第8話 いもうと

 頬がジンジンと腫れぼったい。



「いっただっきまーっす♪」



 妹は物理攻撃で手に入れた予定通りの夕飯を嬉しそうに頬張る。その横にいるチサが困り顔でこちらをチラリと見てきたけれど、苦笑いで返すしかなく、チサも同じような表情を見せた。



「で、お兄ちゃんはなんで意地になってたの? 後輩の前でみっともない、かっこ悪い、情けないで、こーちゃんは三重苦だったよ?」


「じゃあ中身の残ったペットボトル投げつける先輩も合わせて、チサは四重苦だな」


「下手くそなコーチで五重苦だね」



 くそう。こいつ一歩も譲る気ねえな。



「あの、啓太さんは凄く上手いと思いますけど……」



 お。さすがよくできた後輩。おだてるのが上手い!



「お兄ちゃんは重度のサッカー中毒なだけ。依存症だよ。依存症。びょーき」



 さすが残念な妹。……っていうか言い過ぎじゃね? 俺ちゃんと夕飯作ったよ?



「……で、どうなの。なんで意地になってたの」


「好きなのにできないことがあったら、誰だって意地になるっての。必死になって藻掻いてたんだよ」


「ふーん。藻掻いてた、ねえ。…………じゃ、七海と美波の気持ちが知りたかった――ってところか」



 才能と表現するしかない力を前に苦悩する、倉並姉妹。彼女たちを真っ向から否定してしまったことは、指導者はおろか先輩としても正しい振る舞いではなかったと今では悔いている。早く謝ってしまいたいぐらいだ。


 でも謝って楽になれるのは俺だけ。


 彼女たちから見れば俺だって才能がある側に立っているのだろう。そんな人間が簡単に謝ったところで『私たちの気落ちがわかるはずない』って言われてしまいそうである。



「お兄ちゃん、大人になったよね」


「へぇ?」


「なに、その間抜けな声。せっかく褒めてあげてるのに」


「どこら辺が大人になったんだ?」



 むしろ意地になって幼稚な姿しか見せていないと思うが。



「前は自分のことしか見えてなかったでしょ。今はちょっと、周りのこと見ようとしてるから。――悪くないと思うよ、そういうの」



 ……なんだよ。なんでこいつは急に、本音っぽい調子でそんなことを言えるんだよ。



「でも見てた感じ、チサちゃんのほうがもっと大人だったけどね。――チサちゃん、お兄ちゃんがなんでムキになってるか気付いてたでしょ?」


「わっ、私はそんなこと」


「気付いてないと、あんなに優しく見守れないと思うなぁ」



 言いながら、心乃美がチサの頬をぷにぷにとつつく。それをチサは、照れくさそうにただ黙って受け止めていた。


 二人は元々先輩後輩としてかなり打ち解けていたけれど、段々とそういう枠を超えて本当の姉妹のような関係になってきているように思える。


 こういう光景を見ると、なんだか微笑ましい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る