第4話 素直な気持ち
六時半頃になって、妹とチサが二人で寝たはずの部屋から目覚ましのアラームが聞こえてくる。
とはいえチサはとっくに起床。多分、先輩を起こさないようにアラームは使っていないか、鳴っても一瞬で止めていたことだろう。しかし心乃美はちょっとやそっとアラームが鳴った程度じゃ起きない。四、五分鳴り続けてようやく音が止まった。
「おお……っ。こーちゃん感動しちゃうよ!」
階段を降りてリビングへやってくると、寝ぼけた脳が一気に覚醒したような顔で妹が言った。
気持ちは理解できる。俺だって、ちょっと台所から離れている間に弁当箱が四つも置かれていたら、目を丸くするほか無い。手品でも見せられた気分だ。
「これ、もう中身も入ってるのか?」
「はいっ。その……お口に合えば良いのですが」
謙遜して言う姿は、中学生にしては出来過ぎている感すらある。
しかしそんなチサに対して、うちの親父はというと――、
「いや、うちなんて基本雑食だから、何食っても美味い舌になってるんだ」
「逆に失礼だ!」
大人としてどうかと思うほど気が利かないものだから、俺は全力でツッコんだ。
気を遣わせないように言ったのかもしれないけれど、そんなことでは後で『美味しかった』と伝えた時に本心か解らなくなるだろう。
冗談が通じにくい子って、そういうのに敏感な気もするし。
「実は、前もって心乃美先輩から言われていたんです。監督はいつも仕出し弁当だし、啓太さんも高等部は弁当か学食だから、作ったら絶対喜ぶよ――って。それから中等部の給食は選択制なので、折角だから全員分、用意してみました」
「そうだったの……か」
これを皆のために? 風呂敷包みの弁当箱が煌めいて見えるよ。
「その……ごめんなさい。勝手に食材、使ってしまって……」
「いや、謝る必要なんかないって」
ここまでしてもらって謝られちゃ……。
しかし本当に凄いな。手際の良さから察するに料理の腕前は相当なものだろう。蓋を開けるのが楽しみだ。
「えへへぇ。こーちゃんが伝えたお陰だよ? ね、褒めて褒めて!」
「そうか、そうだな…………」
サプライズ弁当への驚きと嬉しさを堪えきれていない顔で、とにかく妹の前に立って、俺は今伝えるべきことを包み隠さずに言う。
こういうのは遠慮しちゃいけないんだ。
まず心乃美の柔らかな両頬を指でつまみ、横へ強く引っ張って……。
「わかってたなら心乃美が作れ。後輩になにさせてんだ?」
「いひゃい! いっ、いふぁひお!」
「け、啓太さんっ、私は好きで作っているので、その……っ」
くそう。同じ中学生で人間としての完成度がこうも違うのか。心乃美とは違うのだよ、心乃美とは――なんて言われても仕方ないのレベルだ。言わないだろうけど。
チサに心配させても悪いから、俺はゆっくり心乃美のぷにぷにほっぺから手を離した。
「なあ、チサ。心乃美がなにを言ったって、無理することないからな。調理器具も全部洗ってあるし、気を遣いすぎだ」
「は……はい。すみません……」
「いや、責めているわけじゃないんだけど……」
まずいな。変な風に受け止められてしまったか。
「お兄ちゃん、なんっっっっにも、わかってないね!!」
さっきまで怒られていたはずの心乃美が、お返しとばかりに厳しい口調で言ってきた。
「こういう時は素直に、ありがとう! ってだけ言っとけばいいの!」
…………まあ、それはそうかもな。
つい心配になって余計なことを言ってしまったんだ。これじゃ親父のこと、なにも言えない。
血筋かね。遺伝子って恐ろしい。
「だから女の子と縁が無いんだよ!?」
「それ関係あるか!?」
「無いと思ってるなら相当重症だよ!! さすがお父さんの子供だよ!!」
お前も親父の子供だけどな。……なんて、言い返すことはできなかった。
とりあえず親父のことを抜きにしたとしても、確かに俺は、余計な気を回して言わなくてもいいことを口に出してしまうタイプなのかもしれない。
「もっと素直になりなさい!」
「はい……」
完全に言い返せなくなって、覇気のない返事を呟いた。そして――、
「……はは。そっか――。手作り弁当か……」
少しだけ昔を思い出して、酷く懐かしくなる。弁当箱に触れてみると
「――チサ、ありがとうな。……でもやっぱり、あまり無理はしないでくれよ。次からは一緒に作るから」
少し照れくさい。けれど、嬉しい。
自分以外の誰かが作ってくれた弁当を学校へ持って行くなんて、母さんがいた頃以来だ。
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