第9話


 屠塚Z務事務次官が殺されてから丸一日以上経った四月六日の正午過ぎ──


 そのとき蚊藤元Z務事務次官には周囲がまるで見えていなかった。


 八十歳の蚊藤は、ただひたすらに、ひたすらに一つの行為に没頭してた。

 飲乳という行為に。


 雪見大福のようなすべすべの真っ白い肌の膝に頭を乗せ、これまた特大サイズの二つの雪見大福の片方に無心で吸い付いていた。


 顔を押し付け、引っ張る、顔を押し付け、引っ張る、飽きもせずその動作を繰り返していた。


 ご、極楽! 


 目の前で繰り広げられている倒錯した光景は、まさに極彩色の夢そのものだった。


 侵入の目的も忘れ魅入みいるT。


 権力があれば、こんな薄気味悪い地獄の餓鬼みたいなジジイでも、曾孫ほど歳の離れた母乳美女を 自分のママにして余生を過ごせる。毎日毎日気の済むまで、死ぬ最後の瞬間まで甘えることができる。このジジイは権力を正当に行使している。 


 熱く脈打つシンボルを右手でゆっくりしごきながらTは思った。


 Tは既に全裸だった。


 こんな見たこともないような凄い美女が、どういう権力の罠に嵌められてか、こんな変態的シチュエーションで、こんな死にかけのジジイの母乳奴隷にされ、この気味の悪いジジイに完全服従して、あまつさえ本当の若い母親のように母性のエキスたる母乳を日々大量に分泌ぶんぴつし飲ませている。たまんねえぜ! ウヘヘ……


 四十三年間母乳を飲むどころか乳首もろくに吸ったことのなかった、四年前の自分に腹を立てるようにTの股間の陽物ようぶつが猛り狂っていた。


 まるで託児室だった。七メートル四方のその部屋はトイレとバスルームが別個にあって、黄色を基調にした天井と壁にはデフォルメされた列車や木やライオン、キリン、ゾウ、猿、犬、猫などが原色豊かに描かれ、床には黄緑色の絨毯じゅうたんかれていた。


 幼児向けの歌が、会話の邪魔にならない程度の音量で流れていた。


 周りには赤ん坊をあやすときに使うガラガラや、幼児向けアニメのキャラクターがプリントされた枕や、紙おむつに母乳パッドのパック、使いかけのティッシュの箱が無造作に置いてある。


 部屋のほぼ中央に、いかにも柔らかく座り心地の良さそうな直径一メートルの丸いピンクのクッション、その上に素っ裸の、全身雪見大福でできているような二十代後半くらいの妙齢みょうれいの美女が膝を崩して座り、そのすべすべの膝の上に、これまた素っ裸の、ぽっこりした腹部以外は枯木のようにガリガリに痩せ、不健康そうな黄色い肌に黒いシミだらけの、落ちくぼんだ眼窩がんか鉤鼻かぎばなの老人──蚊藤が頭を乗せ、すべすべ真っ白の肌に青い血管の筋がマスクメロンのように浮き上がった、片方だけで子供の頭ほどの見るからにずっしりと重量感に満ちあふれた、母乳でパンパンに張っている巨大な乳房に歯のない皺皺しわしわの口を更にすぼめるようにして一心不乱に吸い付いているのだった。


 美女は、左手で蚊藤のほとんど頭髪の残っていない頭を優しく撫で、右手で蚊藤の体を優しく撫でたり、ときどきくすぐったりしていた。


 擽られると蚊藤はその都度軽く痙攣けいれんし、それを見て美女はクスクス笑っていた。


 痙攣してもその口は、直径八センチはあろうかという、茶色くアポクリン腺が不揃ふぞろいにブツブツ並んでいる乳輪ごと咥えこんでいる親指大の乳首を片時も放すことはなかった──て島田記録係! エロくないか? と、とにかく、二人の 一・五メートルほど先に、ぬーっと突っ立っているTに豊乳美女が気づいた。


「きゃっ」


 ハズキルーペを尻で踏んだキャバ嬢のように、小さく短く叫んだ美女の顔は見る見る赤くなり、その体も火照ほてったように全身がピンクがかってきた。


 まず第一に美女と蚊藤は素っ裸であり、それを見られただけでも恥ずかしい上に、二人は授乳行為にいそしんでいたのだ。


 だが 死ぬほど恥ずかしいという気持ち以外に、美女の顔を真っ赤に染め上げている要因があった。


 それは二十歳前後の、鋭く大きい目をした男雛おびなのような凛々りりしい顔の若者に、食い入るように熱い視線で見つめられていることだった。


 ただでさえ授乳による快感にうっとりと全身で感じているところに突如、それも全裸で現れた白皙はくせきの美青年の噛みつかんばかりの激しい欲望の眼差まなざしを、そのき出し丸出しの巨乳輪巨乳首に受けているのだ──島田記録係! 


「はあ……」


 怒張し天をかんばかりにそそり立つTのシンボルを見上げる美女の瞳は蕩けるように潤み、剥き出しの巨乳輪がキュッと収縮し親指大の乳首が固くなった。


 その先端に無数の白い点が浮き上がり、ふくれ、やがてシューッとスプリンクラーのように噴き出し始めた。


 そう、性的興奮によって勃起した美女の乳首は持ち主の意を汲み先走りの噴乳を開始したのだ。


 美女の体に走った緊張が伝わったのだろう、かなり遅れて老人──蚊藤はTに気付いた。


 しかしわずかに頭をひねって一瞬Tを見たときですら、蚊藤の口は美女の乳首を吸い続けていた。


 そしてTなどまるで気にすることなく、再び飲乳に励むのだった。


 その応対に腹を立てるでもなく──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る