第14話 体育館

 雨の日は、練習の集まりが悪い。


 雨天決行となれば風邪をひくかもしれないし、確実に汚れる。そういった理由で本人もしくは保護者が敬遠するんだ。


 実際のところ泥まみれのシューズや練習着を洗うのは大変で、四月の雨に濡れれば風邪をひくに十分な寒さとなるだろう。個人的にも敬遠は理解できるし、FCレポロとしても当然、無理に参加を促すようなことはしない。


 だからこそ、できる限り早いタイミングで室内練習に切り替えて、対応する。



 しかし今日の雨は昼からポツポツと降り出して、時間が遅くになるにつれて徐々に雨量が増した。予報も降水確五十パーセントとどっち付かずで予想が難しく、慌てて室内練習へ切り替えたわけだ。


 こうなってしまうと、特に学校から直接グラウンドにくる選手は休みやすい。


「雨じゃん。室内練習の準備してないし、今日は練習休んで友達と遊ぼう」となる。

 屋内と屋外じゃ、用意するシューズが違うんだ。



 よって、直前で室内練習へ切り替えた日の練習参加率は結局悪いままに終わる。


 楽しいことはサッカー以外にも沢山ある。中学生というのは、そういう経験も大切な時期だろう。



 ――あえて言おう。


 思春期やら反抗期やらと呼ばれる年代なのに、急な雨に備えてきっちり準備してきっちり練習しに来る奴は『ただのサッカーバカである』と。


 そして今、俺の目の前には十二人・・・の女子中学生がいる。



「雨に備えていつも準備してる人!」



 俺が言うと、全員が手を挙げた。


 ダメだこいつら。もっと遊べ。中学生でいられる期間なんてあっという間に過ぎ去るぞ。



 ――とか思いつつ、内心嬉しさが込み上げてくるのを堪えるのに必死だ。


 そりゃそうだろ。自分と同じ思考の人間が揃ってチームを作ってるんだ。こんなに面白いことはない。


 俺なら体育館の練習を楽しむし、小雨ぐらいならいつもより余計にスライディングしちゃう。ズバーって滑って全身泥だらけになる。母さんの苦労が偲ばれるな……。


 そもそもフットサルはそれそのものが楽しくて、日本中の至る所で民営のフットサル場が経営されているぐらいだ。料金を払わないでプレーできるなんてお得と言うほかないだろう。


 サッカーバカと思われても一向に構わない。むしろそれだけ楽しめていたことを誇れる。



「よし。今日は基礎練習を短めにしてフットサルの試合時間を多く作る。折角借りられた体育館だからな。思いっきり使うぞ!」



 選手達の表情が明るくなった。サッカーが好きでフットサルが嫌いというケースは少ないだろう。サッカー選手がフットサル選手に切り替える例なんて山ほどあるわけで、プロサッカー選手が引退後はプロフットサル選手になっているなんてこともある。


 しかしサッカーとフットサルは似て非なる競技だ。


 人数は五人対五人で、当然フィールドのサイズも違うしルールも異なる。



 例えばフットサルにはスローイン(フィールド外へ出たボールを両手で持って投げ入れる)がなく、リスタートはキックイン(フィールド外へ出たボールを足で蹴り入れる)で行う。


 オフサイドもないし、サッカーでは有効なショルダーチャージやスライディングがフットサルでは反則だ。



 そして使用する『ボール』も、サッカーとは異なる。


 サイズは五号球より一つ小さな四号球で、重さはサッカーの五号球より十グラム軽い程度に収まり、あまり跳ねない。


 フットサル専用のボールだ。



寺本てらもと、ちょっといいか」


「はい……?」



 俺はまず、寺本千智ちさとに直接「足に違和感はないか? どこか痛かったら、隠さずにちゃんと言うんだぞ」と告げる。


 前科一犯で靱帯を損傷した人間が、どの口で言っているんだか……と呆れる気持ちもある。でも、だからこそ同じ目にはあわせたくないんだ。



「特に、痛いところはないですけど……」


「……そうか。ならいいんだ。気にしないでくれ」



 ――表情は嘘を言っているように見えないが、それでも、怪我を隠している可能性はゼロじゃない。


 特に練習熱心なプレイヤーほど、中々休もうとしない。自分で練習熱心だなんて言いたくないけれど、俺は悪い意味でそれに当てはまっていた。


 オーバートレーニングというのは本当に怖い。疲れが抜けないし、気力も湧かなくなってしまう。そこに怪我が重なるともう、最悪だ。



 今日は彼女を中心に観察する。


 扱い慣れているはずの四号球サイズでも痛がる素振りを見せるなら、単純に重さや負荷の問題である可能性が高い。


 足の外側で蹴るために足首や膝に無理な捻りを加えている――とか。十分にあり得る話だ。


 小学生や中学生の時点で大きな怪我を負って満足にプレーできなくなる選手なんて、いくらでもいる。もし彼女にそういう兆候があれば、コーチとして早急に対応しなければならない。

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