第21話

「おまえらキチガイ親子のせいでオレたち家族の人生は台無しになったよ。それわかってるよなぁ」


 三匹は椅子に拘束された状態でガタガタ震えていた。


 全員失禁していた。


「誰から殺そうって考えてたんだがよ、やっぱおまえらの作りぞこないの馬鹿息子からだよなぁ」


「モガーッ」


 突如暴れだした馬鹿息子の左足の甲を踏みつけた。


「フグーッ!」


 そこだけ足裏の形にぺしゃんこになった。


「……ぐううう」


 馬鹿息子の体は小刻みに痙攣し続け、その顔色はサインポールのように赤白青と目まぐるしく変わり、脂汗、涙、鼻水、よだれでグシャグシャになって呻いている。


 中途半端に痛いから大声が出る。


 黙らせるには激痛が一番だ。

 

 再び悲鳴をあげそうになったババアのどてっ腹にTの左拳がめり込んだ。


「おまえら簡単には殺さねえからよ。これから時間をかけてじっくり殺してやるよ。こっちには二十五年分の恨みがあるからなぁ」


 それが凄惨極まる残酷劇の開幕宣言だった。


「なんてな。冗談だよ。馬鹿息子から殺すってのは」


 Tは笑いながら言った。


 処刑を始める前に、三匹の喉を順番に掴み潰し声帯を破壊した。


 これでどんなに苦痛を与えようが叫ぶことは物理的に不可能になった。


 三匹に舌を噛み切る度胸はないと判断し猿轡を外した。


 三匹の目蓋まぶたを千切り取った。


 これで何があっても目を瞑ることはできなくなった。


「じゃあ、これからどうやっておまえらに痛みを与えていくか教えてやるよ」


 目蓋を千切り取られて真ん丸の目でTを見つめる──しかない三匹。


「オレはこれからおまえらの体を少しずつかじり取っていくからよ。痛えぞぉ~っ。でもどんなに痛くてもすぐには死ねねえってわけだよ」


 それがTが思いついたもっとも残酷な殺し方だった。


 三匹の皮膚に口で触れることへの嫌悪感など、三匹への積もり積もった憎悪の念に比べればタンポポの綿毛わたげ一本ほどもなかった。


 それに今の自分ならどんなバイ菌に対しても免疫があると確信していた。


 Tはニヤニヤしながら、恐怖にひきつった顔の馬鹿息子に近づき左こめかみの肉を噛み千切った。


 噴き出す鮮血。


 馬鹿息子は激しく暴れ椅子ごと後ろに引っくり返った。


 Tは口中の肉片をペッと吐き出した。


 続いてババアのたるんだ右二の腕、ゴリラ親父の太鼓腹の肉を順番に噛み千切った。


 二匹とも馬鹿息子同様のていになった。


 あとはそれを繰り返すだけだった。


 Tは引っくり返った三匹をいちいち引き起こし肉を噛み千切った。


 三匹は肉を噛み千切られる度に馬鹿の一つ覚えのように派手に引っくり返るのだった。


 痛みのあまり三匹は揃って早い時点で脱糞していた。


 さすが親子だ。


 居間は尿と糞と血の混じった悪臭で鼻が曲がりそうだった。


 Tが言った通り、そして目論もくろんだ通り、全身血まみれになりながらも三匹はなかなか死ねなかった。


 途中から三匹とも失血で身動きもままならない状態だったこと、前面はほぼ齧り尽くしていたこともあってその拘束を解いた。


 五時間後、最初に死んだのはやはりイカれババアだった。


 その頃になると三匹はもはや人間には見えなかった。


 かろうじて人の形をした肉の塊といった感じだった。


「あー、ババアとうとう死んだか」


 そのすぐあと、クソ馬鹿息子が死んだ。


「はい、馬鹿息子死んだ」


 小太りな分だけ表面積が多いゴリラ親父は馬鹿息子が死んでから二分後に死んだ。


「やっと死んだか、小デブが」


 吐き出すように呟くと、Tは眼前に転がる三つの死体をしばし眺めていた。


「おまえらには百回これと同じ目に遭わせてやりたいところったが、それが一回だけで済んだこと、それを神に感謝して三匹揃って地獄に行け」


 初めて自分が自由になったような気がした。


 ゾクゾクするような歓喜の感情が沸き上がってきた。


 天使の吹き鳴らす祝福のラッパの音が聴こえた。


 大声で叫びたいのを必死でこらえた。


 気づくとTのシンボルは限界まで勃起していた。


 これが、この先Tがこの情景を思い出す度にシンボルがMAXになる、その最初だった。


 わかりやすいなぁ……


 おのがシンボルを見つめ微笑んだTは大きく伸びをして浴室へ向かった。


 体を洗い出して十分ほどしたとき、物音がした。


 居間からだった。


 なんだぁ~? 


 すぐさまTは居間に戻った。


 異変に気づいた。


 死体が、ない。


 馬鹿な! どういうことだ? 


 背後に気配を感じた。瞬時に飛びすさり体を入れ替える。


 なっ? こいつはっ! 


