第39話

「それは普通の人間を食ったって話だよな。隕石に触った奴を食った話はどうなった。要するにおまえは、自分を裏切った奴らの一人を食っただけだから、自分は悪くないと言いたいのか。そこはオレも同意する。良かったな、説明した甲斐があったな。ジェロニモよ、その点についてはおまえは外道じゃない」


「そおうかぁ~っ、わかってくれたか、T! おまえならわかってくれると思っていた。あとのことは手短てみじかに話そう。俺は護衛部の隊長の息の根を止めたあとすぐさまプレハブを出て近くの小川に行って体を洗い流した。教団の人間は授業やら集会やらで一ヶ所に集まっていたから誰にも会わなかった。俺はそのまま一ヶ月ほど山奥に身をひそめた。その間俺は自分の体が周囲の風景に同化できることや、蛇のように脱皮できることなど色々変化させられるのを知った。一ヶ月してプレハブ設営地に戻ったとき、そこは既にもぬけの殻だった。護衛部隊長が惨殺され、俺が出奔したその日のうちに移動を開始していたのだ。俺はすぐに奴らに追いついた。次の逗留地とうりゅうちは丹波山中だった。俺は自分の皮膚を変化させ、教祖だけが着れる白装束で夜更よふけに万野の寝室に現れてやった。万野は俺を一目見るなり俺の足元にひれ伏し、俺に完全服従を誓った。おまえも知っていよう、俺たちに他人の精神を操れるような念力などない。俺も呆気にとられた。万野は勝手に俺に心服したのだ。あのババアの脳内の勝手な理屈でな。大河ドラマのロケ中、甲冑かっちゅうを着たまま草むらで立ちションをしていた中井貴一を勝手に拝んだ通りすがりの地元のババアと同じだ。ババアの思考回路は迷宮だ。ババアの考えてることはババアにしか理解できん。だが俺を神格化する分には別に問題はない。その夜は万野と添い寝してやった。そうしたほうがより強力に万野を精神支配できると思ったからだ。香水臭くて参った。そして万野は翌朝になると緊急招集をかけ、俺を新しい教祖として皆に紹介した。俺はジェロニモと名乗った。かつて神の子と呼ばれた人間がそう名乗っていたと何かで聞いたからだ。そう、天草四郎のことだ。俺は信者全員の前で姿を消したり現したりしてみせた。それだけでなく、俺が隊長を食ったせいで一人欠けて十二人になっていた教団護衛部の者たちに一斉に、しかも殺す気で俺を攻撃させ、一瞬で全員倒してみせた。奇跡と暴力、この二つを見せつければ人間など簡単に支配できる。自分の体で俺の力を思い知った教団護衛部の十二人は即座に俺の忠実な部下になった。その中の一人の入れ知恵で俺は万野にその全財産を俺に譲らせることにした。そのためには上京が必要だった。大口スポンサーとも会い引き継ぎも済ませた。それらに二週間くらいかかった。物見遊山ものみゆさんも兼ねていたのでな。全てが俺のものになった夜、俺は万野の首をへし折って殺し、ババアの死体を山奥の杉の木のてっぺんまで運んでモズのはやにえ・・・・のように串刺しにしてやった。わかりやすく派手にしたつもりだったが、ババアが見つかるまで一週間かかった。そんなところに人間が引っ掛かっているなんて誰も思わなかったらしい。教団を我が物とした俺は、万野の取り巻きだった幹部連中の特権を剥奪はくだつし平信者に降格した。代わりに護衛部に一切の運営を任せることにした。と言っても基本理念は俺が決めたが。俺たちは意味不明だった漂泊生活に終止符を打ち、東京の足立区に本部を構えた。忠誠心は人一倍だが生活力ゼロの信者たちを生活保護つきで都内各地の公営団地にねじ込んだ。少年部のガキどもは公立学校に通わせるようにした。それは長年の漂泊生活に対する当然の報いだった。護衛部は新しく教団を作り直すために役立たずは全員問答無用で追い出すつもりだったが、俺はそうは思わなかった。