第28話

「貴様らは国民の税金で食っている公僕であろうがっ! 国民に対しその口のき方はなにかっ!」


 サト坊は顔面を紅潮させ、頬の贅肉をプルプルさせながら興奮している。


 うわーめんどくせー。マジで何なんだこいつは。さっきの乱闘騒ぎに続いてこれだ。何でこんな変な奴ばっか来るんだ? いやさっきのトヨは変な奴どころか飛び切り上等のいい女だったが……


「おーい! そこの人! あんた、渦島(うずしま)さんか?」


 背後から魔獄会の組員が呼んでいる。


「そうであります!」


「じゃ早くこっち来て! おいあんたら、その人うちのお客だから通してやってくれ!」


 た、助かったぁ~っ! 


 とは小隊長以下全員の感想であった。


 再び『海行かば』を口ずさみながら、サト坊は事務所へ入って行った。


 頼むからもうこれ以上変な奴ら来ないでくれよぉ~っ! 


 これもまた小隊長以下全員の感想であった。


 これより一時間前、つまりトヨがちょうど事務所に入った頃、魔獄のスマホに番号非通知の電話が入った。


「もしもし」


「オレだよオレ。わかる?」


「Tか?」


「えっ、Tちゃんなの?」


 はしゃぐトヨを片手で抑える。


「テレビで観たぜ、蛮神会の件。ほんとにやってくれたな。T、おまえ凄すぎるぜ。全く大した野郎だよ。今どこだ? 無事か?」


「これからオレの使いをそっちにやろうと思うんだけど、いいかい?」


「使いだと……? ああ、もちろんいいさ! そいつどんな野郎だ? 信用できる奴か?」


「ああその点は心配ない。そいつ見た目は百七十センチくらいの、たるみたいな体したデブで、渦島って言う奴だから」


「うずしま、だな」


「ああ。じゃよろしく頼むぜ」


「ちょっと待て! おめえほんとに無事なんだな? 何も問題ねえんだな?」


「ああ、おかげさまでピンピンしてるぜ。心配してくれてありがとよ。じゃ急ぐんで、これで切るぜ」


「ちょちょっと待てよ!まだ話は……」


 魔獄はスマホを耳から離した。


「切りやがった。言いたいことだけ言って、一方的な野郎だぜ」


 その渦島を目の前にして、魔獄は少なからず戸惑いを感じていた。


 こんな奴が……Tの使いだって? 


「渦島さん……つったな。おまえさん、Tとはどうゆう関係なの?」


 応接室の中には魔獄、渦島の他にトヨとヤスがいた。


「妄想勃起! わたくしは、あのお方の分身なのであります。妄想し勃起する同士、コムラッドなのであります。と言うか、あのお方そのものなのであります。我々は、オナホの国のシフォン主義を希求するのであります」


 魔獄のこめかみに、ぶっとい青筋が浮かんできた。


「なに言ってっかさっぱりわかんねえなぁ。まぁいいや。おまえさん、一体、Tから何をことづかってきたんだい?」


「それを話す前に、トイレをお借りしたいのでありますが。ビッグベンをしたいのであります」


「トイレ? ああ、ドアを開けて右手の奥だよ」


「感謝であります。サト坊、行きまーす」


 ドスドスと足音を響かせて出て行った。


「……なんだよあれは」


「変なデブっちょのおじさんね。あんな人と知り合いなんて、Tちゃんも顔が広いわね」


「あいつほんとにTの使いなんだろうな? まぁ、Tが言ってた通りの奴だけどよ」


「なんか怪しいっすね。見てきましょうか」


「よせよせ。デカいほうっつってたな。あいつ十キロくらい糞しそうだよな。便器詰まらせねえだろうな」


「そんなことになったら、洒落にならねえっスよ」


 ドアの向こうでざわめきが起こっている。


「なんだ?」


 魔獄は片眉を吊り上げた。


 ドアが開いた。


「すっきりしたであります」


 部屋の中にいた全員の目が丸くなった。


「Tっ!」


「Tちゃん!」


「Tの兄貴っ!」


 三人同時に叫んでいた。


「いよぉ~っ、お三方。元気だった? って二日しか経ってないけど」


「お、おめえいつ来たんだよ? あ、あのデブはどうしたんだ?」


「ああ、あいつね。あれ、オレだよ」


「な、なに言ってんだおめえ」


「あれオレが変装してたんだよ」


「!?」


 変装……? あれが? 


