第13話 アウトサイド
ソフィのノートパソコンには、初日の練習で行ったミニゲームの映像が表示されている。
「――へえ、よく撮れてるな」
「このあとのチサトが……」
一年生の
ボールを受けた寺本がワンタッチでパスを出そうとしたところで、心乃美がパスコースを切り(塞ぎ)、二年生の威厳と実力を見せ付けるように立ちはだかった。
寺本と
しかし瞬時に逆へ切り返した寺本は斜め後方から走り出していた三年生の選手にアウトサイドキック(足の外側でのキック)でパスを出し、心乃美の守備を上手くいなした。
そこから一気に攻撃が展開して、最終的に一枝果林の得点へ繋がる。
このプレーは相手の意図を読み取って外す、いわゆる『エロい』と形容できるものだ。相手が嫌がるプレー→嫌らしいプレー→エロいプレー、と、段々俗っぽくなってこうなったのだろう。誰か途中で止めろよ。
何はともあれ、寺本千智という十二歳の少女が放ったエロさは中々のもので、これは点の取り合いになったミニゲームの中でも特に印象的だったシーンだ。
中央を切られたらサイドへ流すというのは、近代サッカーにおいて攻撃の基本と言える。だが、この年齢でその判断を素早く、それも視野に入っていない後方の選手を恐らく『感覚で把握して』パスを出したのだから、末恐ろしいという言葉は彼女のためにあるとすら思う。
だがそのシーンを見終えて、
「今のシーン、もう一度見せてくれないか」
なんだろう? 何かおかしいところがあっただろうか。
違和感を確信に変えるため、目を皿にして動画を凝視する。
「――――ここ。アウトサイドでパスを出した後、寺本の表情が歪んでいるように見えるな」
カメラがボールを追ったから、その表情は一瞬しか映らなかったけれども――。
上手くボールを
痛そう――とも言えるか。
「私もそこが気になったよ。原因はわからないけれど……。もしどこかを痛めているとしたら、早めに対処したほうが良いかもしれないね」
痛めている……? いや、でも他のプレーには違和感を抱かなかった。
股関節、膝、足首。どこかを痛めているなら全体に影響が出るものだ。
ならば、まだ本格的に痛めてはいない。もしくは今のプレーの瞬間だけ痛かったという可能性もある。急な切り返しや無理な体勢のシュート、窮屈なプレーを無理にすると時折そうなることはある。
そう考えると俺には一つだけ、思い当たる節があった。
「ひょっとしたら寺本は、五号球を蹴り慣れていないのかもしれないな。技術的には問題がなくても、四号球から切り替えた直後はちょっと重く感じるんだ」
サッカーボールの大きさは、主立ったもので三種類に分類される。
①未就学児から小学校低学年までが使用する『三号球』
②小学校高学年が使用する『四号球』
③中学生からプロまで変わらず使用する『五号球』
三号球と四号球の境目は割と曖昧で、早い場合には小学校入学からすぐに四号球を使用する場合もある。けれど、とりあえずレポロの小学校低学年チームでは足への負担を考えて練習に三号球を使用している。また、大きさはそのままの軽量球というものもあり、軽い分、強烈なシュートを打てる。幼い間はキックパワーなんてそうそう付けられないから、これを好む選手もそこそこいる。
とはいえ、対外試合では普通の重さの四号球を使うことが多い。
そうなると練習で三号球や軽量の四号球を使っていても試合は普通の重量がある四号球――と、場所や状況によって使うボールがバラバラになる。それぐらいに三号球と四号球の境目というのは曖昧だ。
しかし中学から五号球ということに関して曖昧さはなく、むしろ絶対に近いものがある。
もちろん個人やチーム練習でどんなボールを扱おうが自由だけれど、本格的な対外試合や大会が増えるこの時期、本番で使われる五号球で練習することが最も理に適うわけだ。
大体の選手は、骨格的にもかなり大人に近付いている。
「寺本の身長、確か百四十二センチって……言ってたな」
俺は低い声で呟いた。
「チサトは女子の中でも小さいから……。今の身体じゃ、こういうプレーは難しいのかもしれないよ」
ソフィの言うとおり、寺本千智の身長はこの年齢の平均よりずっと低い。足も細く、筋肉量や骨格がまだ五号球に対応しきれていない可能性が否定できない。
三号球と四号球では重量に五十グラム程度の違いがあり、四号球から五号球では最大百グラムもの差がある。
昔から『ボールは友達』と言うけれど、現実にはボールは足と衝突して飛んだり転がったりする物体であり、重さの違いはそのまま強い衝撃として跳ね返ってくるわけだ。
これらは体格と筋肉量に恵まれていれば違和感程度で済む問題だけども、寺本千智の場合は顔を歪めるほど重い負担が掛かっているのかもしれない。
「アウトサイドは足首に負担がかかる。俺も何度か、痛めたことがあるよ」
足の外側で蹴る『アウトサイドキック』は、足の内側やつま先のほうで蹴るよりもずっとボールを重たく感じる。そもそも人間の足というものは内振りが得意であって外振りでは力が入らないようにできているんだ。余程の筋力と技術がない限り、強く蹴るには不向きな蹴りかたと言えるだろう。
「ケイタにも同じ経験がある? それ、パパのチームに来てから?」
「……いや、小学生の頃。勝手に重いボールを蹴って、バカみたいに自爆してたんだ」
小学生の頃というのは大人に憧れるもので、より早くから勝手に大きいボールを使おうとしてしまう。
特に俺は、親父の見ていないところで上手くなろうとして『秘密特訓』などと称した個人練習を行い、そこで五号球を思い切り蹴っていた。
五号球を蹴り慣れると四号球が軽く感じて、簡単にキック力が付いたような気になれる。精神と時の部屋から帰ってきた悟空ぐらいの気分になれるんだ。割と本気で。
そして精確で強いアウトサイドキックを蹴れることは『必殺技』の一つだと考え、しつこいぐらい繰り返し練習した。できるようになった自分の姿を妄想して楽しんでいたのだ。
勝手に大きくて重いボールを蹴って、勝手に足首を痛める。最悪、痛めるのがクセになることもある。
要するに、その頃の俺はちょっとアホだった。後の影響まで考えられるほど大人じゃなかったんだ。幸いにもクセにならずに済んだけれども。
「俺は自分で勝手にやってただけだけど、寺本の場合は違うからな……」
「そう、だね……」
勝手に秘密特訓をすることは自由練習でありチームの管轄外だ。もちろん悪影響があれば止めはするが、そこまでしかできない。しかし寺本千智の場合にはチームが強制的に五号球を使わせることになってしまう。少なくとも、紅白戦では……。
――果たしてそれが、彼女のためになるのか?
いや、本当に足を痛めているのなら踏ん張りも効かないはずだ。アウトサイドキックだけではなく様々な場面で痛みに苦しむことになるが、その様子は見られなかった。ならば慣れるまではキックの種類を制限するか――――。
「あまり、悩んでいる時間はないよ」
ソフィの言うとおり、練習はもうすぐ始まる。
練習させながら様子を伺って、痛そうなら状態を問うか?
それとも最初に口頭で確認するか……。
ノートパソコンを折りたたむとタイミングを測ったかのように親父が声をかけに来て、荷室に練習道具の積まれたワゴン車へと乗り込む。
後部座席に座ると荷室から一つ『室内練習用のボール』が転がってきた。
……なるほど、今日は体育館か。丁度いい。
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