 常人を遥かに超える存在になっていたTが一瞬驚愕した。


 それはイカれババアの死体だった。


 確かに死体だった。


 生きているはずがなかった。


 口から涎を垂らし、死んだ魚のような目をしている。


 ババアと対峙するTににじり寄ってくるもう二つの気配を感じた。


 素早く視線を走らす。


 クソ馬鹿息子とゴリラ親父の死体だった。


 ババアと同じ症状だ。


 左右からよろよろとふらつきながら近づいてくる。


 なんだこいつら? なんで死んでねえんだ? いや死んでるよなどう見ても……


 正面からイカれババア、右からゴリラ親父、左からクソ馬鹿息子、の死体。


 ゴリラ親父が掴みかかってきた。


 生きていたときより遙かに力が強い。


 涎を垂らした口を大きく開け真っ直ぐに顔を近づけてくる。


 噛みつく気満々じゃん。


 Tのカウンターの喉輪のどわで後方に吹っ飛ぶ。


 イカれババアが抱きついてきた。それを前蹴りで弾き飛ばしたTの頭の中でひらめくものがあった。


 クソ馬鹿息子──の顔面を、反動をつけながら叩き込んだTの右拳が微塵に粉砕した。


 首から上が消失した死体が仰向けにぶっ倒れる。


「顔がなくなりゃ噛みつきようがないだろ」


 それが正解だった。


 ババアとゴリラ親父が性懲しょうこりもなく起き上がり向かってくる。


「いい加減死ねよ」


 Tはゴリラ親父の額から上を右手刀ではね飛ばし、左手刀でババアを脳天から唐竹割からたけわりにした。


 どの程度のダメージで死ぬのか確かめたかった。


 ゴリラ親父は惰性で向かってきたが、Tが身をかわすとそのまま床に転がった。


 今度こそ絶命していた。


 真っ二つになったババアもそれきり動かなかった。


 脳に損傷を与えると完全に死ぬようだった。


 動く死体か。こいつらがこうなった原因はなんだ? 


 いくらキチガイ親子でも、元からそんな化け物だったはずはない。


 オレの、唾液か……


 それしか考えられなかった。


 オレに噛み殺された人間は動く死体になるってことか。なんてこった。ここまで来るとオレは超人と言うより化け物だな。全てはあの夜、あの隕石のせいか。だが微塵も後悔はない。逆だ。むしろ喜びしかない。ヒャッハー! ウーララー! 終わったと思っていたオレの人生に春が来たぜ。こうなったこと、心から神に感謝するぜ。


 浴室に戻りもう一度熱いシャワーを浴びた。


 体中にこびりついた血糊ちのり、汚物、悪臭を念入りに洗い落とした。


 濡れた体のまま二階に上がり、姿を消して馬鹿息子の部屋の窓枠に両足をかけた。


 向かいの自宅の敷地まで跳躍し音もなく着地すると、猫のように重力を感じさせずにひさしに飛び乗り、出るときと同じように二階の自室の窓から部屋に戻った。


 仕上げに全身の皮膚を脱皮して、それを手早く丸めるとそそくさと食った。


 これで万が一体を調べられてもルミノール反応も出ない。


 キチガイ一家の殺害とTを関連付ける可能性のある物的証拠は、この世から完璧に消えた。


 時刻は午後十一時四十分だった。


 Tはドアを開け部屋を出ると、張り紙を剥がしてから一階に降りて簡単な食事をとった。 


 両親はそれぞれ寝室に入っていたが、起きている気配があった。


 Tの立てる物音は聞こえているはずだった。


 翌日の昼頃大騒ぎになった。


 パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響き、キチガイ三匹の家はブルーシートでおおわれ、その敷地には進入禁止の黄色いテープが張り巡らされた。


 Tの家の前は、ここでは見たこともないほどの警察関係者と報道陣で溢れていた。


 それを遠巻きにしてどこからともなく野次馬が集まってきていた。


 一帯はまるで世界遺産レベルの観光地と化したようだった。


 Tは以前キチガイ一家と揉めて警察沙汰にまでなった自分は必ず疑われると見た。


 案の定と言うか当然、警察はTの家に来た。


 それとなくアリバイを聞かれたので昨夜は非常に眠かったので夕食もとらずにずっと部屋で寝ていて、午後十一時四十分頃に起きて食事をとったと話した。


 両親もそれを裏付ける証言をした。


 部屋を覗いてもいいかと聞いてきたので、捜査令状はあるのかとやんわり聞き返した上で、別にやましいことはないのでどうぞと部屋へ通した。


 警察は物腰とは裏腹にかなり執拗に調べていたが、母乳モノのDVD以外、大したものは見つからなかった。


 やがて警察は帰っていった。また、お邪魔するかもしれません、というお決まりのセリフとともに。


 ……何度来たって同じだよ。物的な証拠なんか一つもないんだから……


 そう思いながらTは警官を見送った。


 テレビ局の人間も来た。


 顔は出さないことを断った上で、Tたちは当たり障りのないことを答えたのだった。


 一ヶ月後、Tは警備の仕事を辞め、ある目的を持って海外へと旅立った。

 人生初の海外だった。最初の行き先は南アフリカだった。最初からそう決めていた。

 常人には想像もつかない濃密な丸三年を経て、今年の一月に帰国したのだった。

 三年の間に、Tは新たな能力を身に付けていた。

 理屈はわからないが、どんな相手であれ、その呼吸、体温、体臭、血圧、心拍数、発汗量の変化を正確無比に察知でき、どんな機械よりも、当の本人よりも正確にその心理状態を読むことができるようになっていた。


 ミマヨはTの体の上で七度目の気をやっていた。


 恍惚状態になったTによって思わず知らず銀河系の果てまで意識を飛ばされてしまったのだった。

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