後篇①


 あの戦争は終わったのか、それとも相手が変わっただけで、今もなお続いているのか。一般庶民でしかない自分にはよく分からない話だと、三笠紗代子は溜め息を吐く。夫に聞けば分かるのだろうかと考えて、それは愚行かと思い改めた。自宅で戦争の話はタブーだ。彼は戦争そのものを嫌っているし、そもそも機密だか何だかで答えられないことの方が圧倒的に多かった。


 やはり女には、男の考えていることなんて分からないのだろう。紗代子は終わらない戦争を、そして自ら進んで戦禍に飛び込む男たちを憂いた。夫の兼吉や義弟の武吉も例に漏れず、嫌っているくせに進んで戦争に関与している。


 二年ほど前に戦線からふらりと帰ってきた兼吉は、「退役した」と言っていたくせに復帰してしまい、現在は軍令部に詰める日々を送っている。教職に就いたはずの彼がカメリア勤務を命じられる、という謎の単身赴任を経ての復職は妙に印象に残っている。その日と極東がカメリアとの戦争を始めた日は重なっており、漠然とした感覚ではあるが、兼吉は開戦に深く関係しているのだと感じ取っていた。


 義弟の武吉も兼吉が出征した翌年に予科練へ行き、以来軍事訓練を受け続けている。五年前に勃発し、多くの男子を大陸にて散らせた東華戦争は、極東の優勢のまま続いているそうだ。だからこそ兼吉は任期通りに帰ってきたのだろうし、内地にだって特に大きな影響もないのだろう。


 影響は感じられないが戦禍は拡大しているようで、新興国カメリアも相手に加わったのだそうだ。今はそちらをメインに戦っているらしいが、特に何をされたわけでもなく、ただ「出る杭は打つ」感覚の軽率な開戦だったと兼吉は吐き捨てるように言っていた。


 軍人になっても戦争嫌いか。出会ったあの頃と変わらない兼吉に安心してひとり笑んだが、それは世間的には許されたことではない。洗脳されたかのように一つの思想を掲げてがなり、少しでも外れれば、理不尽なまでの冷遇や被虐が待ち構えている。そんな社会で生きる彼の苦痛は、想像を絶するものなのだろう。どんな環境でも自分の意志を曲げないのが彼の素敵なところなのに、誰もそれを解ってくれない。



「……私も、もっとしっかりしなきゃ」



 溜め息なんて吐いている場合ではない。せめてこの家の中だけでも、彼が落ち着いて過ごせるよう努めなければ。それが今の自分にできる、「三笠兼吉の妻」としての最低限のこと。憂さを含んだ暗い顔はやめて、大きく息を吸った紗代子は意気込んだ。今日は兼吉も、最前線で戦い詰めていた武吉も帰ってくる予定になっている。


 さあ、これから忙しくなるぞ……。柔く笑んだ紗代子は勢い良く立ち上がり、まずはぐずりだした子供たちのいる隣の部屋へと、慌ただしく駆けていった。




              ※




 当初は地獄だと思っていた会議も、今ではすっかり平気になった。半年も通いつめればそれも当然か。いやはや全く、慣れとは恐ろしいものだ。兼吉は気楽に構えて、何事か騒ぎ立てている年上たちを傍観していた。別にサボっている訳ではない。階級や年功序列での上下関係がしっかり出来上がっている海軍では、下級の者が自発的に意見することを容認していない。つまり、最下級であり最若年である兼吉は、誰かに求められるまで押し黙るしかないのだ。



 未来なんて誰にもわからないもの。


 それは重々承知しているが、今のこの進路を考えたことは一度もなかった。自分の思想について誰にも文句を言わせないよう、「やるべきことをやる」ためだけに入った軍隊であったが、思いのほか適性はあったようで、統括機関である軍令部に召し抱えられるはめになってしまった。まあ、適性はあっても相変わらず肌には合わなかったが。


