第12話
Tは意外といった顔つきで口笛を吹いた。
「あっそ。まぁどっちでもいいや。じゃあ次、青忌(あおき)の話な。ってあれ、そっちの刑事さんまた泣いてるの? これで三度目だね」
村西刑事も気付いていた。
島田記録係の肩が震えてる。
やっぱりだ。奴は三度目の涙を流した。この男・Tに同情したことを後悔する涙をだ。犯行に至るまでのTの心情吐露、あの奇妙奇天烈な告白が本当なら、その人生には確かに不幸な部分がたくさんある。だがそれを差し引いても、今回の連続殺人事件についてTに情状酌量の余地は全くない。こいつは正真正銘の外道だ。
村西はTにあごをしゃくった。
「気にするな。続けろ」
警察は当初、屠塚Z務事務次官の殺害は通り魔的犯行または個人的な恨みによるものと考えていた。
だがその二日後に惨殺された蚊藤がZ務事務次官OBだったことで、二件の殺しはある意図をもって行われた犯行、連続テロである可能性が高まった。
その見方は捜査関係者だけでなく世間一般にも拡がった。
屠塚が殺された時点で既に世間は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていたが、蚊藤が殺害されたことで騒ぎはますます大きくなった。
我々虐げられし日本国民のためについに誰かが決起したのだ!
などと無責任なことを言い出す者まで現れ始めた。
実際そういう声は多かった。
「祭」が始まったと。
逆にどうやら当事者らしいことがわかってきたZ務事務次官OBたちは、 身の程知らずにも上級国民である自分たちに牙を剥く狂人の出現に怒り、苛立った。
おい警察! おまえら一体何をやっている? 一刻も早くこの殺人犯を捕まえろ!
とブラック企業の社長のように厳命していた。
それぞれ大企業や政府系機関、大手地方銀行や大手シンクタンクなどに天下り、現職の首相ともツーカーにしていまだ社会に絶大な影響力を持つ彼らは、蚊藤が殺された翌日に緊急会合を開いた。
メンバー全員がZ務事務次官経験者で構成されるその会は、その存在を知る一部の者からは『
「屠塚のときは個人的な恨みの犯行と思ったが」
「蚊藤さんもやられたし、どうやら本気で我々を狙っているようだな」
「どこのキチガイだ全く」
「世間では世直し、天誅だなどと言っているそうな」
「愚かな下級国民どもがふざけたこと抜かしおって。まだまだ増税が足りぬわ」
「何でも神出鬼没で、蚊藤さんなど何人も警護がいたのに誰も侵入に気付かなかったらしい」
「馬鹿な。
「今回我々が集まったのは他でもない、その警護についてだ。総理が動いてくれた。警察と陸自からそれぞれ凄腕の特殊部隊員を送ってくれることになった。全員に銃器を携行させ、犯人射殺許可も与えてある。我々一人につき五人ずつだ」
「五人も必要かね」
「用心に越したことはなかろう」
「彼らは、あらゆる事態を想定した最高レベルの対テロ特殊訓練を積んでいる者や、政府は認めないが要人暗殺や海外での破壊工作にも従事している者など、いずれも一騎当千のプロばかりだ。件のキチガイ、個人か複数か知らんが、次に我々の誰かを狙うときが奴の最後だ。なるべくなら生きたまま捕らえて、口を割らせて背景を全部明らかにした上で、屠塚と蚊藤さんの無念を晴らすべく、筆舌に尽くし難い拷問を加えて、この世に生まれて来たことを死ぬほど後悔させながらなぶり殺しにしてくれる」
「フフフ、誰が当たりくじを引くのかな」
「どうです、次に奴が狙うのがこの中の誰かひとつトトカルチョといきませんか」
「そりゃあいい。最初、屠塚だったんで次はてっきり国素君だと思ったんだが、年齢順じゃないんだな」
「そのほうが我々も賭け甲斐があるってもんでしょう」
「そりゃそうだ」
一同大爆笑。こうして会合はお開きとなった。
その日のうちに各OBに振り分けられた特殊部隊員たちは、警察と陸自からの混成チームであることなど微塵も感じさせることなく、むしろ達人同士ゆえに一目でお互いの力量を認め、それぞれの技量を活かした鉄壁の警護態勢に入ったのだった。
この警護態勢を破るのは人間には不可能と言えた。
OBたちには不安を感じる余地がなかった。
「不安」という概念そのものがOBたちの脳内から消滅した。
