第34話

ミマヨの最新グラビアDVD『ミマヨ、いいんじゃね? いい感じじゃね? いい感乳(かんちち)じゃね?』発売記念イベントは大盛況だった。


 直角的にしてピエロをイメージしたような派手派手しい原色基調げんしょくきちょうの、胸の部分だけはその形がはっきりわかる薄い布地ぬのじに幻惑するような渦巻うずまき模様の入ったコミカルかつエロティックな衣装で、ファンに応えるミマヨ。


 突然アメリカに留学すると宣言しての地に旅立ったミマヨは、わずか三週間足らずで帰国した。


 誰もそれを責める者はいなかった。


 ミマヨのいつもの気まぐれだと思われただけだった。


 帰国するなり、お詫びのように新作DVDを発売したのだ。


 発売日は以前から告知されていたのだが、タイミング的にそう見えるようになってしまった。


 それが話題性に拍車はくしゃをかけたのは販売する側にとっては嬉しい誤算だった。


 過去にない過激でセクシーな内容にファンは熱狂していた。


 イベント終了後、渋谷区にある全面ガラス張りの一流ホテルに会場を移し、限定された百名の招待者だけの特別パーティーが行われていた。


 特別の名に相応しくマスコミはシャットアウト、撮影も一切禁止されていた。


 その代わりミマヨファンなら狂喜するようなメインイベントが控えており、もし違反して撮影する者がいれば直ちに退場、二度と招待されない上に法外な違約金を課されるとあっては破る者など出そうもなかった。


 いや全員が違約金などどうでもよかったが、このような特権階級の集まりにおいてはルールが全て、抜け駆けが最大のタブーであり、あえてタブーを冒して永久に仲間外れになろうという者などいるはずもなかった、と言うべきか。


 このルールは当然ながらミマヨの所属する芸能プロダクションが設定したわけではなかった。


 一人一人がミマヨの芸能プロを遙かにしのぐ力を持った前述の百名が仲間の抜け駆けを禁じるために設定したルールであった。


 ミマヨの事務所の社長など、チンピラに目を付けられたカワイコちゃんの頼りにならない父親よりも頼りにならない存在であった。


「ミマヨちゃ~ん、喉かわかない? オレンジジュース持って来ようか?」


 シルバー地にブルーのストライプの入った上下のスーツを着て、赤い蝶ネクタイを付け、豊かな髪をオールバックにした、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡の男が、なにくれとなく甲斐甲斐かいがいしくミマヨのご機嫌をうかがっている。


 ミマヨがつい最近雇った丁陀(ていだ)というマネージャーだ。


 図体ずうたいはデカいが見るからにとろくさそうだ。


「う、うん。大丈夫……」


 嫌という感じではなく、逆にそんなことをしてもらったら恐れ多いとでもいった感じでミマヨは答えていた。


「ハイハイどいたどいた! あっち行っとれ!」


 招待客に押し退けられ丁陀は尻餅をついた。


 有名スポーツ選手を始め各界の著名人が中学生のように鼻息を荒くし、生ミマヨを一目見ようと参加していた。


 撮影禁止が燃料になっているのは間違いなかった。


 ミマヨは光沢こうたくのあるワインレッドの、胸の間がハートマークにざっくり開いているピッタリと体に密着したドレスを着ていた。


 このVIP専用パーティーと一般ファン向けイベントには決定的な違いがあった。


 それは撮影禁止に報いるサービスの一環としてミマヨがニプレスを貼っておらず、服の上からとはいえ親指大の乳首が布地を押し上げているのを視認できることだった。


 会場にいる男全員がミマヨを視姦していた。


 どいつもこいつも肩書は立派だが示し合わせたように、直接会話するときもそれ以外のときも、それぞれ血走った目を高性能レンズのように働かせてミマヨの乳首に焦点を合わせていた。


 あんっ、そんなにみんなで乳首ばっかり見つめちゃイヤーッ。さっきしぼったばかりなのに、またすぐお乳が張ってきちゃうぅーっ! 


