第38話

「リュウジたちがいなくなった次の日、周りに誰もいないのを見計らって俺は彼女に告白した。俺はこんななり・・でも既に教団の誰よりも強い。教祖の万野漫子、あんなインチキババアよりも俺のほうが遥かに優れている。だから俺の女になってくれと。真剣な愛の告白だった。断っとくが俺は何も彼女と肉体関係を持とうなんて思ってたわけじゃない。九歳だったからな。手を繋いだり、抱きついたり、ほっぺに軽くチュッくらいは望んでいたが。だが彼女は俺の本気の求愛をにべ・・もなく断った。惚れた弱味で俺は彼女の前では強く出られなかった。彼女の前では俺はただの九歳のガキでしかなかった。受け入れられるはずがなかった。彼女はガキの俺にとどめを刺すように自分はのっぺりした日本人顔は好きじゃないと言った。金髪で青い目の外人さんが好きだと言った。俺は彼女の前から逃げるように走り去った。いや逃げたのだ。恥ずかしさと悔しさで死にたい気分だった。泣いた──俺はそのとき教団が福井山中に敷設ふせつしていた簡易プレハブの誰もいない一室で声を出さずに泣いた。心の底から思った、早く大人になりたいと。早くデカくなりたいと。彼女が惚れるような金髪で青い目の外人になりたいと。突然俺の体に異変が起こった。今まで経験したことのない、まるで自分が火山になって体の中でマグマが沸騰するような、熱さとも痛みともつかない圧倒的な感覚だった。俺は引き剥がすように身に付けていた衣服を全部脱ぎ捨てた。といってもランニングシャツと短パンとブリーフだけだったが──そうすれば少しでも楽になれる気がしたのだ。十分近く経ったとき、ようやく俺の体は鎮まった。よろめきながら立ち上がった俺は違和感に気づいた。室内の見え方が違うのだ。天井が近い。下を向くと今までとは倍近く遠くに自分の足元が見える。俺は窓に近づいた。そこに映る自分の姿を見た。俺は大人になっていた。それだけではない。俺の髪も目の色も顔の作りもまさに彼女が言っていた通りの金髪で青い目の外人になっていたのだ! やった! これでもう一度彼女に愛の告白を! そう思うと同時にその思いを跡形もなく消し飛ばすほどの地獄の空腹感と喉の渇きが襲って来た。無理もない、身長百二十五センチで体重二十キロしかなかった俺が、いきなり百八十センチを超す逞しい体格になったのだ、どう考えてもタンパク質と水分が不足していた。張りぼてのように中身スカスカの状態だったのだ。そこから生じる飢餓感だった。あまりの苦しさに気が狂いそうだった。間違いなく俺は発狂寸前だった。いや既に狂いかけていた。誰かがドアを開けて入ってきた。あとでわかったのだが、そいつは俺たち九人を目の敵にしていた教団護衛部の隊長だった。八人が去り、たった一人になった俺ならば倒せると踏んで後をつけてきたのだ。──気がついたとき、俺は一心不乱に何かを食っていた。肉だ! 血にまみれた肉だ、俺が食っていたのは。それが人間の生肉だと気づいたとき、それでも俺の食欲は吐き気を凌駕りょうがした。今食っているのが紛れもない人間の肉だと認識した上で、肘と膝から先を除けば首から下のほとんどが骨だけを残すのみの、すっかり内臓まで食い尽くされたそれを見てなお食べ続けるのをやめられなかった。とうとう、首から上、手首足首から先を残して全て綺麗に平らげた。法螺貝ほらがいを吹いたような太く長いゲップが一つ出た。顔を見てそいつが教団護衛部の隊長だった奴だと気づいた。そいつは、上背うわぜいは百八十に満たなかったが、重戦車のような厚みのある体型で体重は優に百二十キロはあった。不足していたタンパク質と水分を補うには十分過ぎるほどの量だった。入り口のドアは閉めてあった。それでもそいつが悲鳴の一つでもあげれば誰かに気づかれたはずだ。どうやら俺は一撃でそいつの喉笛を食い千切ったらしい。たった今惨劇が行われた場所で逆に俺はえもいわれぬ安息感に浸っていた。教団幹部の娘のことなどどうでもよくなっていた。俺はしばらく壁に背をもたれて床に足を投げ出しだ格好で目を瞑り座っていた。十数分が経ったときだ、目の前で何かが動く気配があった。目を開けると顔以外ほぼ骨しか残ってなかったそいつが狂ったようにこっちに向かって噛みつこうとしていた。ほんとに顔と手と足の甲くらいしか肉のある部分は残ってなかったから、いくら俺に向かって来ようとしても無駄だったんだがな。だがギョッとしたよ。ゴキブリ一匹にビビる人間みたいにな。そういうときの人間と同じように、俺は跳ね起きるやそいつの顔面を一気に踏み潰した。それで全ては終わった」


 オレがキチガイ一家をぶち殺したときとほぼ同じだな。もっともオレの場合は三ヶ月かけて徐々に体が変化したから、正気を失うほどの空腹感に襲われることはなく人も食わずに済んだ。共通するのは強烈な意思によって体が変化するということだ。


 改めてそう思い返すTだった。


 会場内がざわついていた。


 ジェロニモの話は本当なのか? それなら奴は今十三歳くらいなのか? そんな馬鹿な! だがあいつらを見ていると信じざるを得ない気持ちになってくる。緑色に光る隕石が降った事件は俺も動画で観た。あの隕石には、そんな凄い効果があったというのか! あ~あ~! 俺も触りたかったぜ! クソがクソがクソが! 


 それが招待客たちの偽らざる気持ちであった。

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