第32話

「これからこいつを圧縮して、おまえのキャリーバックに入れて外に出る。圧縮するところは見ないほうがいい。グロいから。ちょっとそっち向いてろ」


「わかった」


 一分ほど、骨を砕いたり肉を押し潰すような音がしていた。


「よし。もういいぞ」


 キャリーバックの外観からは、そこに盛肚が入っているとは思えなかった。


「ちょっと持ってみろ」


 ミマヨの力では絶対に持ち上がらない重さだった。


 盛肚が中に入っているのは間違いなかった。


「そういえば盛肚って一人で来るのか? それとも運転手かなんかと来るのか?」


「一人よ。いつもタクシーで来てるわ」


「帰りも同じか」


「同じよ。あたしがいつもマンションの外まで出て見送ってるから、確かよ」


「なるほどね。そりゃあいいや。それは都合がいい。じゃあ今日もそうするか」


「え、でも……」


 言いよどむミマヨの顔に今日何度目かわからない驚愕の表情が浮かんだ。


 モーフィング動画のように裸のTの姿がスーツを着た盛肚に変わったのだ。


 顔だけでなく体格まで同じになった。


 何なの? この人は一体なんなの? でも、素敵ぃーっ! 


「じゃタクシー呼んでくれ。おまえも早く仕度しろ。下でオレを見送るまでだけどな」


 盛肚は行方不明になった。


 盛肚に最後に会ったタクシー運転手によると、乗車して十数分で降車し、そのままキャリーバックを引きながらどこかへ行ってしまったという。


 当然ミマヨの名前は真っ先に捜査線上に上がったが、ミマヨが盛肚をマンションから送り出したことは防犯カメラ映像からも、盛肚を乗せたタクシー運転手の証言からも明らかであり、何より超人気モデルであることが忖度そんたくされて、早々にミマヨは容疑者から外された。


 おそらく盛肚は何らかの理由から自分の意思で逐電ちくでんしたか、タクシーから降りたあと何らかの事件や事故にき込まれたのだろう、と捜査本部は推測した。


 盛肚はK団連の有力メンバーだったので、行方不明事件としては異例の大捜査が行われたが、手がかりは全く得られず、世間がもうどうでもいいと思うようになった頃、継続案件とされた。


 消費税増税と法人税減税を日頃からメディアを通じて主張していた盛肚は、庶民の憎悪の対象だった。


 盛肚の行方不明が世間に知れ渡るや、人々は歴代Z務事務次官のように世直し王子が盛肚を始末したに違いない、と噂し合った。


「キャリーバックよぉ、あれ、見つかんないように処分しといたから。でもあれ、おまえのキャリーバックってわかっても別に問題なかったよなぁ、よく考えたら。ってあれ、ひょっとして捨てちゃまずいやつだった?」


 一発ならぬ五発決めたあとのビショビショの乳臭いベッドの中でミマヨの肩を抱きながらTが言った。


「ううん。いいの。全然大丈夫」


 Tの胸に顔を擦り付けながらミマヨが答える。


「そうか。ならよかった」


 昨夜、盛肚をどこぞへ捨てに行ったTは、今日仕事を終えたミマヨが玄関のドアを施錠して振り向くとそこにいた。


 そのまま二人はベッドになだれ込んだのだった。


 当然のようにTは居座り、口には出さないがミマヨもTがいつまでもいてくれることを願った。


 Tが居着いて五日目の五月二十三日、午後九時から三時間、ミマヨを徹底的に責め立てたTは、ミマヨと繋がったまま、ぐしょ濡れの乳臭いベッドの中で言った。


「そのうち、盛肚の件でおまえは警察に疑われる。でも心配すんな。盛肚はおまえのマンションを出たあと行方不明になったんだ。おまえの容疑はすぐに晴れる。それよりも問題はもっと他にある」


「また別のオヤジが出てくるってことでしょ」


「そうだ。聖帝軍が潰滅しても、拳王軍が潰滅しても、悪党はいなくならかった。フリーザが死んでもセルや魔神ブウが出てきたし、Dioディオが死んでもディアボロやプッチが出てきた。おまえはここまで来るまでに何人もパトロンが変わっただろう、最終的におまえは国素の女になった。その国素がおっんだあと、すぐ盛肚が出てきた。盛肚は国素の前のパトロンだったんだろう?」