 ミマヨの顔に困惑の色が滲み出る。


 ミマヨを取り囲む男たちはそんなミマヨの心中を知るはずもないのに、本能的に何かを期待するような加虐かぎゃく的な雰囲気になってきている。


 集団痴漢が起きる寸前のようだった。


「やっと会えた、ミマヨさーん! いやー光栄の極みです!」


 流暢りゅうちょうな日本語で男が輪の中に割り込んで来た。


 というのもその男は北欧系の白人だったのだ。


 金の唐草からくさ模様の刺繍がえりあわせそですそに入った白のマオカラースーツを着ていて、北欧系としては中背で身長はTと同じ百八十二センチくらい、手足もTと同じくらい長く、肩まで伸びた金髪の前髪は眉毛の位置で綺麗に切り揃えられている。


 奇妙なことに、どこからどう見ても金髪碧眼へきがんの白人なのに、何かが嘘臭いのだ。


 日本人が特殊メイクをして白人に扮装しているような違和感があった。


 常人離れした美男子だった。


 今にもミマヨに飛びかかりそうだった男たちは完全に気勢を削がれてしまっていた。


 なんだこの男は? ヨーロッパの貴族か何かか? 


 確かに今は世界中の金持ちがネットで日本のグラビアDVDを大量購入して、その中から嫁候補を探す時代だ。


 こいつもミマヨに求婚するためわざわざ海を越えてやって来たのか? って日本語しゃべってるじゃん。


「あ、あんた、ひょっとして男馬珍味(おうまちんみ)教の」


 客の一人が金髪白人が誰か思い出したようだった。


「ミマヨさん、そしてみなさん、こんばんは。男馬珍味教の教祖、ジェロニモです」


 男馬珍味教──四年前は百人にも満たない信者数の弱小宗教団体だったのが、あっという間に教勢きょうせいを拡大し今では国政にも進出するほどの巨大組織──その教祖については多くが謎に包まれていた。


 一度だけ望遠カメラで撮られた金髪の教祖の写真、撮影したカメラマンは数か月後に不審死を遂げていた。


 四年前の男馬珍味教の教祖は万乃漫子(まんのそぞこ)という初老の女で、白装束を着て山中を集団移動するなどの奇行や、「揉み揉みアハンビームによる絶頂攻撃を受けている」などの意味不明な言動で知られていた。


 今から三年七ヶ月ほど前の十一月の初旬、その一週間前から行方不明になっていた万乃漫子は丹波たんば山中の杉の巨木に串刺しになっている状態で発見された。


 一体どうやってそんな死に方をすることになったのか、誰にもわからなかった。


 信者に聞いても「天狗じゃ、天狗の仕業しわざじゃ!」と言うだけでらちが明かなかった。


 おかしい。


 パーティー主催者である、ミマヨが所属する芸能事務所の社長は首をひねった。


 離れた場所からミマヨを見守るその目に不審の色が浮かぶ。


 男馬珍味教だと? 


 様子を見に行かせた社員が戻ってくるなり金髪白人の正体を告げた。


 パーティーには身元のはっきりした者しか呼んでいない。


 招待者名簿にジェロニモの名前はない。


 確かに男馬珍味教は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの一大組織だ。


 その教祖ともなれば、このパーティーに参加する資格はあり過ぎるほどある。


 だが、名簿に載っていないものは載っていないのだ。


 招待状がなければ何人たりともこの会場には絶対に入れないことになっていた。


 一体、どうやって入ってきた? 警備を頼んだナイジェリアン・マフィアたちはどうした? 


 いつの間にかジェロニモの背後には、岩のような屈強な体躯をした十数人の男たちが並んでいた。


 男馬珍味教の信者のようだ。


 全員が二十歳くらいの若者で、黒い無地のマオカラースーツを着ている。


 終始にこやかな教祖ジェロニモと違い、あるいは教祖の本心を汲んでか射竦いすくめるような目付きで、ミマヨの側にたむろする男たちに無言の圧力をかけていた。

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