第41話

 静まり返る会場内。


 数十秒後、大歓声が沸き起こった。


 招待客たちが怒濤の勢いで出入口に突進して行く。


 マオカラースーツの十二人のうち一人がジェロニモを抱き抱え、その前に残り十一人が視界を塞ぐように重なり合って並び、三十人の隠れ信者のうち十二人が全ての出入口の前に立ち塞がり、残りの十八人はマオカラースーツ十一人の背後に姿を消した。


「どけよっ! おまえらの大将もう死んだろ! おこえっ!」


 ジェロニモを侮辱した男が信者の地獄突じごくづきを食らいその場に崩れ落ちた。


 白目を剥き呼吸が止まっていた。


「こっ、殺しやがった……こいつら人殺しやがったぞーっ! おまえら全員死刑だっ! 俺の父親は最高裁判事なんだぞーっ! ふがくっ!」


 最高裁判事の息子が地獄突きを食らい二人目の犠牲者になった。


「く、狂ってやがる……! こいつらカルト信者は全員狂ってやがる……! お、おいあんたっ! Tさんって言ったか、こいつら何とかしてくれよっ!」


 招待客の一人がTに向かって叫んだ。


「そ、そうだ! あ、あんた助けてくれよ! 金はいくらでも出すっ! 俺たちをここから出してくれ! 今すぐに!」


 助けてくれ! 


 ここから出してくれ! 


 何人もがTにそう懇願こんがんした。


 Tにとってはそんな声などどこ吹く風といった様子であった。


 ほげえっ! 


 おごおっ! 


 スマホで外部と連絡を取ろうとした者たちが次々と男馬信者に地獄突きでたおされる。


 スマホを取り上げる必要のない必殺の攻撃であった。


 Tに自分たちを助ける気がないと知るや、夜更けとともに消えていく街の灯りのように招待客たちの熱気が徐々に消えていく。


「……おほっ! おほっほほほーっ!」


 不気味なよがり声が聞こえてきた。


「はうふ! はおっほぉ~っ……いぃっひひぃ~っ!」


 招待客たちがざわめいている。


 リレーのようによがり声の主が代わっていく。


 十人目のよがり声が止むや空砲くうほうを発射したような震動がした。


「復活したか」


 言ったTの、今度は五メートル手前に羽毛の軽さで着地したジェロニモ──は静かに語り出した。


「Tよ、俺はおまえを侮っていた。その侮りに相応しい不様ぶざまを晒してしまったな。……なぜとどめを刺さなかった? 俺の部下が何人いようとおまえの敵ではあるまい。おまえにとって今が俺を殺す最後のチャンスだったのだ。これでおまえを斃しても、おまえの底抜けの甘さにつけ込んだようでスッキリしないが、仕方あるまい」


「そんな気取った考えだからダメなんだよおまえは。ま、おまえみたいな奴はだいたいそうだけどな。オレも他人ひとのことは言えんが。んじゃま、仕切り直しといくか。来いよジェロニモ、おまえの秘奥義とやらで」


 Tは上向けにした右掌でジェロニモに手招きしてみせた。


「言われんでもそうするわっ!」


 叫ぶやジェロニモの体は左右に二十体──どころではない、Tを取り囲むように、Tを中心とする直径十メートルの円陣を全てジェロニモで作る人間の鎖が誕生した。


「ハハハハハ! T! 俺はこれから中心のおまえに向かって一斉に攻撃をしかける! 分身した俺から真っ直ぐおまえに向かって行くだけじゃない、分身一人一人がさっきの俺のように何列にも分かれて攻撃する! あらゆる角度からなぁ! おまえに逃げ場はない! そして重要なのはここからだぁ! さっきの連打で俺はおまえの動きを見切った! わかるのだ、俺には! 俺はもうおまえの攻撃は食らわんぞ!」


 脱出を諦めていた招待客たちはこの展開に最後の希望を託していた。


 いいぞっ! やれやれっ! Tに俺たちを助ける気はなくても、怪獣対決シリーズのゴジラみたいに結果的にそうなればいい! Tがジェロニモを斃せば男馬信者たちは玉砕覚悟でTに攻撃するか逃げるだろうからな! それにジェロニモの奴、あんな動きをしていたら無駄にエネルギーを消費して自滅するんじゃないか? 


 皆一様みないちように期待を込めてそう思うのだった。


「糞雑魚どもが空しい期待をしているようだが、Tよ! おまえはわかっていよう、俺がこの動きを続けるのにまだまだ全然余裕があることを! だがそんなに待たせはせんから安心しろ! 俺が攻撃に移ったら一瞬で終わる! 最後におまえに言っておくことがある! ミマヨのことだ! 俺がミマヨの大ファンなのは本当だ! おまえを食うからミマヨは食わないと言ったがあれは嘘だ! ミマヨだけは殺さず俺の妻にするつもりだった! 俺は前から心に決めていた! Tよ! 俺はこの戦いが終わったらミマヨと結婚するぞ! そして俺とミマヨで神聖男馬帝国を築くのだぁっ!」


 全方向から隙間なく数珠繋じゅずつなぎのジェロニモが津波のようにTを押し包む──そのときジェロニモは緑色に光るTの両目を見た──


 全てのジェロニモの残像が消えたとき、Tのいた場所には渾身こんしんの右手刀を突ききった姿勢のジェロニモが、攻撃に移る前にジェロニモが形成していた円陣の外にはジェロニモと鏡写しのような姿勢のTがいた。


 Tは右掌に何かを掴んでいた。


 それは鼓動するジェロニモの心臓だった。


 その姿勢を解くや常と変わらぬ表情のTは手品のように一瞬でそれを食った。


「おおおおお!」


 Tの口から唸り声が漏れ、その全身がさっきとは比較にならない強さで緑色に発光した。


 ジェロニモは手刀突きの姿勢で固まったまま死神に会ったような顔をしていた。


 死ぬほどドキドキするはずがドキドキしない。


 それで自分の体から心臓がなくなったことに気付いた。


 その体には傷一つなかった。


 切り口が綺麗過ぎて血が出る間もなく治癒してしまったのか、体が気付きも傷付きもしないほどの精技せいぎで心臓を抜き取られたのか。


 そんなことはどうでもいい! 一つだけわかったことがある。俺はこいつには勝てない。ヤバい。関わるべきじゃなかった。こいつを狙うくらいならリュウジたち八人を探し出すほうがマシだった、どんなに手間がかかっても! その手間をしんだ俺の致命的ミスだっ。あいつらを五人くらい食ったあとなら何とかなったかもしれない。


 もはやミマヨと結婚するどころではなかった。


 もたもたしてたら食われる。


 マズいマズいマズいマズいマズいィィイィ! 


 神速で思考するジェロニモは──


「ミマヨを殺せっ!」


「ははっ!」


 マオカラースーツ十二人と隠れ信者三十人が迫撃砲のようにミマヨに躍りかかるや壁を背にしたミマヨの一八〇度全ての視界は上まで続く無数のTの壁で覆われた──血飛沫ちしぶき血煙ちけむり、絶叫──Tの塔・・・に特攻して行く信者たち──数十秒後、ミマヨから半径二メートルの外側にはバラバラになった四十二人分の肉片が山積みになっていた。


 全て頭部を粉砕され心臓を潰されていた。


 ミマヨを抱き抱え肉片の山から脱出するT。


 嘔吐する者が複数いる中、ミマヨは運命を受け入れたように落ち着いていた。

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