第7話 身近な危ないもの

 ――夕日が暮れそうになってきた。


 五月というのはかなり日が長いと思うのだけど、ボールを蹴ってるとあっという間に時間が過ぎてしまう。


 楽しいから、というわけでもないが。



「んんんんんんんんっ、ぅあーーーーーーっ!!!! こんなもんでっっっっきねぇーよ!!」



 AKKAが一度も成功しない。


 ムキになって何度も何度も繰り返す内に、上手くなるどころかどんどん下手になっていっている気がする。



「そ、そろそろ休んだほうがいいのでは…………」


「いーや、やる!! できるまでやる!!!!」


「啓太さん、休養中…………ですよね?」


「これ休憩だから!! 練習じゃなくてボールトントンしてるだけだから!!」



 たちの悪いことに『意地をはること』と『道が間違ってようが納得できるまで全力で突き進むこと』に関しては、誰にも負けない自信がある。本当に質が悪い。


 今日はこれ以上できないと納得できるまでやらないと、失敗を認められないんだ。こうなるともう、誰かに殴られでもしなければ止まらない。



「えーっと…………。そのっ、ケイタさんならこんな技使わなくたって、活躍できますよ! 絶対です!!」



 三つ年下の女の子に全力で気を遣わせて、あげくお世辞混じりに慰められるって……。情けないにもほどがあるな。



「それに啓太さんって、中盤の前のほうでボールをキープしたりすぐにパス出したり、攻撃のリズムを作る選手ですよね? リフティング技ってそこまで必要ないんじゃ……」



 いや、中盤だからいらないというわけじゃなく、前線に必要ってわけでもないんだけど。そもそも試合中に使う技でもないしなぁ。もし点差付けて勝ってるときにこれやったら乱闘になるぞ。


 だからまあ、いらないと言えば、それまでなんだけど。



「――――あれ? 俺が今は中盤の選手だって、言ったことあったっけ?」



 一度も自分を中盤の選手だなんて伝えた覚えはない。もちろん試合でのプレーも見せていない。


 むしろレポロにいた頃はフォワードで完全なドリブラーだったから、今チームに所属している選手の中ではそこで情報が止まっているはずだ。俺自身、中盤だけの選手ではなくて、点が取れるフォワードにもなれたらと常々思っている。だから自分のことを中盤の選手と表現したくない葛藤もある。



「いえいえっ、今のはただの予想で――。間違ってたらごめんなさい!」


「……いや、当たってるから驚いたんだ。どこを見て予想できたんだ?」


「えと……。前に、練習で三対一のボールキープ見せてくれたじゃないですか? あの時のボールの持ち方に凄く練習した感じが出ていたので――」



 参ったな。本当にあれだけで見抜かれたのか。


 確かに多対一で囲まれた状況を突破する力というのは、前か横にしか敵のいない前線フォワードよりも、四方八方から囲まれやすい中盤ミッドフィルダーで必要とされる力だ。多対一を突破できれば一瞬で数的優位を創出できる。



「ね? だから一旦、ボールを置きましょうよ。ボールにも休憩が必要ですよ」



 ……年下にここまで宥められて、さすがに一度冷静にならないと自分を嫌いになりそうだった。


 そんなことを思った瞬間、横っ面に突然、重く固いものがゴスッ!! とぶち当たる。



「お兄ちゃん、ごはんできてない!!」



 さすが我が妹。兄の暴走を止める術を心得ておる。でもガチの物理攻撃は強制的すぎるよ……。


 芝生にかなり中身の残ったペットボトルが転がった。これを投げつけられたのなら異常な威力も納得せざるを得ない。


 チサは目の前で起こった惨劇で狼狽え、小動物のように怯えている。



「心乃美……お前…………スタジアムがなぜペットボトル持ち込み禁止か、知ってるか……?」



 答え:投げると遠心力で小型ハンマーになるから、とっても危険。他にも理由は色々あるけどとにかく全部危険。



「知らないよそんなの!! ごはん作るのが先!!」


「はい…………すぐに……やります…………」



 縁側に繋がるリビングの掃き出し窓をビシャリと閉めて、妹は奥のソファへドカッと座った。



「だ………………大丈夫、ですか?」


「……今度、狂犬注意の看板買ってくる」



 時間になると自動的にエサが出てくる機械も買ってこよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る