第14話

 国素元Z務事務次官は 、山済元Z務事務次官が殺された翌日の四月十九日に自邸の階段から何者かに突き落とされて殺された。

 

 死亡推定時刻は午前九時五十五分。


 国素は独身。


 過去に二度結婚していたが、二度とも妻が病死していた。


 その度に莫大な保険金を手にしていた。


 国素は歴代Z務事務次官の中で最も有能と言われていた。


 その種明かしは、先祖に明治の元勲げんくんや事務次官経験者が何人もいるという血統、さらに伯父おじ大勲位だいくんいと呼ばれるよわい百を越える超のつく元大物政治家で、その威を笠に着て相手が総理大臣であろうが遠慮会釈なく怒鳴りつけることができたからだった。


 遠慮会釈なく総理を怒鳴りつけて、情け容赦なく庶民に重税を課さしめた。


 その余りの苛斂誅求かれんちゅうきゅうぶりに鬼代官、強制収容所所長、ポル・ポト、スターリン、鵜匠うしょう、ウンコなどと陰口を叩かれた。


 反対する評論家がいれば痴漢や万引きの冤罪えんざいをでっち上げて社会的にほうむり去った。


 反対するフリージャーナリストがいれば事故死や自殺に偽装して物理的にこの世から消した。


 もちろん自らの手を汚さずにだ。


 そんな国素だから退官してもその影響力にはいささかかの衰えもなかった。


 国素は大柄で、真っ黒に染めた豊髪に、チベット仏画のブタ鼻の明王のような顔をしていた。


 怖いようでどことなく愛嬌があり不思議と女にモテた──とは本人の弁であって、実際は気に入った女は片っ端から手籠てごめにしていただけだった。


 中には訴えようとする女もいたが、手段を選ばない国素が相手では泣き寝入りするしかなかった。


 これ以上ないほど恵まれたバックグラウンド、本人もそれを自覚し十二分に利用した上での負け知らずの人生、仕事も女も思いのままであった。


 二度目の妻が病死したのは二年前だった。


 それ以来誰はばかることなく気ままな独身生活を謳歌していた。


 殺害される前夜も、国素はちょうど午後十一時に、頭は空っぽだが巨大な双乳に夢だか母乳だかがいっぱい詰まったゴージャスな肉体の、誰もが知っている二十二歳の超人気モデルのミマヨを連れて帰宅すると、そのまま警護の隊員たちに挨拶もせずにさっさと完全防音の寝室に入ってしまった。


 それを指を咥えて見ていたその場の誰もが思った。


 国素、てめえ、朝になったら遺体になっとれ! と。


 それから九時間ほど経過して国素が充血した目でミマヨと一緒に寝室から出てきたとき、隊員たちはこの世の不条理を思い知った。


 だがこのとき国素は、自身に迫り来る危険への恐怖で発狂寸前であった。


 それはこの時点で生き残っている全てのZ務事務次官OBに言えることであった。


 事実、先に殺された蚊藤より年長で存命のOBは八人いたが、そのうち六人までがここ数日の間に急性心不全で死んでいた。


 彼らは呪いのビデオを回し観て貞子に殺されたわけではなく、歴代Z務事務次官連続殺害犯に対する恐怖のために心停止したのであった。


 想像を絶するストレスがその肉体や精神にかかったためであった。


 国素はまずミマヨとバスルームに入り、たっぷり一時間かけて互いの体を洗い合った。


 隊員たちに聞かせるように嬌声きょうせいが響いた。


 外人の警護ならさして気にならないのに、同じ日本人だとどうしてこんなにも不快なのかと隊員誰もが不思議に思った。


 それから国素とミマヨは朝食をとった。


 食事の間も隊員たちに自分の絶大な権力を知らしめるように、国民誰もが知っている巨乳の超人気モデルを相手に、聞くにえないようなセクハラトークを延々繰り広げるのだった。


