第24話
「こんちわー。こんちわー」
モニターには綺麗に七三に分けた
「ああ? なんだー」
「NHKの受信料の集金に参りましたー」
「なにぃ~っ!」
こんなことは初めてだった。
自来也組の二次団体になったとはいえ、戦前から続く
「おいてめえ、ここがどこだかわかってんのか」
「ええ、わかってますよ。蛮神会さんですよねー。お宅は今まで一回も受信料払ってないですよねー。時効なんか関係ないんで、1950年に受信料の徴収が始まってから今日までの分全部、多分、しめて千八百万円くらいだと思うんだけど、お宅だいぶ羽振りいいみたいだから四捨五入して二千万円でいいですよー。耳揃えて払ってくださいねー」
一瞬の静寂ののち事務所の中がざわつき出した。
聞き間違いか?
時効なんか関係ない?
1950年から今日までの分?
多分?
千八百万円くらい?
四捨五入して二千万円?
「お、おめえ自分がなに言ってるかわかってんのか?」
「なんだこの野郎は」
「頭おかしいんじゃねえか」
「舐めやがって。冗談でしたじゃ済まされねえぞ」
三階から
若頭の荒異(あらい)だ。
「てめえらうるせえぞ」
「か、頭。変な野郎が来てるんです」
「あ~ん?」
「この野郎でさ」
組員がモニターを指差す。
「NHK集金人を舐めてもらっちゃ困るんですよー。みなさんの都合なんか知ったこっちゃないんですよー。どんな汚い手段使っても必ず集金しますからねー。嫌われてなんぼなんですよー、私たちはねー」
言ってることはよくわかる。でも、それ堂々と言うようなことか?
「こいつほんとに集金人か?」
「あとですねー、二千万円は事務所の滞納金ですけどねー、組員のみなさんも誰一人払ってないですよねー。全員きっちり払ってもらいますよー。現金がないなら嫁でも何でもソープに沈めて金作ってもらいますよー。あ、みなさんそれはもうやってるか。アハハ」
「野郎をここに連れてこい!」
「へいっ!」
「野郎! ぶっ殺してやる!」
けたたましい足音を立てて組員たちが表へ飛び出して行く。
すぐに集金人が引き立てられてきた。
組員たちに代わる代わる罵声を浴びせられ、小突かれている。
「この野郎っ! ヤクザ舐めてんじゃねえぞっ! オラッ、さっさと歩けっ!」
「痛たた……乱暴はやめてくださいよー」
言葉とは反対に大して痛そうではなかった。
むしろ含み笑いの感すらある。
「あっ。あなたが払ってくれるんですね?」
荒異の顔を見ながら
対する荒異の顔は無表情だった。
「てめえどこの組のもんだ?」
「組? 何度も言わせないでください。私はNHKの……」
言いかけた集金人の鳩尾に荒異の岩のような右拳が突き刺さる。
「!?」
拳の威力を殺されたような変な感じがした。
「……ちょっと何するんですか?」
集金人はわずかに体を折り曲げたが……
効いていない? こいつ……! まぁいい。精一杯
鰻の餌にするのだ。
その店は時々奇跡のように旨い
「三十分以内に全部吐かせろ」
荒異は三階の組員用リビングへ戻っていった。
今日はまだ荒異以外に幹部はいない。
舌打ちしながらソファーにどっかと腰を据えると、タバコに火をつけ口にくわえて深く吸い込み、一気に煙を吐き出した。
その一回きりでタバコをガラスの灰皿に押し付け揉み消すと、両腕を
ドアがノックされた。
荒異は目を開けると左手首にはまったゴツい腕時計を見た。
午前十時五十分──
まだ五分しか経っていない。
馬鹿に早いな、と思うのと後ろのドアが開くのが同時だった。
「もう吐いたのか。それはそうと勝手にドアを開けんじゃ……」
ソファーに座ったまま後ろを振り向いた荒異の
戸口に立っていたのは集金人だった。
「やっぱり下っ端のみなさんじゃお話になりませんねー。あなた、若頭なんですってねー。お願いしますよー。こっちも暇じゃないんですからー」
ずかずかと入ってくるなり呆然としている荒異の左横に座ってそう言った。
「…………」
一体どうなっている? 組員たちはどうした?
答えの出ない計算をやらされているようなストレス。
いや、ヤクザにはこういう場合、答えは一つだ。
頭の中でトースターが食パンを弾き出す音がした。
目の前の灰皿を左手で掴んでバックハンドブローのように集金人の顔面に叩きつける──正解──いや、不正解だった。
灰皿は振り上げた瞬間に集金人に捕まれて止まっていた。
「なんですかこれは?」
こ、こいつ……!
「あ~あ。指が灰で汚れちゃいましたよ。ペナルティーとしてもう三千万円払ってもらいますよ」
「んなっ…」
「なんてね。冗談だよ。おい、会長はどこだ?」
「てっ、てめえ!」
「はよ言えや」
「ぶべらっ!」
集金人の右バックハンドブローでソファーの遥か後方にすっ飛ぶ。
「なに勝手に遠くまで飛んでんだよ。めんどくせえなぁ」
「い、いばのば、おばえば……」
今のは、おまえが……と言おうとしたのだが、前歯が数本折れていて正確に発音できなかった。
集金人は仰向けに倒れている荒異に歩み寄り、右足でその右上腕を踏むと一気にへし折った。
「ぐがあっ!」
「だから早く言えよ。残りの腕と足も折るぞ?」
「ぐっ……がっ……がいじょうじづ(会長室)……ぶえ(上)……」
「いるんだな、今」
「……いる」
「よし、つりは要らねえ、とっとけ」
右足で腹を踏みつけた。
「ぐぼおっ!」
口からゲロを吐き荒異は気絶した。
会長室と書かれたプレートの付いたドアを開けると正面五メートルほど奥に黒く光沢を放つプレジデントデスクがあり、その向こうに黒革のデスクチェアに座った五十代くらいの目付きの悪い男と、その膝の上に乗った豹柄ずくめの若い女がいた。
男のほうは見た目は五十代でも実際は七十代のはずだった。
成功したヤクザ特有の若々しさがある。
「なんだてめえは?」
「こんちわー。NHKの受信料を頂きに参りましたー」
「なんだと?」
「あーもういいやこれ。おい、おまえ蛮神会の会長だよな」
聞くまでもなかった。
会長室で女といちゃついている男が会長でないはずがない。
蛮神会会長、大唾(おおた)は女を膝から降ろした。
「てめえは誰だ?」
「光源氏だって言えば満足するか?」
「何こいつ。キモッ。会長、こんな奴さっさと撃ち殺しちゃいなよぉ!」
「お嬢さん、いいおっぱいしてますねぇ。会長さんぶっ殺したあとで、その美味しそうなおっぱいを母乳が出るようになるまで吸ってあげますよ。それとももう出るのかな?」
「ゲェーッ! マジこいつキモい! 会長ぉ! 早く殺っちゃってよぉ!」
「ちょっと黙ってろ! おい、下の奴らはどうした? まさかてめえデカか?」
「デカ? ああ、私のちんぽはそりゃあもうデカいですよ。お嬢さん、会長さんぶっ殺したあとで、お嬢さんの下の口にたっぷりぶち込んであげますから、楽しみに待っていなさい」
「この野郎……てめえどう見てもデカじゃねえな……」
「だから光源氏だって言ってんだろ」
「舐めやがって……おい、こいつを見ろ」
大唾の右手には黒光りする拳銃が握られていた。
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