 堂々巡りの討論を傍聴する片手間に、暇を持て余した兼吉はこれまでのことを省みる。高貴な貴族の自出でも兵学校を卒業したエリートでもないのに、僅か五年弱で軍令部に出入りする大尉になった兼吉はかなり異質だ。その極めて特殊な、細すぎて入れない道に転がり込んでしまったきっかけもまた特殊で、まるで運命に弄ばれているようで気分が悪い。本当はその他大勢の雑兵のひとりに過ぎなかったし、海軍にこだわりもなく、「入隊の決め手は何だったか」という話になると、決まって気まずくなるのだった。


 そもそも兼吉は、海軍ではなく陸軍へ行くつもりだった。洲里を守りたいとか澄華を懲らしめたいとかいうものではなく、ただ父に挨拶をしに行く感覚で洲里行きを志願しており、家族も知人も自分自身も、陸軍に入隊するものだと思っていた。


――三笠。軍人になるのなら、私の元に来んか――。願書を提出する直前の兼吉を捕まえてそう切り出したのは、海軍少佐の岡崎おかざき宗近むねちかだった。数年前に校内で行われたOB会で見かけ、直感で気に入った後に生活態度や気骨を気に入ったそうだが、幾ら同校卒業の先輩だからと見ず知らずの男に命を預ける気はない……と思うはずだった。だが彼と同じく直感で信頼を決めた兼吉は願書を破り捨て、岡崎の手を取ったのだ。


 この偶然の出会いこそが運命の分かれ道であり、今にして思えばその後、軍令部に至るまでの分岐点全てに岡崎がいた気がする。戦線から内地に呼び戻したのも、「ある任務」を命じたのも、大尉という階級を与えたのも全て岡崎だ。


 岡崎は馴致不能気味な兼吉をうまく手懐け、兼吉自身も、生きていれば父と同じくらいの年頃である岡崎にはよく懐いていた自覚がある。多少の衝突はあったものの円滑な主従関係を築けていたと自負しているが、それが妙手だったか悪手だったかの判別は未だにつかなかった。


 蔓延する帝国思想に馴染めないこちらを理解し、ある程度は好きにさせてくれた彼には感謝している。しかし社会に適合する気配を一切見せないまま、軍令部などという帝国思想の深部にまで侵入するきっかけにもなったことを考えると、全てが間違っていた気がしてならなかった。理解しようとすればするほど疑念は深まり、存在感際立つ異物となる。そして馴染まないものには容赦なく、厳しい視線を突き刺してくるのだ。狼の群れに放られた羊とはこんな気分なのだろうか。もはや外には、平穏や安寧など何処にも――。



「三笠、貴様はどうだ」


「は、少しでも気になるのであれば引き入れてみてはいかがでしょうか。僅かでも戦力向上の可能性があるのなら、捨て置くのは惜しいかと」



 機敏に起立してすらりと答えた兼吉に対して、訊ねた上官はむう、と唸って不満げな顔をしている。ぼんやりしている隙を突いてしどろもどろになるのを期待していたのだろうが、別にぼんやりなどしていない兼吉は討論の行方をしっかりと追っているため、的確な解を出すのは造作もない。今は、「彗星の如く現れた天才少年設計士の扱いを如何にするか」を議論している最中だった。


 そんなことに無駄に時間を使わなくてもと思うのだがそうもいかないらしく、今日で八日目の会議になる。既に開戦しているのだから、もっと実用的な戦略会議をすればいいのにと思っても、それは上官たちに跳ね除けられてしまう。曰く、「諸外国からも注目されているから、取られる前に早急に決めなければならない」のだそうだ。


 彼の能力で戦力差がつくと予感しているのなら獲得すればいいのに。なのにそれができない複雑な問題があるのだと、これも譲らなかった。かの少年についての資料を読むには読んだが、兼吉は特に問題を見つけられなかった。『何が問題なのか』と問うと、それを持ってきてくれた同期の上巻あげまき弓敦ゆづるには怪訝な顔をされたものだ。


「私生児」「女郎の子」「尋常小学校にすら通った形跡がない」「精神異常」「混血児」――その他にも枚挙に暇がないらしく、上巻はうんざりしたような顔で、ため息混じりに指折り数えながら教えてくれた。その後は、兼吉が怪訝な顔をする番だった。『たったそれだけのことの、何が問題だというのか』……。