 国素にとって隊員たちは虫けら同然だったから恥ずかしいとは微塵も思わなかった。


 むしろ自分の男振りを、隊員たちと自分との格の違いを嫌と言うほど見せつけてやろうと思うのだった。


 傍若無人に振る舞いながらも国素の精神の均衡には崩壊が近づいていた。


 行動範囲は嫌でも狭められ、どこへ行くにも隊員たちがついてくる。


 いくら隊員たちを虫けらのように思っていても、いやそう思えばこそ、その虫けらに頼る自分は何なのだと。


 この虫けらどもが全く役に立っていないことは他のZ務事務次官OBがほぼ日替わりで殺されているのを見ても明らかだった。


 そうと知りながら虫けらどもの警護を断ることができない自分、その自己矛盾に対する苛立ちは限界に近づいていた。


 誰かに八つ当たりがしたかった。


 それが国素が亜婆に電話をかけた理由だった。


 現職の総理に八つ当たりできる俺、凄いやん、素敵やん、と心の中でつぶやき、その場の全員に向かって演説でもするように、吹き抜けのある二階フロアに上がり、通話に出た亜婆に向かって怒鳴り散らした。


 亜婆に浴びせた悪罵あくばはそのまま警護の隊員たちへの悪罵であった。


 激高する国素を眺める隊員たちは完全に白けていた。


 亜婆が通話を切ったようだった。


 国素は未練がましく握ったスマホに向かって喚き続けていたが、やがてそれを床に叩きつけた。


 階下のミマヨに向かって新しいスマホを買いに行くと叫び、二段ほど階段を降りたところで、見えない誰かに後ろから突き飛ばされて真っ逆さまに落ちて首の骨を折って死んだ──そのように見えたのだが、遺体の首の後ろは足裏の形にぺしゃんこになっており、恐るべき力で誰かに首を踏み折られたようにしか見えなかった。


 そこまでが直ちに官邸に伝えられたのだが、このあと続きがあった。


「キャアアアアア!」


 皆が国素に注目しているとき、女の金切り声がした。


 ミマヨの声だった。


 ミマヨは両手を揃えて頭上に掲げていた。


 ミマヨの両手首は誰かに捕まれているようだった。


 が、何も見えなかった。


 そして──ミマヨの、頭空っぽの代わりに夢だか母乳だかがいっぱい詰まってはち切れそうな巨大な二つの乳房の片方、右乳房が、おしゃれな金の刺繍ししゅうの入った黒いニット服の上からもはっきりわかるほど盛り上がっているそれが、まるで水風船でも握り潰すように、見えない大きな掌で揉みしだかれていたのだ。


 見えない掌の握り込む動きに合わせて張りのある乳房が限界までひしゃげる。


「……くっ、……くうっ、……くあっ」


 乱暴に乳房を揉むリズムに合わせて苦痛と喜悦きえつの混じった声が出る。


 乳房を蹂躙されながらミマヨは感じていた。


 隊員たちはしばし呆然とその光景に魅入っていた。


 やたらとメンバーのいるアイドルグループが束になってかかっても敵わない魅力、愛くるしい童顔に不釣り合いなナイスバディで全国の男子中学生おかずランキング第一位、テレビのCMやバラエティー番組で見ない日はないくらいの超売れっ子人気モデル、そのミマヨが隊員たちの眼前でこれ見よがしに陵辱りょうじょくされている。


 全員激しく勃起していた。


 やがてミマヨの両手は下がり、見えない両掌は、ミマヨのパンパンに張った両乳房を鷲掴み、破裂させんばかりに徹底的に揉み搾っていた。


 揉みまくられている両胸の先端部の黒いニット地に白いしずくにじみ出した。


 それは見えない掌を伝って次々と床に落ちた。


 やはり頭空っぽのミマヨの胸には夢はともかく母乳はいっぱい詰まっていたのだった。


「……くうっ、……んふ、らむぅ、……くあっ、……あぁぁ、らもぉ、……くっ、……くうっ、……んぎっ、……ンギモッヂイイ!」


 ミマヨは意味不明な言葉を口走っていた。


 ピンクのミニスカートから伸びる長い素足は、初めて経験するレベルの重いものを支えるようにガクガクし、その内腿うちももはてらてらと濡れて光っていた。


「……うん、待ってる!」


 そう叫ぶとミマヨは母乳溜まりができていた床にしゃがみこむように崩れ落ちた。


 母乳でびちゃびちゃの床に両手を突き、しばらく肩で息をしていた。


 できることならその荒く吐き出される息を、ビニール袋に詰めて持ち帰りたいと誰もが思った。


 こうしてこの奇妙な現象は、ほんの五、六分であったが、隊員たちの目を大いに喜ばせて終わったのだった。


 その場の全員が十億円の宝くじに当選した気分だったのは言うまでもない。


 全員がちゃっかりスマホで撮影していた。  

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