俺たちは全員家族なのだ! 強い者が弱い者をかばい、持てる者が持たざる者の不足を補う、それが正しいこの世のあり方なのだ! 今では我が男馬珍味教の信者全員がそう考えるようになっている。基本理念以外は護衛部に任せて、俺は毎日遊んで暮らしていた。俺が今の姿になるきっかけを作ったあの教団幹部の娘が今度は俺にぞっこんになっていた。俺を自分が振ったあのガキだと知らずにだ。俺は見た目は大人だったが九歳にして女を知った。今思えばただの白人かぶれの馬鹿女だったが、当時の俺は彼女に夢中になった。おっと! これはどうでもいい話だったな。そんなある日、福井で教団を脱走した八人のうちの一人がひょっこり姿を現した。タッカンというあだ名の、八人のうちで最年少の六歳の奴だった。俺はこいつが苦手だった。最年少ながら油断ならない奴で、ズル賢く平気で嘘をつき、何を考えてるかわからない奴だった。護衛部の知らせを受け、俺は何気ない顔でタッカンと対面した。スウェーデンから招聘しょうへいされ新教祖になったジェロニモですと自己紹介した。向こうは目の前の金髪白人が俺とは夢にも思っていないようだった。外の世界で色々見てきたようで、外人を見ても全く動じる様子がなかった。逆にしげしげと俺を見つめてきた。仲間割れをしたので戻って来たと言った。八人はバラバラになったとも言った。終始あっけらかんとした態度で、ジェロニモと名乗る前の俺の名前を出し、そう言えばあいつ今どこにいるのと聞いてきた。六歳のガキとは思えない人を食ったような態度だった。この対面の前に五人の護衛部隊員がタッカンに病院送りにされていた。脱走者に対する制裁を加えようとして、一瞬で返り討ちにあったのだ。俺と違いなり・・はガキのままだったが、まぎれもなくタッカンも化け物だった。八人が脱走した次の日に姿を消した俺は当然ながら教団内では脱走したと思われていた。そう告げると、タッカンは全然そうは思ってなさそうに残念と言った。俺は最初からタッカンを生かしておく気は毛頭なかった。元々反りが合わなかったし、自分たちだけで一旗揚げようと出ていった裏切り者の一人だったからだ。どこかで聞いた、酒呑童子しゅてんどうじという鬼が退治されたときの話を思い出した。タッカンがませたエロガキだったことも思い出した。俺は大画面でゲームをしようとタッカンを誘い地下のプレイルームに連れて行き、大画面に巨乳グラビアアイドルの映像を流し、見とれるタッカンの首を後ろから刎ねた。それでもタッカンが死なずに俺に向かって喚き続け、体が切り落とされた首を拾おうとしたので頭を踏み潰し、それでも頭を探して動いている体から心臓をえぐり出した。えぐり出しても心臓がいつまでも動いているので握り潰した。それでようやく動きが止まった。潰れた脳と心臓が所々淡く緑色に光っていたので食った。人間を食ったときとは比較にならない凄まじい力がみなぎってきた。さっきのおまえのように、だがもっと強く全身が緑色に発光した。間違いなく二人分の超人の力が備わったと確信した。俺はそのままタッカンの残りの内臓も全部平らげ、流れ出る血も腕や足に残っている血も全部吸い尽くした。護衛部を呼び、血まみれの家具や床や壁を掃除させ、こういうときを想定してプレイルームの隣に作っておいた殺風景な部屋に置いてある業務用冷蔵庫にビニール袋に詰めた河童カッパのミイラのようになってしまったタッカンの残骸をしまった。次の日俺は例の白人かぶれ馬鹿女とプレイルームに向かった。背後から女を抱きすくめドアを開けさせた。部屋に一歩踏み込んだ瞬間、俺の前にあった女の頭が消えた。俺は片足で蹴るようにドアを閉めた。逃がす気はなかった──部屋の明かりを点けるまでもなく俺には見えていた。うずくまり女の頭をバリバリ食っているタッカンが。