひょっとして瀬崎結衣よりチサのほうが負けず嫌いで…………怒らせたら、怖かったりするのだろうか。普段の表情から今のチサは想像付かない。女の子ってわからないな。サッカーのほうがずっとわかりやすい。
だってルールなんか全部で十七条、ページ数にしてたった五十しかないペラッペラだからね? 第三条なんて『サッカーは十一人でやるもの。一人はゴールキーパー。最低八人いないと成立しない。交代人数は大会によって違う』ぐらいしか書いてない。わかりやすっ!! サルでもわかる!!
「じゃ、始めるよー」と、心乃美が慣れた動きで三角コーンを並べていく。
フットプロムのコートは横六メートル、縦八メートルと、そう広くない。攻撃側にとっては、この制限の中でどれだけ上手くボールを扱えるかが勝負の分かれ目だ。
逆に防御側にとっては、三角コーンが後方の左右と中央に三つ置かれていて『攻撃側に選択肢がある状況』が問題になる。
だからこれは、攻撃側優位のゲームだ。
しかし防御側も、一度奪ってしまえば相手の後ろにある三つの三角コーンどれかへのコースが開きやすく、実のところ状況判断の速ささえあれば、最初にボールを持ったほうが必ず有利だと断定出来るものでもない。
それでも俺やチサは攻撃偏重型だから、最初からボール持ったほうが有利だろう。
ちなみにオランダのパナノックアウトはゴールが一つで選択肢のない、点が入りにくいミニゲームだった。
「パス交換からスタートだよ」
心乃美が転がしたボールをチサが蹴り、俺がそのまま返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます