第15話
「あと何人生きてるんだっけ?」
「十一人です、総理」
そんな特典映像があったとはつゆ知らず、むくつけき老人たちの退屈な閣議は続いていた。
「一連の事件で殺害されたのが八人、おそらく事件の影響による心臓麻痺が六人、最初の事件発生から十六日目にして既に十四人の歴代Z務事務次官が亡くなりましたので……」
「凄いペースだな」
「この分だとあと二週間もすれば、もしかすると……」
「全滅か」
「こりゃあ、もうどうしようもねえなぁ」
そう発言したのはZ務大臣の炭石(すみいし)だった。
「だってそうだろう、どれだけ人員を増やしても、犯人の影も形も掴めないんだぞ? こんなもんどうやって防ぐんだよ?」
べらんめえ口調で自分にはまるで関係がないような態度だった。
「……Z務大臣もターゲットだったりして」
全員が顔を真っ赤にして腹を抱えて笑っていた。
亜婆も涙を流しながら親の仇の最期を見るように炭石を指差して笑い転げていた。
「て、てめえら」
ひとりだけ笑っていない炭石の顔も発情した雌猿の尻のように真っ赤だった。
ひとしきり笑いが続いたあとで亜婆は閣議を締めくくりにかかった。
「あーおかしかった。いや確かに炭石さんの言う通り、どれだけ人員を増やしても無駄かも知れませんがね」
そう言ってチラリと炭石を見るとまた吹き出しそうになった。
「だからといって我々としてはこのまま手をこまねいているわけにはいかんのです。少なくとも彼らOBが国内にいる限りはね。とりあえず生き残っているOBの方々が半減してしまったことを奇貨とし、各OB警護に割り当てる人員を一人当たり特殊部隊員二十人に増やします。機動隊員も二個小隊三十二名を一個中隊の四十九名に増やし、各邸の前に人員輸送車を常駐させるとともにバリケードを築き完全封鎖します。まぁ、そこまでやっても……」
そう言って再び炭石に一瞥をくれた。
「……彼らOBも邸に閉じこもっているわけにもいかんでしょうし、どこかへ出掛けるとなれば、その度に何十人もぞろぞろと引き連れていくことになって、場合によっては交通規制も必要になって、庶民に大いに迷惑をかけることになるが、それについてはOBの方々の自己判断に任せるしかないでしょう。重要なのは彼らOBに対しても世間に対しても我々がそこまでやったという既成事実を作ることであってね」
「アメリカに助けを求めるのはどうでしょう」
特命担当大臣のひとりが発言した。
「話を蒸し返さないでもらいたい。これは純然たる国内問題なのがわからんかね? こんなことにまでアメリカに助けを求めていたら、我が国はもはや独立国の体をなしていないと、国際的にも大恥を晒すことになるのがわからんのかね!」
いや、独立国じゃねえだろ、と全員の喉まで出かかったが、それを言ったらおしまいであった。
「もういいですかね。まだ何かありますか」
亜婆は閣僚を見回した。
もう発言する者はいなかった。
「では、本日の緊急閣議はこれで終わります」
閣議の決定事項は直ちに実施された。
その前に国素殺害が全国に速報されていた。
気休めにもならなかったらしく、同日さらに二人のZ務事務次官OBが、その迫り来る恐怖に耐えきれず心臓麻痺で死んでしまった。
残るOBは九人になった。
翌日の四月二十日、星堕(ほしだ)元Z務事務次官(六十三歳)が殺された。
星堕はZ務官僚になったその日から、いつかは天上人たるZ務事務次官になるべく、誰の目からも豪胆な男に見えるよう、常日頃から豪胆な男を演じることに命を賭けて生きてきた。
遂にZ務事務次官になってからは、恐れを知らぬ豪胆さで、増税に次ぐ増税を時の総理をして庶民に課さしめた。
そんな星堕にとって命を狙われているからといって、
