第4話 静寂の中

赤子人形は動かない

その代わりに門(ゴールゲート)とやらに

設置されたタイマーが動き出す


時間は10分に設定されており

ピッピッ、と時間が進む


慌てふためく40あまりの者のほとんどは

瞬時にそのタイマーの意味を理解し逃げ惑う


あのタイマーが0になったとき

あの化け物は動き出す


とにかく遠く、誰も邪魔しない、誰も見つけられない

自分だけの隠れ家を探すため

老若男女問わず、全速力で走り出した


カケルも例外では無い、レナに似た女と共に逃げよう

そう考えたが、見当たらない

暴力女と逃げたのだろう


また後悔するのか?

まだ俺はアイツに何も出来ずに…

探しに行くか?

逃げるか?


自問自答を繰り返した末、カケルは近場で最も背の高いビルに駆け込んだ


さほど走っていないはずなのに息が切れている

この滴(したた)る汗が何によるものなのかよく分からないが

取り敢えず拭う


息を整え目を閉じる、そうすれば目が覚めるのではという

淡い期待感が心の底からじんわりと湧き上がってきた


神など信じてはいなかったがこの時だけは

何よりも頼りたい存在であった


姿かたちの無いものにすがった方が

裏切られないと本能的に感じていたのかもしれない



ビーーッ!!!



ビクッ!と体が跳ね上がる


いくら近場のビルに逃げ込んだとはいえ

かなりの上層目掛けて駆け上がってきたはず


しかし先程のアラームはまるで耳のすぐ横、

言ってしまえば耳自体がアラームになったような

近さでの音


仮眠状態にあったカケルは霞む視界をハッキリさせるため、力強く目をこする


視界良好

門(ゴールゲート)の方を見ると

般若の面の男は姿を消していた

また、赤子の人形が少しずつ前進している


次は誰が死ぬのか…


少し好奇心のある自分…

どれだけ平和な世界に生きてきたのかが如実に感じられた




音、皆無


10秒後に死んでいるかもしれない世界など

カケルにとってゲーム内でしか体験したことがない

リアリティの低いもの


呼吸は少し落ち着き

もう少し高い場所を目指し登ることにした


外見からはあまり想像がつかない

瓦礫まみれ部屋を後目(しりめ)に

階段を上がる


コツン…コツン…


自分の足音に違和感

「コツン…」という音、先程までは気になっていなかったが

自分の服装に目をやると、高校生のころに着用していた

学生服だ


紺色のブレザーに長ズボン、赤色を基調としたネクタイ


何処にでもある、ありきたりな学生服

しかし、田舎の高校のカケルたちからしたら

都会人に近づけている、という気持ちになれる

特段ダサいとは思っていなかった、

むしろカッコイイとさえ思っていた、


などと少し懐かしい匂いのする

自分の服装や持ち物を確認していた


………あ


目の前に自分よりも大柄な影が現れたのに気づいた

ほんの数秒間の遅れであるがその刹那が命取り


身体は宙を舞い鈍い音をたてながら倒れ込んだ


シヌ



そう思うしかなかった



矢先、


低い声で


「あぁ!すまん!」と大男の声


誰だ?赤子人形じゃない…


倒れ込んだカケルの不安感の中に安堵が差し込む




………………


門(ゴールゲート)から出来るだけ離れた所にいち早く逃げたエンジニア

名前を音光寺(おんこうじ) 悟(さとる)


この男、エンジニアの仕事自体経験が浅く、不器用なため

上司からは危険だからとあまり仕事を任されない

それを良しとし、サボり続けている

自分らしく生きていると言えば聞こえは良いが、

その正体はただのサボり魔である



が、


そんな音光寺もまさか、


ハサミで大動脈をえぐり出されて死ぬとは

考えもしなかったであろう




『30人は生き残って欲しいんだけどな…』

小柄な中年男性は寂しそうに地獄を見守る

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る