「うん」


「国素と違って、盛肚の生死はこの先ずっと不明だ。だがまたすぐに盛肚の前のパトロンか、または全く新しいパトロンがおまえに近づいてくるだろう。中学生だっておまえを抱きたいんだ、ましておまえのパトロンだった奴らならまた必ず近づいてくるだろう」


「…………」


「そいつら全部オレが片付けてやるよ。池の水全部抜いて、外来生物駆除するみたいにな」


 Tがそう言ってくれることはミマヨにはわかっていた。


 Tはミマヨの期待を裏切らない。


 ミマヨにとってTは、自爆する狂信者の信じる教典のようなものだった。


 ミマヨにとってTは生きた教典なのだ。


「ああっ! 好きよっ! 好き好き好きっ! あたしのTっ! 永遠に愛してるっ! もうどこにも行かないでぇ! あたしを一人にしないでぇ!」


 ヤムチャに抱きついたサイバイマンのようにミマヨはTにしがみついた。


 Tの肌をコーティングしている自分の母乳を今度は自分の舌でこそぎ落としにかかった。


 Tをくわえ込んでいるミマヨのアワビ、その内部が蠕動ぜんどうを始めた。


わりぃ。オレ明後日あさってからアメリカ行くんだわ」


 ミマヨの動きがピタッと止まった。


 なぁにぃぃぃいぃぃ~っ! 


 うしこく参りを覗かれた鬼女きじょのような気持ちになるミマヨ。


「怒るなよ。あと帰りいつになるかわかんねえから」


 数分前の、Tが自分の期待を裏切らないという確信は見事に裏切られた。


「ミマヨ、おいミマヨ。ミマヨちゃ~ん。もしも~し」


 ミマヨは答えない。


「じゃあ今日で終わりにするか!」


「いやっ!」


 ミマヨは金切り声で叫んだ。


「オレもだよ。なぁミマヨ、いい子だから我慢してくれよ。アメリカから帰ったら、さっき言ったみたいに、おまえに寄ってくる奴ら全員片付けてやっから」


「でも、いつ帰るかわからないんでしょ。あたしまた誰かのオモチャにされちゃうよ」


 地縛霊のような声音こわねでミマヨは言った。


「オレはな、ミマヨ、おまえがどれだけけがれようが一向に構わん。そういう趣味じゃないぜ? そうじゃなくて、ミマヨ、オレはおまえという一個の人間が好きなんだよ。体を張って芸能界で頑張っているおまえを応援したいんだよ」


 いつの間にかミマヨは泣いていた。


 涙に濡れそぼった瞳でTを見ていた。


「だからな、オレがアメリカに行ってる間にまた昔のパトロンか、全く別の新しい奴が出てきて、おまえをなぐさみ物にするようなことがあってもオレは全然気にしない。もちろん帰ったらそいつはただではおかない」


 Tなら必ずそうするだろうことがミマヨには確信できた。


 睫毛はまだ乾いていなかったが、その顔にはどしゃ降りのあとの青空のような表情が浮かんでいた。


「わかった。あたし我慢する。我慢して待ってる。だからなるべく早く帰ってきてね? お願いよ、T!」


「わかってるよぉ。ミマヨ、おまえさっきオレがアメリカ行くって聞いたとき一瞬キレたろ。ブルッたぜ。バナナみたいにオレの息子がおまえのアソコに切り取られるんじゃないかってな」


 ミマヨは笑いだした。


 もう大丈夫だ。


 何とかなだめすかした。


 猛獣を手懐てなずけたムツゴロウさんの気分だった。


「よぉーしょしょしょしょしょしょしょし」


 見る者をゾクゾクさせるような妖しい笑みを浮かべながらTはミマヨの顔を両手で挟み、ひとしきりこするように撫で回した。


 ミマヨは従順なペットのように気持ちにされるがままになっていた。


「ようし、機嫌直したな。いい子だ。じゃあお礼とお詫びの気持ちも込めて、今夜は朝までおまえをイかしまくってやるぜぇ! 覚悟はいいな? ミマヨ!」


 ミマヨの全身の皮膚が粟立あわだった。


「イヤーん、アッハーン。多分あたし壊れちゃうぅ~」


 心配そうな言葉とは逆にミマヨのアワビの内部では、さっきにも増して力強い蠕動が始まった。

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