午前中、星堕がいつもの通り天下り先に顔を出そうと思っていた矢先、機先を制するように朝早く、まず三つある天下り先のうちの一つである某大企業から電話があり、丁重に出社を断られたのだった。
電話相手の言葉遣いは卑屈そのものだったが、要は当分来なくていいということだった。
当分は絶対に出て来るなということだった。
もしあくまでも出社するというなら全会一致で解任せざるを得ないとまで遠回しに言われては、いかに豪胆で鳴らした星堕と言えども従わざるを得なかった。
屈辱で全身が炎に焼かれているようだった。
続いて残り二つの天下り先の政府系金融機関からも電話があり、それぞれ同じように出社を拒まれた。
それら天下り先にしてみれば、連日の報道で衆目監視の中にある星堕に、二十人の特殊部隊員、場合によっては機動隊一個師団を引き連れて押しかけられては、要らぬ風評被害をはじめとして組織運営においても迷惑以外の何物でもなかった。
この状況で世間の怨嗟の的であるZ務事務次官OBの天下り先として注目を浴び、あまつさえ指弾されるのは、たとえ星堕の
三つ全ての天下り先ににべもなく出社を断られた星堕は、怒りのあまり気が遠くなりかけた。
そのままどう考えても精神衛生上良くない状態で午後三時まで過ごし、ようやく気分転換に散歩に出掛けることにした。
星堕は大の闘犬好きで、都内でも有名な土佐犬のブリーダーだった。
星堕邸の広大な敷地の一画には頑丈な板と二重の金網で出来た土佐犬の飼育場があって、近所の住民からは人食い土佐犬邸と呼ばれていた。
歴代Z務事務次官連続殺害犯など少しも恐れていないことを、自分が噂通りの豪胆な男であることを
塀の外の道を二三周して終わるつもりだった。
その程度なら苦情もあまり出ないだろうと思った。
苦情を言う者は一連の騒ぎが終息したら速やかに制裁し近所から追い出すつもりだった。
邸をがら空きにするわけにはいかないので、特殊部隊員と機動隊員の半分は残し、もう半分に星堕と空手有段者の飼育係六名が率いる土佐犬軍団の前後を挟ませ、星堕が土佐犬軍団の先頭に立って散歩に出た。
交通規制こそ敷かれなかったものの、そんな集団に近づく者がいるはずもなく、さながら無人の地を行くがごとしであった。
異変は二週目にさしかかったときに起きた。
星堕が手綱を持つ体重八十キロの
否応なく星堕は
その刹那、星堕の首から上がぽーんとバレーボールのトスのように空中に
それぞれの切断面から、レーザーメスによるそれのように数秒遅れて血の噴出が始まった。
全ての土佐犬は青嵐号とほぼ同時に、まるで前方の何かから必死の逃走を試みるように背後に向かって全力で駆け出した。
人間全員が何事が起こったか把握できず大混乱になった。
空手有段者の飼育係たちは逆走を始めた土佐犬どもに
土佐犬十五頭は人間には目もくれず、あっという間に星堕邸に逃げ戻ると、興奮したまま悲し気な声でいつまでも鳴いていた。
その鳴き声は、自分たちは星堕に飼われているけど星堕の仲間じゃない、自分たちは星堕とは関係ないから殺さないでくれと何者かに訴えているようだった。
死亡推定時刻は午後三時三十三分。
こうして星堕は、世間に対して豪胆さを保てたままかどうかは知らないが、派手にして呆気ない最期を
数分後には速報が全国を駆け巡っていた。
今までのパターンと違い、白昼堂々公道で起きた九番目のZ務事務次官OB殺し。
大勢が警護する中、難なく標的の首を
誰もが思った、この犯人に狙われたら最後だと。
生き残りOBには、背後で大鎌をかざす死神がはっきり見えた。
同日また一人、リレーでバトンを受け取るように、OBの中から心臓麻痺で死人が出たのだった。
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