「いやしかし……獲得するにしても問題は山積みだ。罪なき子供とはいえ毛唐の……しかもよりによってカメリアとの間の子を、この崇高な極東海軍に招き入れるなど沽券に関わる。それに、誰が引き取るというのだ? 十二の子供がひとりで生きていけるとは思えないし、教育もしなおす必要が、」


「ならば私が引き取ります。少しの間ですが教職に就いていたこともありますし、一般教養なら身につけさせることは可能かと」



 それらの何が問題なのかと吐きかけた言葉を飲み込んで、兼吉は引き取り手に名乗りを上げた。あれは言ってはならないことなのだと、先月に学んだばかりだ。青ざめた顔で頬を張り飛ばし、『その考え方は危険だ、直ちに改めろ』と警告した上巻の行為を無駄にするわけにもいかない。


 それにしても、この世はどうにも生きづらい。危険思想だと度々注意される自身もそうで、それはまあ自業自得といえばそうなのだが、極東に生まれ育ちながらも「毛唐」だと跳ね除けられる、かの少年の生きづらさといえば壮絶なものなのだろう。


 今回のこれも、能力は欲しいが敵国の血を半分も持った餓鬼を手元に置いておきたくないという、大人の身勝手さが招いた泥沼化なのだと兼吉は確信していた。だったら、その子は俺が護ってやる。再びむう、と唸ったきり静まった年上たちを一瞥して、兼吉は目を伏せた。


――痛い。正面から突きつけられた視線だけが、無性に痛い。


 その視線の送り主は勝手知ったる……はずの、親友だったはずの東坂称壱。黒目がちな切れ長の目は元から涼やかだったが、今はそれに剣呑さが含まれ冷ややかだった。憎い敵を監視するかのような目が、嘗ての親友のものとは思えず浮き足立ったような気分になってしまうが、それを無理やり奥に押し込め、平静を装った。


 およそ五年、音信不通だった期間に何があったのか。それは内地から離れがちだった兼吉には分からない。久々の再会を果たしたのは今年の一月だったが、声を掛けるのも憚られるほどの敵意を向けられて以来、一方的に監視される関係になった。リヲナと紗代子の関係にも変化があったらしく、互いに嫁いで以来、急速に余所余所しくなったと憂いていた。恐らく称壱からの指示なのだろうが……それも嘗ての称壱からは考えられない行為であり、兼吉を混乱させる大きな要因となっていた。


 内向的で、穏やかだったあいつは何処へ行った? その些細な問いさえも届かないほど遠く離れてしまった称壱に侘しさを感じても、この状況に負けるわけにはいかなかった。ここで狼狽え冷静さを欠けば、全てが一瞬で終わってしまう。家柄の伴わない《実績だけ》の将校を失墜させるには、たった一度の失態だけで十分だ。


 なかなか隙を見せない兼吉を揺さぶるためだけに、すっかり様変わりした称壱を部外の海軍省から呼び寄せたのだろう。確かに動揺し少し萎縮してしまったが、だからといって大人しくしてやるつもりはなかった。彼との関係を修復させることも重要だったが、それよりも馴致不能な自分を受け入れ、支援してくれた家族や岡崎らに報いることの方が重要だった。


 物心ついた頃から夢見ている『常識に囚われ抑圧された、自由のない社会からの解放』を実現させるには、持ち続けた意志を貫き、何かしらの功績を挙げる必要がある。少しでも成し遂げるまでは決して逃げも敗けもしないと、兼吉は真っ直ぐに称壱の視線を受け止めた。その目は、奥が見えぬほどの暗闇が支配しており殺伐としている。


 称壱、俺は戦う。生涯お前と対立することになっても、世間の全てが敵になっても、近い未来にこの国を背負う少年たちのために選択肢を増やしていかなければならないのだ……。


 兼吉は膝に置いた拳を強く握り、姿勢を正して前を見据える。恐らく平静を装えはしているのだろうけれど、情の欠片もない視線に心臓を鷲掴まれたような息苦しさを感じていた。


