第4話 JC監督

 実際、二人の力は凄まじかった。


 初戦を4―1、翌日の二戦目を6―2。


 どちらも点のよく入る展開になり失点はあったが、強引に打ち勝ってみせた。



 現時点で、得点王争いに結衣とチサが並んでいる。ちなみに五位にも三年生の千頭ちかみ由奈ゆながランクイン。五位以内に一、二、三年生がそろい踏みだ。


 本来ならばチサの相方であり同じ一年生の一枝いちえだ果林かりんが、このチームのストライカーなのだが……。彼女はどうにも調子が悪い。


 小学生までの八人制サッカーからU15カテゴリーの十一人制サッカーへ切り替えたばかり。圧倒的脚力を持つ一方で経験の浅さからボールを扱う技術では劣るところがあるから、十一人制の組織的な守備が過去にない壁となって立ちはだかっている可能性が高い。


 人数が増えてフィールドもハーフコートからフルコートに変わり、思うようにプレーできないのだろう。


 でもまだ一年生だ。功を焦って解決を急ぐ必要はない。


 それに果林は藻掻きながらも走り回ってくれているから、相手守備陣が混乱して他の選手にチャンスが回ってきているというのも事実で、おとり役デコイとしては十分に評価できる仕事をしている。



 ――俺は、ある程度の満足感を得ていた。



 四チーム総当たりのリーグ戦では、二勝すれば二位以内がほぼ確定するからだ。


 ほぼ……というのは四チーム総当たりだと希に二勝一敗のチームが三チーム並ぶことがあって、こういう場合は得失点差(得点数マイナス失点数)で最終順位を決めることになる。


 だが仮に次を負けて二勝一敗となったとしても、レポロは得失点差でプラス七点も得ている。余程の大敗を喫しない限り決勝トーナメントへの進出が固く、ほぼ決まり。そりゃ満足もする。


 初めての大会・対外試合ということで、選手の中には多少なり緊張があっただろう。それを乗り越えて決勝トーナメントへ行けるというのは結果として十分だ。怪我人もいないし、上出来すぎる。



「さっきの試合見てたけど、ずいぶん面白くないチームねー」



 俺が一人で悦に入っていると突然、隣に立っている女の子がそんな言葉を発した。


 掲示板のすぐ横にある自販機で買ったらしき蓋の開いていない缶ジュースを左手に持ち、ジイッと俺の顔を見ている。


 こっちは見覚えがないけれど、他の誰かに話しかけているようにも思えない。



「……えっと、誰?」


「明日あんた達と対戦する、『FCオルフェス』」


「あー、昨日勝ってたところだよね?」


「今日も勝ちましたー」



 ということは、うちと同じ二連勝か。これでもう二勝一敗の横並びはないから、決勝トーナメント進出が確定したわけだ。


 勝ってたし名前が強そうで格好いいから気になっていたんだよね、オルフェス。どういう意味なんだろう。…………親父には悪いけれどレポロって名前、あんまり強そうじゃないんだよ。だって由来がキャベツだぞ。スペイン語の『Repolloレポージョ』。


 重なって丸くなる葉を選手に見立ててチーム一丸に――とかそういう理由だったと思うけど、キャベツじゃ美味しく料理して食べられちゃうっての。「ロールキャベツにしてやるわ!」なんて相手に言われたらどうするんだ。


 ……FCレポロU15ガールズって言い辛いから、いっそRepolloレポージョに合わせてレポジョとかにしてしまおうかな。ダメか。更に名前で負けていう感が強まってる気がする。



「えーっと、じゃあ、選手ってこと?」



 見たところ中学生だろう。少なくとも俺よりは年下に感じる。



「いーえ」



 長いストレートの黒髪を揺らして俺の前に立つと、女の子は胸に右手を当てながら言った。



「監督の梨原なしはら深冬みふゆよ。初めまして、等々力とどろき啓太けいたさん」


「あ、ああ。初めまして」



 俺の名前を知っている……。


 それに監督っていうことは、まさか俺より年上か? そうは見えないけどな。



「あー、緊張しないでいいから。私のほうが二つも年下だし」


「え? じゃあ――中学……二年?」


「中学生が監督をしてちゃおかしい? まー、そうかもね。普通」


「いや、おかしいとまでは言わないけど……」



 あまり人のことを言えた義理ではない。



「ま、厳密に言えば監督は別にいるんだけど………………。野球好きのお爺ちゃんなのよねー。サッカーのことなんて『球蹴り』って呼んでるぐらいで、ルールなんてサッパリよ」



 どういう経緯でそんな人がクラブチームの監督になんてなったんだ。そこはちょっと興味があるぞ。



「今回の大会前なんて、ホームランのサインを叩き込まれてね。『どれ、ワシのバットを貸してやろう。握ってみるのじゃ』って、セクハラかってーの!!」



 チンチンとか言ってすみません! ほんとすみませんっ!



「あー、……はは。…………ところで俺、野球のことなんにも知らないんだけど、ホームランって指示されて実行できるものなの……?」



 ゴールの枠を大きく外して観客席に入るようなシュートを、比喩でホームランと呼ぶことはある。だがそれを指示されても困る話で。



「んーなわけないでしょー。狙ってホームランが打てるならサッカーじゃなくて野球やってるって話よ」


「ですよねー」



 口調が移って間延びした。


 そして一拍置き、俺は眉根をグッと寄せて声のトーンを落とす。



「…………で、俺達のどこが『面白くないチーム』なんだ」



 悪いが最初の一言を聞き流せるほど、俺は人間ができていないんだ。



「ふーん。自覚無いんだねー。個人の才能に頼ったサッカーって、面白いのかなぁー?」



 才能って、結衣やチサのことか?


 確かに二人は中心選手で、頼りにしている。でもレポロは、それだけのチームじゃない。



「煽っても無駄だぞ」



 うちの戦い方を否定して動揺させようって魂胆かな。


 残念だけどその手には乗れないよ。むしろこっちから動揺させてやる。



「――もし本当にそう見えてるなら、うちを甘く見過ぎだな。おかげで、明日勝つのは俺達だと確信できた」



 反撃に転じた――。


 つもり、だったのだが。


 梨原深冬と名乗る少女は、右手をこちらに突き出して『三』を示す。



「三点差」



 それだけを言うと、しばらく間を置いて不敵に笑う。



「三点差付けて、私達が勝つ。うちには紺碧の狐アズール・フォックス灼髪の雪姫ストロベリー・スノウみたいに才能溢れる選手はいないけど、それでも勝てるってことを教えてあげるわ。あんた達のサッカーを否定するには、それで十分でしょ?」



 結衣とチサの二つ名、ガチで浸透してんのか……。


 ……しかしまあ、どこからそんな自信が出てくるんだか。


 だが全てが明日への布石かもしれない。心理戦は既に始まっているのかと思うと、監督業って大変だと熟々つくづく思う。


 淀みのない調子に揺るぎのない目は、彼女の自信を表しているのだろう。察するに単なるハッタリでもなさそうである。


 二連勝したということだし、簡単な相手ではないか。



「まー、結果は明日出るから。――ふふっ、たーのーしーみーっ」



 言いながらまた不敵に笑い、歩き去って行った。梨原深冬――、謎な子である。

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