第37話

 長い! こいつは一体いつまで話を続ける気だ? 


 ジェロニモ一味を除く全員がそう思っていた。


 先刻から尿意を必死で耐えている者が相当数いた。


 ついに我慢しきれなくなった者が声をあげた。


「すいませんっ! トイレに行きたいんですがっ!」


「やかましいっ! ションベンならその辺でしろっ! 糞は我慢せい! 無理ならしてもいいがな」


 最後の台詞せりふだけニヤつきながらジェロニモがそう言うと二十人近い者が人のいない出入口に近いほうの壁へ猛ダッシュで走って行き、犬のように壁に向かって一斉に放尿を始めた。


 出入口には人間とは思えないジェロニモの十二人の手下がいるからできれば誰も近づきたくはなかったが、彼らの込み上げる尿意が恐怖に勝ったのだった。


 ジェロニモは案外寛容かんような性格のようで、集団放尿する男たちを気にもとめずに再び語り出した。


「俺たちは予定を早めてその夜のうちに逃げるように次の目的地に向けて移動を開始した。もちろん山の中をだ。はぐれないように互いの体を腰紐こしひもで繋いでいた。夜が明け、午前八時近くなった頃、小さな広場のような場所に出たのでようやくそこで休憩をとった。全くキチガイ染みた強行軍だった。十九人の男児のうち十人の体力が限界に来ていた。そう、この時点で隕石に触った者とそうでない者との差がはっきり出ていた。俺を含め隕石に触った九人は全然疲れていなかった。九人の中には最年少の六歳のガキもいたがそいつもピンピンしていた。午後一時になると指導員が皆に出発を告げた。正午から軽い昼食をとっただけの俺たちは再び歩き始めた。このとき驚くべきことが起こった。なんと隕石に触った元気な九人が、隕石に触ることができなかった疲労困憊こんばいしている十人を代わる代わるぶって歩くと言い出したのだ。なんという美しい友情! なんという美しい同胞愛! 俺はこのときの十九人のような助け合いの精神を持った強い結束力のある教団をつくるべく、万難ばんなんを排し今日まで尽力してきたのだ!」


 ジェロニモの声は高ぶり、その目はうっすらと潤んでいた。


 完全に自分に酔っていた。


「ちょい待ち。おいジェロニモ、おまえ仲間の一人を食ったって言ったよなぁ。それも隕石に触ったうちの一人をよ。今の話と完全に矛盾するだろ。ていうか、その流れで行くとおまえ外道じゃん」


 Tが細かい突っ込みを入れた。


 最後の一言が明らかに余計だった。


 や、やめてくりぇ~っ! これ以上話を長引かすようなことは言わんでくりぇ~っ! 


 ……招待客全員がそう思ったのは言うまでもない。


 一瞬ほうけたような顔をしたジェロニモは、打って変わって厳しい顔つきになった。


「仕方がなかったのだ! 俺には誰よりも強い力が必要なのだ! この腐りきった世の中を正すためにな! あいつはそのための尊い犠牲になったのだ! Tよ、おまえにはそこのところが全くわかっていない。そこだけは話しておかねばならん。いいから黙って聞け。隕石事件から一週間後、万野漫子たち幹部一党は避暑から戻り、俺たちは普段通りの漂泊生活に戻っていた。だが決定的に以前と違う点があった。隕石に触った俺たち九人は大人たちを全く恐れなくなっていたのだ。きっかけはさっき話した強行軍の最中に起きた、俺たち全員による、指導員への集団リンチだった。代わる代わる仲間を担いで歩く俺たちに対し何もしない指導員に、ついに俺たち全員の堪忍袋かんにんぶくろが切れたのだ。呆気ないものだった。ボコボコにした指導員はそのまま置き去りにした。その指導員は二度と教団に戻ることはなかった。俺たちは表面上は大人に従うふりをしてそれぞれ好き勝手なことを始めた。言い忘れていたが、隕石が緑色に光っているうちに触った九人はそれぞれ、十二歳が二人、十一歳が二人、十歳が一人、九歳が俺を含めた三人、そして六歳が一人という顔ぶれだった。俺たち九人は疲れ知らずになっていた。一週間くらい寝なくてもチャラヘッチャラだった。少年部の消灯時間は夜の九時だった。俺たち九人は皆が寝静まったあと、山を降りてまちへ遊びに行った。俺たちが何もしなくても、下は不良小学生から上はヤクザのおっさんまで、向こうから勝手に絡んでくるので片っ端からぶちのめした。生まれ変わったように毎日が楽しかった。そんな毎日が一ヶ月ほど続いたあと、俺を除く八人は教団を脱走した。脱走の前日、俺たち九人は話し合いをした。俺たちのリーダー格だったリュウジという奴が、こんなとこにいてもしょうがない、俺たちだけで一旗揚ひとはたあげようぜと提案した。それに対し俺は、少年部の残りの奴らはどうするのかと聞いた。まさか置いていくのかと。俺たちと違い普通の人間とは言え、わるわる負ぶって強行軍をしたかけがえのない仲間じゃないかと。あのときの気持ちを忘れたのかと。リュウジは、足手まといになるだけだから置いていくと当然のように言った。話はそれで終わりだった。リュウジは冷静な奴だった。食い下がる俺に、それならおまえはかけがえのない仲間のために残れと静かに言い、翌日八人を引き連れて消えるように教団を去って行った。リュウジに言った理由とは別に、俺には教団に残る理由があった。リュウジに言った理由は綺麗ごとだった。俺にはひそかに思いを寄せる女がいた。海外の大学から一時的に帰国していた教団幹部の娘で、歳は十九、俺より十歳上だった。彼女は物珍しさもあってか親の手伝いで教団に滞在していたのだ──」


 Tを除く招待客は、先程からジェロニモの話に突っ込みを入れたくて仕方がなかった。


 おいジェロニモ、おまえは約四年前の話をしているんだよな? ──そのとき九歳だっただと? 計算が合わないだろ! ジェロニモ、おまえはどう見たって二十歳はいってるだろうが! と。


 招待客たちの口には出さない突っ込みに対する答えを、このあとジェロニモは語ることになる。


 だが、それを聞いたところで誰一人として到底理解できる話ではなかった。

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