 死ぬほど嫌いな軍隊の会議に入り込んでも平気になった。けれど豹変してしまった親友の態度には一向に慣れることができない。なんてことないと思っていたこの軍令部は、やはり地獄なのかもしれなかった。




              ※




 私は一体、どうしてしまったのだろう。東坂リヲナは窓際の豪奢な椅子に身を埋めて、ふさぎ込んでいた。


 原因は今朝の出来事だ。日課にしている朝の散策の道中、通勤途中の兼吉を見かけたことだった。ただそれだけなら、どうということはない。問題は自分自身の取った行動だ。目が合うや否や顔を背けて、逃げるようにぎこちなくその場から立ち去ったのだ。不審に思われたことに違いはないし、何より幼い頃から馴染みのある、仲の良い兄のような兼吉にひどい態度を取ってしまったと罪悪感が募る。それに、目が合う刹那に見た気難しそうな表情も気がかりだった。


 彼は所謂、『危険思想』を持っている。危険、といっても大勢多数を傷つけるようなことをしてやろうと思っているわけではない。ただ知らぬ間に大人たちが作って、「この通りに生きろ」と強制してくるルールや方針からの解放を望んでいるだけだ。それだけだが決して許されず、それを望んだ者たちは、一人残らず淘汰されてゆく。


 淘汰される側にいる幼馴染みの兼吉と、淘汰する側にいる家族や親族たち。同じくらい大事に思っていた二つに板挟みにされたリヲナは、酷い息苦しさを感じている。なぜこの二つが激しく対立しなければならないのか。『世間知らずなお嬢さん』だったリヲナにはよく分からない。しかしよく分からなくても、情け容赦なく事は進んでいく――。


 戦争が活発になり、拡大していくにつれて兼吉との接触を禁じられた。親友の紗代子も例外ではなく、外界との関わりを全て断たれた気分がして侘しかった。互いに進む路は違っても紗代子との関係が変わることはなく、生涯を通していちばん身近な親友なのだと信じていた。結婚して子供を産んで、その子供たちも交えて、友情を越えた親族のような絆を築く……。女学生の頃に語り合った理想と今とでは大きくかけ離れており、なぜこうも上手くいかないかと失望している。



(こんなことなら、世間知らずなお嬢さんのままでいたかった……)



 理想と現実は、違う。


 将校夫人になった今では、それらがよく見えるようになってしまった。『ちょっと人とは違うだけ』だと思っていたことが『決して許されない大罪』になるのだと知り、『変わり者』だと思っていた兼吉が、『生き死にに関わる程の罪を背負った反逆者候補』だと知ってしまった――



「リヲナ? どうしたんだい、こんな暗い部屋で」



 目が悪くなってしまうよと甘く囁く称壱の声に驚き、リヲナは身を震わせた。一体いつ帰ってきたのか。そもそも今は何時……? すっかり長いあいだ考え事をしていたらしいと気付き、姿勢を正して慌てて立ち上がった。称壱が点けた明かりが部屋に灯るのと、彼女が立ち上がるのはほぼ同時で、その刹那に見えた彼の顔は、普段よりも幾分冷たく見えた。


 その様に、あの時のことを思い出す。戦地から戻ったばかりの兼吉と偶然再会し、道端で世間話に興じたあの日。その日の晩に「そういえば、兼吉が帰ってきたみたいね」と話すと、称壱は酷く冷たい目をして、静かに激昂したのだった。



『何を考えているんだ、君は。あれは危険物でしかない。今後一切、あれに関わるな』



 優しいはずの大きな掌に首元を抑えられたまま聞いた、低く唸るような声を耳元に思い出す。怪しいと思われてしまったなら、私も今の兼吉のように……? 背筋が凍るほど恐ろしかった剣呑な目を向けられる未来を想像して、リヲナは体を強張らせた。