それが当然だった。
それから五日が経ったとき、青忌元Z務事務次官(六十三歳)が殺された。
「祭」に新たな燃料が投下された。が、これは序章に過ぎなかった。
青忌元Z務事務次官殺害の二日後、涜原(とくはら)元Z務事務次官(七十二歳)が殺された。
涜原元Z務事務次官殺害の翌朝、野群(のむら)元Z務事務次官(六十五歳)が殺された。
政府はOB警護のための特殊部隊員を一人につき十人に増やし、公式な警護として発表した。
各OB邸にポリスボックスを設けた。
各OB邸を囲む城壁さながらの高い塀の内側に機動隊二個小隊三十二名を配置した。
存在を把握しているあらゆる反政府組織に徹底的にガサをかけた。
その模様も見せしめのように映像で流された。
野群元Z務事務次官殺害の同日夜、靺田(まつだ)元Z務事務次官(七十一歳)が殺された。
靺田元Z務事務次官殺害の三日後、山済(やますみ)元Z務事務次官(七十四歳)が殺された。
テレビは地下鉄サリン事件や超巨大地震、大規模原発事故のときのような特番を組み、新聞は狂ったように号外を出し、ネットの掲示板では三ヶ月前に東京で起きた、一日で千人近い暴力団員が再起不能にされた事件を抜いてぶっちぎりの最速でスレッド更新最高記録を達成した。
いいぞいいぞもっとやれ、次はどいつだこいつだと、やんややんやの大騒ぎは収まる気配がなかった。
事件に便乗する者が続出し始めた。
官庁の壁に物を投げたりペンキをぶっかけたり、霞が関に通勤中の官僚に暴力を振るう者さえ現れ出した。
面白半分に彼らZ務事務次官OB邸に侵入を試みて警護に半殺しにされる者も出たが、政府はそれについてはそうなった者の自己責任として謝罪を突っぱねた。
まだ殺されていないOBたちはパニック状態に陥っていた。
その矛先は首相に向かった。
「おいっ! 亜婆(あば)君! 一体どうなっているのかねっ! 君が太鼓判を押していたあの連中! まっっっっっっったく! 役に立ってないではないかっ! なにぃ? わしはまだ生きているだぁ? ふざけとるのかきさまぁ!」
「ぱっ、ぺぴっ、わ、わ、私はですねっ、う、嘘は申しておりませんっ。か、か、彼らはですねっ、先生方にご紹介いたしました折に申しました通り、全員群を抜いて優秀な特殊部隊員でありまして……」
「おいっ! コラァッ! てめえこのボケナスッ! 青忌っ! 涜原っ! 野群っ! 靺田っ! 山済っ! 全員っ! 誰にも気づかれずに殺されとるだろがぁっ! あいつらのどこがぁっ! 優秀なんだぁっ!」
「ぷぽっ、ぴっ、そ、その点につきましてはですねっ、敵のほうが一枚上手というしかないのでありまして、わ、私といたしましては、万全を尽くすことは尽くしているのでありますから、せ、先生にそのように非難されるいわれは全くないと……」
「おんどりゃあっ! なんじゃあその言いぐさはっ! きさま誰のお陰で首相やってられると思っとるんじゃっ! 舐めとんのかっ!」
「な、亡くなられた五人の先生の警護についていた二十五人はそのままご健在の先生方に振り分けていますしですねっ、つまり先生方の生存の可能性はそのぶん高まっていると思うわけでありまして……」
「このアホンダラァッ! 全く役に立ってない奴が何人増えようが同じことだろうがぁっ!」
「ぺぴっ、ぷぽっ、こ、このあと十時からですねっ、そ、その件につきまして緊急の閣議がありまして、も、申し訳ありませんが一旦お電話を切らせていただきます……」
まだ受話器の向こうで何やら喚いていたが、無視して切った。
マリアナ海溝より深い溜め息をつく。
「おい、もうこいつらからの電話は俺に繋ぐなよ。居留守使え」
傍らの秘書官にそう伝え、閣議が開かれる部屋へと向かう。
クソどもが。てめえらが侮れない力を持ってるからってこっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって。殺されてざまあみろだ。てめえらなんざ本当ならアホな下級国民どもと同様に完無視してやるところだ。ってもうそうするけどな。どうせてめえらは終わりだ。どこの誰か知らんが目の上のこぶを勝手に除去してくれて感謝だぜ。高須クリニック並みの手際の良さだぜマーベラス!
