東坂称壱の手記


 東坂称壱の手記(脳内にのみ残存)



 私がひどく愚かで稚拙な人間だと知ったのは、今年の春のことでした。

 私は私の感情に任せて人を殺しました。上巻弓敦という男です。憎かったのです。私にとってなにより大事だった場所を奪った彼を赦せず、何度も何度も、どんな顔だったかわからなくなるほど執拗に撃ちました。


 その手で、次は三笠兼吉を殺しました。これは命令です。殺すつもりでしたが、殺すつもりはありませんでした。思い止まりましたが間に合わず、引き金を引いてしまったのです。そのあとのことはよく覚えていませんが、もう二度と彼に会えないことだけは、よく理解しています。



 三笠兼吉は、私の光でした。


 もちろん妻も私の光ですが、それ以上に眩しく、焦がれていました。強い意志、責任感、判断力、視野の広さ、純粋さ……どれも自分にはないもので、その全て持っている彼を羨んだことはありましたが、妬んだことはありません。能力の差に劣等感を抱くことも度々ありましたが、邪険に思ったことはありません。私が彼を嫌いになるなんて有り得ないのです。貴族であることを理由に煙たがられ、孤立していた私を救い上げてくれたのは、他ならぬ三笠兼吉なのですから。



 どんな違いがあっても『全て普通だ』と言い切る彼は格好よく、親友であることを誇りに思っていました。永遠だと信じていましたが、それは瞬く間に崩れさってしまいました。戦争です。戦争と『常識』が、私たちを引き裂いたのです……。


 貴族連中はやたらとしきたりや伝統を重んじます。格差や不自由は致し方なしと主張し譲らないのは、自身が優位に在り、『縛る側』に在るからでしょう。だからこそ革新を望み、自由と平等を目指して働きかける兼吉が邪魔だったに違いありません。師範学校を中退し、不当な手段で将校になった私に、親族たちは言いました。



〈反逆者足り得る三笠兼吉を監視し、あわよくば処分せよ。〉



 絶望的な思いでしたが、なにより失望したのが私自身の対応です。私が弱いばかりに、退ける勇気がなく承諾してしまったのです。兼吉と離別するのはもちろん嫌でしたが、貴族という組織の外では生きられない私は、絶対的な権力を持つ伯父に逆らえませんでした。


 伯父は、私にとって最大の恐怖なのです。私が内向的になってしまったのも、教育と称して幼少期に施された、精神的暴力が原因と言っても過言ではありません。しかしそれに気がついたのも兼吉と上巻を殺した後です。それまでは新人を導く教官でありながら、伯父に縛られるあまりに何も見えていなかったのです……。


 私の人生は、決して誉められたものではありません。友を裏切り夢を蔑み、あまつさえ命を奪いました。醜い嫉妬で人を殺しました。これでは武吉に嫌われるのも仕方がなく、芯の弱い自分が情けない。こんな男に嫁がされたリヲナを思うと申し訳がありませんでした。しかし悔いても詫びても、彼女の時間が戻るわけではありません。許されるなら、残りの時間は全て、彼女に捧げる所存であります。


 さて、すっかり頭の可笑しくなった私は、一線を退き地方へ行くことになりました。明らかな左遷であり、事実上の離縁ですが、不思議と清々しく、枷が外れ、檻の中からようやく抜け出せたといった感覚です。これこそが、兼吉が目指した世界なのでしょう。しかしその夢は、私がこの手で壊しました。国賊は、三笠兼吉でも上巻弓敦でもありません。この私です。己の自由と平穏のために、救国の英雄足り得るふたりを殺したのですから――









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