「皆が心配していたよ。この蒸し暑さに弱ってしまったんじゃないかって。体は平気? 医者を呼ぼうか」



 頬に触れた手の温かさと声の柔和さ、そしてなにより自分の身を細かに気遣ってくれる優しさに、これまでの恐怖や不安が一気に吹き飛ぶのを感じている。単純すぎやしないかと思っても、やはり彼が、自分の最愛であることに変わりはない。私は一体、どうしてしまったのだろう。こんなにも愛しい夫を疑うなんて。頬を撫でる手に自分の掌を重ね、一度伏せた目を開く。見上げた称壱の視線は、優しく甘い。



「ええ、平気よ。心配かけてごめんなさい。それから……お迎えもできなくて、ごめんなさい」



 考え事に夢中になっていたみたい、と称壱の胸に縋り、抱き返された腕の温かさに絆される。私は生涯、この人と一緒だ。彼を見初めた少女だった頃から、何があっても添い遂げるのだと決めていた。改めて誓いを立てたリヲナは、小さく安堵の息を吐いて身を称壱に委ねた。




 自分の腕に納まった、最愛の妻を見下ろす称壱の心は晴れない。その胸中は、怯えさせてしまった罪悪感と、もっと上手くやらなければという情けなさで占められていた。


 詰めが甘い自分は、恐らく劣等生なのだろう。自分なりには上手くやってきたつもりで、成績も上位ではあったけれど、上には常に誰かがいた。中でも取り分け鮮烈な存在感を放っていたのが、三笠兼吉だ。頭もよく運動神経も優れた文武両道であることは然ることながら、人望も厚い人格者だった。優秀を越えた、秀逸だった。


 特に年下に目をかけており、「全ての年下は俺が守る」くらいの感覚で面倒を見ていた記憶がある。自分の面倒も見きれないくせによくやるなと、傷だらけの彼を見るたびに思っていた記憶もあった。優しく、時に厳しく指導する彼に憧れる者は少なくなく、称壱もそのうちの一人だった。


 その指導者気質と恵まれた資質、そして小柄で華奢な体格と家柄のせいで散々な目に遭ってきたらしいが――当時はそれを知らず、後に倉橋との口論で知った――、それでも折れることなく進み続け、意志を貫く様は綺麗で格好良かった。


 けれどだからこそ、今の極東では浮いた存在になってしまう。この国では『全員で』『予め決められた理想の将来』を目指し、盲目的なまでに信じて奉公することが美徳だ。それ以外の未来を目指すことはおろか、脇見すら許さない社会だと言うのに、兼吉はその方針を厭い猜疑心を持ち続け、『自由に、幸福に生きられる将来』への路を徹底的に模索しているようだ。国家の決めた流れに抗う彼は、どんなに秀逸だろうが異物にしか成り得ない。


――自業自得だ。


 称壱は愚直にすぎる兼吉を蔑み、嗤った。散々な目に遭うのも誰からも白眼視されるのも、抑圧されるのも命を狙われるようになったのも……全ては彼が、世間の傾向を見定められずに反発ばかりする所為だ。


《稀代の戦略家》だと一目置かれながらも国の意に反する発言を繰り返すものだから、こうして俺は兼吉の目付役を命じられ、海軍省から出向する羽目になったのだ。『不穏な動きがあれば直ちに処分せよ』とも命じられており、当初は親友を監視することに抵抗があったが、今はそれもない。



(仕方がないことだ……やってやるさ)



 昼間に見た兼吉の目を思い出した称壱は、眉間に皺を寄せる。これまでは戸惑いが滲んでいたくせに、今日の会議中にそれがなくなった。あの目は、中学時代によく見た。絶対に敗けんと戦意高揚したときは、決まってあの目をしていたのだ、彼は。


 だとすると、俺とは完全に敵対するということか。称壱は胸に湧いた哀しみを強引にかき消して、決めた。監視だろうが暗殺だろうが何だってやってやる。大事なものを守るためなら、彼との友好関係が完全に絶たれても構わない。尊敬と侮蔑が綯交ぜになったままの胸中に辟易しながら、腕の中のリヲナをもう一度抱きしめる。感情の処理に必死な称壱は、能面のような表情で暗闇を睨んだ。



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