第31話

 ミマヨの吸い込みの激しさと言ったら、まるで断崖絶壁になぜかフランクフルトが一本だけ突き出ていて、それに口だけでぶら下がっているような必死なものだった。


 それでも喉の奥にTのシンボルが当たると反射的にえづいてしまう。


 その度に半ばまで引き抜かれるものの、高速で除夜の鐘を突く橦木しゅもくのように何度も力強く喉の奥に押し当てられるTのシンボル。


 百八回はとうに超えていた。


 鼻水を垂れ流し、アブグレイブ刑務所で水責めに遭っているような苦しさを味わいながらも間抜けなひょっとこ顔を維持するミマヨの口元からナイアガラ瀑布のように大量の涎が垂れ落ちる。


 ミマヨの胸についている直径十五センチの二つのゴムボールのような弾力ある二つの乳房、その両乳首からは壊れたスプリンクラーのようにプシュウプシュウと母乳が噴き出している。


 十人分の煩悩を超えた辺りで、Tは地縛霊をお祓いしてもらった不動産屋のような晴れやかさが満面に浮かんだミマヨの口中に、栗の花の香りがプンプンする大量の濃厚エキスを放出した。


 もちろんそれで終わりのはずはなく、すぐさまTはミマヨにのしかかるや今度は下の口にシンボルをぶち込みピストン運動を開始した。


 ミマヨの悦びに溢れた咆哮が部屋中にこだました。


 盛肚に抱かれているときの死体のようなミマヨはどこにもいなかった。


 シャワールームで『おっぱいがいっぱい』を声高らかに歌っている最中、突然鳩尾に砲丸のような一撃を受け、声も出せずに吐瀉物を撒き散らし倒れた込んだ上から熱湯を浴びせられ、そのままミマヨのいる寝室まで髪を掴まれ引きられて来た盛肚は、最初なにが起きたかわからなかった。


 シャワールームでは何も見なかった。


 気づくと目の前で見知らぬ男とミマヨが見せつけるように乳まみれで熱烈にからみ合っていた。


「てぃ……てぃ…」


 うわ言のようにミマヨの口からその言葉が漏れている。


 どうやら男の名前のようだった。


「んふ、らむぅ……あぁぁ、らもぉ……」


 何かの呪文か? 


 盛肚は芋虫のように床に転がったまま、その光景を眺めているしかなかった。


 動こうにも体の中心にダメージが残っており、ままならなかった。


 こいつは誰だ? ミマヨにこんな奴がついてるなんて聞いてないぞっ。ミマヨの奴、わしのときと態度が全然違うじゃないかっ。マグロじゃなかったのか? ……見ろ、あんなに嬉しそうな楽しそうな顔をして……わしのときは一度もあんな顔したことなかったぞ? 母乳で濡れて光り輝く滑らかで羊脂玉ようしぎょくのような肌を桜色さくらいろに上気させて……ミマヨ、綺麗や……ほんまに綺麗や……ってそんな感想をいだいてる場合じゃないっ! これは罠なのか? ミマヨは身も心もわしの性奴隷になったはずじゃなかったのか? わしは……わしはミマヨをハメていたつもりがハメられていたのか? 


 酒樽さかだるの中で発酵する酵母こうぼのように途切れることなく疑問が沸いてくる。


 ここからはこの種の人間にお馴染なじみの思考パターンだった。


 とにかく、この状況を切り抜けることが先決だ。話はそれからだ。わしには自来也組の知り合いがおるんじゃ、そいつに頼んで……


 盛肚がそこまで考えたとき、きぬくようなミマヨの歓喜の絶叫で現実に引き戻された。


 Tとミマヨの繰り広げていた痴態にようやく幕間まくあいが訪れていた。


 ミマヨは仰向けに大の字になったTに覆い被さり、クスクス笑いながらその顔中にキッスの雨を降らせている。

 Tは優しく微笑んでミマヨのなすがままにさせている。


 それを見ている盛肚は、中学生カップルに目の前でイチャつかれている彼女いない歴イコール年齢の中年男のような気分だった。


 おのれら~っ! 


 盛肚の怒気どきが伝わったのか、不意にミマヨがこっちを見た。


 その顔は今までに見たこともないような冷酷な表情をしていた。


 ミマヨは上体を起こした。


「ねぇ、こいつも国素みたいにするんでしょ」


 国素みたいに? ちょっと待て! 今この女、わしのことこいつ・・・って言ったろ! 