亜婆旬三(あばしゅんぞう)首相は犯人に国民栄誉賞を与えたい気分だった。
ドアを開けると既に閣僚全員揃っていた。
「やあやあ、お待たせしました」
にこやかに挨拶する。全員立ち上がって首相の着席を待った。
「冒頭、総理に残念なお知らせがあります」
国家公安委員長が発言した。
なにぃ? 残念なお知らせだと? まさか犯人が捕まったか!
そんな心の動揺をおくびにも出さず余裕たっぷりに尋ねる。
「ん、どうしたのかね? まさかサザエさんが終了するとか?」
どっと笑い声が起こる。
「いえ、そうではありません。総理、新たな犠牲者が出てしまいました。つい先程、国素(くにもと)元Z務事務次官が殺されました」
それを聞いた瞬間、亜婆はタマヨ、ゴシマ、コロステリェフ、シライ、ペネフ、シライ2、ゴリバノフ、サパタ、シライ3と進んで最後にリューキンを決め、十八・五点を叩き出した──心の中で。
イィィィィヤホォォオウ!
侵略者の白人騎兵隊を撃破したアパッチのように心の中で雄叫びをあげた。
国素元Z務事務次官、それはついさっき口を極めて亜婆を罵倒していた電話の相手の名前だった。一番最初に殺された屠塚の前任者で、六十六歳の亜婆より六つも年下だった。にも拘らずあの口調だった。完全に亜婆を舐めきっていて、昼休みにメロンパン買いに行かせるパシりくらいにしか思っていなかった。
とどのつまり日本国首相など日本の権力機構の序列で言えばそんな程度なのであった。
亜婆はそのことを一期目の政権で思い知り、二期目からは彼らZ務省の忠実な犬になっていた。
いや手段を問わない覚悟さえあれば、泥水を飲む覚悟さえあればZ務省に対抗する術などいくらでもあるのだが、泥水を飲むどころか高校生になってもお手伝いさんの母乳を飲んでいた超おぼっちゃん育ちの亜婆にそんな覚悟があるはずもなく。
熱いトタン屋根でたった一度だけ火傷した猫のように、一期目の挫折で完全に心を折られてしまっていた。
それになにより自分も上級国民の一員なのだ、その自分が何で下級国民のために矢面に立たにゃならんのだ、TPPが成立しようが種子法廃止しようが水道が民営化しようが移民が入って来ようが法人税下げようが消費税が上がろうが道州制になろうが自分は金持ちだから全く困らん、する気もない憲法改正だけ言ってりゃ、下級国民の奴ら勝手に期待して自分を支持してくれるから、それを最大限利用してZ務省が望む法案全部通したれ、そして日本憲政史上最長政権記録を樹立してやる、と完全に開き直っていた。
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