「だ、だってよ、顔だけじゃなく、体型からして全然違ったじゃねえか。あれ変装でどうこうできるレベルじゃねえぜ?」


「そう思うのが普通だよな。でも本当に変装だから」


「じゃあ、あのデブは……」


「オレとは全く無関係のどっかの頭のイカれたデブだよ。ネットで見て、こいつに化けてやろうと思っただけのね」


 Tの話は信じ難かったが、信じるしか三人に選択肢はなかった。


 ますますTが人間離れした存在に思えてきた。


「蛮神会だけどよ、あいつらが魔獄会にちょっかいかけてきたのは、自来也組の意を汲んでのことじゃなくて、あいつらの完全なスタンドプレーだったよ。だから昨日の件で自来也組が魔獄会に目をつけることはないと思う」


「それを知らせにわざわざ来てくれたのか。ありがとうよ。だがそんな心配、最初っから杞憂きゆうってもんだぜ。万万が一、蛮神会の残党がウチと揉めてたことを誰かに喋ったとしてもだ、どっちみちウチがやったなんて誰も疑わねえよ。一人二人の話じゃねえ、たった一日で九百五十五人がやられたんだ。寺田心がボブ・サップをボコボコにしたような話だからな。ガハハ」


「そうだな。おやっさんの言う通りだ」


「おおっと、そう殊勝になるこたぁねえ。T! この野郎……おめえには返しきれない借りが出来ちまったなぁ。こりゃあもうアレしかねえなぁ。とりあえず、だが。アレしかよぉ……」


 言いながらチラッとトヨを見る。


 トヨも何かを期待するようにその顔は赤くなり、息が荒くなってきている。


「T、トヨ、俺の部屋に行こうや。ヤス、おまえは仕事に戻れ。俺たちが部屋から出るまで誰も近づけるな。電話も繋ぐな」


「へいっ」


 襲撃の通報を受けて本部に駆けつけたり、地回りに行っていたことにより運良くTの襲撃を免れた蛮神会系組員たちは全部で百二十五人もいたが、それらの中に団結して襲撃犯を捜し出し報復しようなどと言う者は一人もいなかった。


 一月ひとつきと経たないうちに、ある者は堅気に戻り、ある者は見当外れな責任感から自殺し、ある者は居たたまれなくなって都内から姿を消した。伝手つてを頼って他組織に入る者がもっとも多かった。移籍先の見つからなかった六十人は、旧蛮神会の縄張りのうちで一番実入りが少ない猫の額ほどのそれ・・を与えられ、自来也組の五次団体として辛うじて存続を認められることになった。


 蛮神会襲撃事件から一ヶ月経った、その新たな組開きの日、大安吉日にもかかわらず来賓らいひんはゼロだった。


 自来也組からも一人も来なかった。


 勝手にやっとれという感じであった。


 大安吉日にもかかわらず、正午に始まったその行事の参加者で、ついている者はゼロだった。


 午後一時に所轄の警察署に匿名電話が入った。


 組員全員、到着した警官たちの目の前でそれぞれ頭に四つの穴を開けられた状態で発見された。


 蛮神会は潰滅した。


「四ヶ月ぶりか? おめえ、どこで何やってたんだよ?」


「母乳女狩り、ときどき害虫駆除」


「ハッハッハ! やっぱそんなところだったか。いい母乳女はいたか? 俺は相変わらずトヨ一筋よ。トヨの母乳には中毒性があるぜ。ひょっとして、トヨの奴シャブか何かやってて、それが母乳に出てるんじゃねえかって……まぁそれはないと思うがな。ガッハッハ。なぁ、Tよ、最後に俺たちが会ったあの日以来、おめえからさっぱり音沙汰がねえから、トヨの奴、随分と寂しがってたぜ。俺は全然構わねえから今度一発やってやってくれや。俺は本気だぜ。おめえとは乳兄弟の上を行く穴兄弟になりたいと思ってんだぜ俺は。まぁ考えといてくれ。害虫駆除って言ったな。おめえがそう言う場合、ただの害虫じゃあねえんだろう。……おい、まさかその害虫って……」


「害虫は害虫さ」


 こいつ、やったな。


 魔獄は先月起きた歴代Z務事務次官連続殺害事件を思い出していた。


 そうだ、俺は歴代Z務事務次官連続殺害犯の似顔絵を見た。あれはTにそっくりだったじゃあねえか。間違いねえ。犯人はこいつだ。犯人ってのもなんだが。世間じゃ何とかって言ってたな、世直し大明神だったか……まさにその通りだな。蛮神会、千十五人を廃人にしたTならそれくらい簡単にできるだろう。


「その害虫は、税金を食い荒らす国家の寄生虫か」


「自分たちを天上人と勘違いしている、な」


「フフフ、やっぱりおめえは面白え男だよ。……よっしゃT! これからトヨのマンション行こうや! 俺とおめえとトヨの3Pと洒落込もうや!」


「いいねえ」


 チューリッヒの保険プランを聞いた新規客のように、Tは蕩けるような笑顔を見せた。

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