「ピンポーン」


 そう言いながらTは右手人差し指でミマヨの左乳首を押した。


「アッハーン」


 Tの上で下腹部を擦り付けるようにくねらせるミマヨ。


「くっ。おいおい、そんな声出したら、もう一回戦始まっちまうぞ?」


 笑いながら重さを感じさせない動きで軽々とミマヨを腰の上からどかすと、Tはひらりとベッドの脇に降り立った。


 逸物いちもつをおっ立てたままのTは、醜い全裸で横たわる盛肚を見下ろす。


「おい爺さん、散々いい思いしたんだ、もう思い残すことはねえだろう」


「じ、爺さん、だと……わ、わしが誰だか」


「わかってるよ。K団連の盛肚だろ」


 ベッドの上でうつ伏せの姿勢で頬杖をついたミマヨが、鼠をいたぶる雌猫のような目でこっちを見ている。


「ぬうう。知っておったか。もしやきさま、ミマヨを使ってわしを狙っておったのか」


「狙う? おまえをか? ハッ! 笑わせるな。おまえなんぞに興味あるわけねえだろボケ。何が悲しゅうて、おまえみたいな汚いジジイのストーカーせにゃならんのよ。ミマヨと会う約束してたから来たら、おまえがいたんだよ。こっちが逆に聞きたいわ、何でおまえがいるの? おまえとミマヨじゃ一ミリも釣り合い取れんだろ、鏡見ろよ」


 ミマヨがケラケラ笑っている。


「おいっ! きさまっ! わしをあなどると後悔するぞ……! いいか! わしが一声かければ、きさまごときチンピラなど、跡形もなくこの世から消し去ることなど雑作ぞうさもないのだぞっ!」


「ストォーップストップ! 盛肚くん。あのさ~、おまえらそれテンプレか何かなのか? 既視感がハンパねぇんだけど。まぁいいや。おしゃべりは終わりだ」


「こっ、ここでわしを殺すというのかっ。そんなことしてみろっ、きさまはともかくミマヨはおしまいだぞっ。このマンションの防犯カメラにはわしの姿が映っておる。わしがこのまま消息を絶てば、誰がどう考えたって、ミマヨに嫌疑けんぎがかかるからな!」


「そんな間抜けなことするかよ」


 爽やかに笑いながらTが言った。


「フッ、フフッ。さすがにそこまで馬鹿ではなかったか。ならばどう」


 Tは右中高一本拳なかだかいっぽんけんを盛肚の頭部に打ち込んだ。


 その手を戻したとき、白目を剥いた盛肚の額中央には一センチほどの深さの窪みが出来ていた。


 外出血はなかったが、頭蓋内出血が始まっていた。


 既に意識を失っているが、放っておけば数時間で本当に死ぬ。


 ミマヨは何の不安も感じずに、これからTが何をするのか、ワクワクしながら見守っていた。


「ミマヨ、こいつが着てきた物全部持ってこい。あとキャリーバックあるか?」


「あるわ。ちょっと待ってて」


 盛肚の衣類の入った籠とキャリーバックを持ってミマヨが戻ってきた。


 悪臭を放つ靴下、トランクスを顔をしかめながら死にかけの盛肚に穿かせせ、シャツとスーツも着せる。


 盛肚をマンションに入って来たときの姿に戻すと、Tは立ち上がりミマヨに背中を向けた。


 後ろを向いたTの彫刻のような肉体が見る見るうちに変化を始めた。


 っているのかTには陰毛がなかった。


 産毛うぶげもほとんど目立たなかった。


 唯一はっきり主張するウェーブのかかった豊かな頭髪、それがあっという間に頭皮に溶け込むように消えていった。


「……!」


 二十秒もかからずにその肉体はつるつるのマネキンのようになった。


 これ以上ないくらい大きく目を見開いてミマヨが見つめる中、Tの背中に亀裂が生じた。


 蛹から蝶が羽化するように、前屈になった全身つるつるのTの中からもう一人のTが出てきた。


「……! ……!」


 透明なTの脱け殻を脱ぎ捨てたTがこっちを振り向いた。


「タラー。こんなんできちゃいましたー」


 口をあんぐり開けているミマヨに片目を瞑っておどけてみせる。


 手際よく着ぐるみを着せるようにTの脱け殻の中に盛肚を入れた。


 サイズにかなり余裕があった。


 脱け殻の背中の切れ目を重ね合わせ、上からアイロンのように掌で何度か擦ると継ぎ目が全くわからなくなった。


「これで万一盛肚から血が流れ出ても、脱け殻の外に洩れることはない。三十分しか持たんけど」


 Tはミマヨに向けてにっと笑った。

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