体の輪郭は出来ていたが、グラスキャットフィッシュのように透明な体内に出来かけの脳や内臓や血管が見えていた。それらはまさに今造られようとしていた。これじゃあ何回殺してもきりがないじゃあないか! とは俺は思わなかった。俺にはもうわかっていた、どうすれば完全にタッカンをこの世から消せるかが。俺はタッカンにける暇も与えずその頭を踏み潰した。出来かけの心臓も踏み潰した。そして今度こそ骨も残さず全部食った。前回と違い全身が緑色に光ったのは一瞬で、それも淡い光だった。力の増幅はほとんど感じなかったが、ライバルが一人減ったという本能的な満足感があった。タッカンが齧っていた女の頭は三分の二以上なくなっていた。後ろを振り返ると女の体はまだ動いていた。仰向けに床に横たわったその手足がもがくように動いていた。俺は自分の左手首を切り、そこから流れる血を女の体のほうの切断面に注いでやり、そこに顎から上が食われてなくなっている首をくっつけた。三日経ったとき、女の頭は綺麗に再生した。彼女は自分が殺されたときのことは覚えていなかった。俺は教団内に新設したばかりの、疾病管理予防局しっぺいかんりよぼうきょくに彼女を調べさせた。その血液を顕微鏡で見ても普通の人間のそれと全く違いはなかった。だがアメリカCDCから引き抜いた大船虫(おおふなむし)博士の推測では、隕石に付着していた緑色に光るそれが微生物であれ細菌であれウイルスであれ、その特性は擬態にあり、生物の体内に取り入れられると直ちに既存の成分に擬態してしまい見分けがつかなくなっているのでは、ということだった。超人エキスは体内に入ると既存の成分に擬態するからその具体的な量は不明だが、赤血球と同じで一定量以上は増えず、逆に出血で減ってもすぐ一定量までは戻る。その一定量は各自が触った隕石に付着していた光る緑色の量で決まる──CDCから引き抜いた大船虫博士はそう推測した。多分そうなんだろう。それ以上詳しく調べるなら人体実験が必要になる。信者で実験するわけにはいかないので、教団本部のある足立区内で犯罪者狩りをして二十人ほど集め、そいつらに俺の唾液や血や精液を注射して実験した。正確なデータが欲しいため、麻酔を使わず生きたままバラバラに切り刻んだりして調べた結果、血と脳と心臓に特に超人エキスが含まれていることが判明した。体液については唾液の効果がもっとも弱く、死ぬ直前に摂取した者は意識を取り戻すことなく本能のまま動くゾンビとなり、頭を潰せば死ぬ。血と精液の場合は、その効果が続く間は頭を切り落としても生物的には死なず、くっつければすぐに元通りになり、息の根を止めるには頭部と心臓を潰す必要がある。そして俺やおまえのような隕石が緑色に光っている間に直接触ったオリジナルは、おそらく不死。頭と心臓を潰されても、再生に必要なだけの肉片が残っていれば、そこから脳も心臓も再生する。倒すには、完全に溶かすか焼き尽くすか、丸ごと食って自分の体内に吸収するしかない、ということだ。もちろんそれが出来るのは、俺たちオリジナルだけだ。普通の人間が俺たちを丸ごと食えば、食われた俺たちが逆に食った人間を丸ごと乗っ取るだろう。そして自分の経験でわかったこと──更なる力を得るためには、自分以外のオリジナルの超人エキスを摂取するしかない。む……どうやら俺は知ってる全てを話してしまったようだな……と言って別に問題はないがな。我ら男馬珍味教徒を除いてこの会場内の人間は今から全員死ぬのだから」


 さりげなく最悪の宣言をしたジェロニモの顔に凶暴かつ悪魔的な笑みが浮かび、その全身から見る者を息苦しくさせるような妖気が漂い出した。

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