第5話 大男
赤子人形に生身の人間は敵わない
その強烈な事実は店主が破裂した瞬間に大多数の者の
脳に焼き付いた
裏切りや囮などは愚策
そんな小細工をするくらいなら死にものぐるいで
逃げた方が得策である
ましてや正面から対峙するなど愚の骨頂
見世物のようにぐちゃぐゃに引きちぎられ
死を待つのみである
そんな怪物から逃げ回るどころか倒す必要があるなど
参加者からしてみれば有り得ないと言わざるを得ない
カケルは先程の女を気にかけている
なぜかと言えば至極当然であるため
敢えてここでは語らない
カケルは先程の女がレナであるとはまだ認めていない
認めたくないと抗っている
一流企業を目指し猛勉強を重ねた初恋の相手が
落ちぶれたあげくキズモノになったなど
想像したくも無かったからである
地面に叩きつけられて少し冷静になったカケルは
こんな事を考えていた
レナには生きて欲しい と…
先程自分を地面に叩きつけた大柄なモノが
ドシドシと近ずいてきた
仰向けになったカケルが目線を足音の方に移すと
そこにはガタイのいい黒く日に焼けた目の細い大男が立っていた
「大丈夫かい?
怪我してないかな?」
確かに不思議と無傷だ、あそこまで清々しく
投げられたのは初めてかもしれないが本当に不思議だ、
などと考えていたため大男への返事が遅れた
カケルは慌てて「大丈夫」と答えた
「いや あははは
ごめんねぇ 俺ビックリすると柔道技を繰り出しちゃう癖があるんだよねぇ しかも手加減出来ないからさ」
とんでもない野蛮人に会ってしまった…
と考えたが、やはり声には出さず ぐっと堪えた
………この男、なかなか肉体労働向きかつ
スタミナのありそうな、屈強な体躯(たいく)を持っている
もし見掛け倒しでないのなら
かなり優秀な仲間と成りうる
そう考えたカケルは手短にこの男の情報を聞き出すことにした
まずは職業や趣味から洗いざらいにしていくことを試みた
「あの…」
「?」
「貴方って仕事は何やってる人なんですか?」
ムクリと起き上がりながら出来うる限り愛想よく聞く
「え?あはは
一応、消防士なんだ、俺
有名なので言うと火事とかの現場に行ったりする人
分かるかな?」
分からないわけないだろ、と勢いのままでツッコミそうになったが赤子人形に感ずかれるのはまずいので
ここは敢えて流した
しかし、この屈強な男が言う事が本当ならば
圧倒的なスタミナと精神力が必要となる消防士
これはゲームにおける戦士、いやそれ以上の
心強い味方になる
カケルは自身が興味本位で読んだメンタリズムの本のことを思い出した
相手に親近感を持ってもらえる方法をここで試そう…
名前だ
相手の名前を会話にプラスして話せば
間接的に親近感を持ちやすくなる
まずは名乗ろう
「僕は赤神(あかがみ) カケルです
お名前なんて言うんですか?」
「俺は志村(しむら)仁(ひとし)って言うんだ
宜しくね カケル君
志村でも仁でも自由に呼んでくれよ」
初対面の相手に馴れ馴れしくするのはあまり得意では無いが 相手のテンションに合わせるのもコミュニケーションにおいて重要な事ではあるしここは調子を合わせておこう
「じゃあ志村さんで
これから宜しくお願いしますね
志村さん」
「あぁよろしくね あはは」
薄ら寒い愛想笑い
笑顔は効果的に使えば対象者に安心感と高揚感を齎(もたら)す とメンタリズムの本に書いてあったような気がする
一応笑っておくか…
…やはり上手く笑えない
あの日以来だったな
この手法はどうやら俺に合ってはいない、が
笑顔の練習には丁度いいのかもしれない
志村を蔑(ないがし)ろにしつつ
無言で窓に近づく
その時 俺はある選択を迫られた
背の高いビル
そこに立てこもる俺の眼下に
一体の奇形児が蠢(うごめ)いていた
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