7
春川へ向かう道は車通りも少なく、途中の大通りでは多少の渋滞に巻き込まれたものも、二人を乗せた車は案外すんなりと距離を進んだ。
大通りを抜け、小さな街道を走る。トラス橋を走り、物静かな小さな町を抜けると、山道に入るトンネル付近にコンビニが見えた。
「愛ちゃん。コンビニ寄っても大丈夫?」
綾香は助手席の愛を一瞥する。
はい、と頷き、愛はどこか落ち込んだ表情で前を見る。
綾香は昨夜のことを思い出す。
綾香の前で自慰をする愛。
綾香を抱けないと嘆いていた愛。
祈るように綾香への想いを口にする愛。
タイミングを失い、盗み見してしまったことに罪悪感を感じながらも、綾香の頭は別の事でいっぱいだった。
――どうして愛は私を抱けないのだろう。
綾香はそれなりに覚悟をしていた。
お酒を呑み、一夜を共に過ごせば、いずれ行為をすることになるだろうと。
愛が私に求めているものはなんなのだろう。
幾ら考えても綾香には分からなかった。
それでも、初めて愛から「好き」と言われた昨夜のことを思い出すと、嬉しさで胸がいっぱいになる。
愛が傍にいてくれたから。だから綾香はお酒に溺れることもなかったし、失恋から立ち直り、こうして線香をあげに春川へ向かうことが出来た、と綾香はしみじみ思う。
コンビニの駐車場に車を停める。
「愛ちゃんはいいの? お腹減ってない? お手洗いとか三十分くらい行けなくなっちゃうけど」
大丈夫です、と愛は控えめに微笑む。
「行ってくるね」と、愛に小さく手を振り、綾香は車を後にする。
やっぱり様子がおかしい。
それだけ昨日のことがショックだったのか。
コンビニでブラックコーヒーと甘そうなカフェオレを購入し、車に戻る。
「お待たせ。外暑すぎ……」
車に戻ると、愛は隠すように弄っていたスマホの画面を消した。
「はい、カフェオレ」
綾香はカフェオレを袋から取り出し、愛に渡す。
驚いたように綾香を見ると、
「ありがとうございます」
申し訳なさそうな表情で愛はカフェオレを受け取る。
ペットボトルの蓋を開けて、綾香はブラックコーヒーを口にする。
追いかけるように、愛もカフェオレを口にする。
「ごめんなさい、気を遣わせてしまって」
そう言うなり愛は俯いてしまった。
「気にしない気にしない。愛ちゃんいつも気を遣いすぎてるから、これくらいでいいの」
綾香はそっと愛の頭を撫でる。
撫でられるがままの愛に、
「どうしたの」
優しい声色で綾香は声を掛ける。
少しの間が空き、
「……綾香さんは」
言いかけて、愛は止まる。
綾香は首を傾げて優しく微笑む。
「ごめんなさい。また、話します」
綾香の胸がちくりと痛む。
「うん。無理しないようにね」
綾香は表情に出さないように気を付けて、愛の頭を優しく撫でる。
小さくなり俯いたままの愛を見ていると、何故か綾香は愛にキスをしたい衝動に駆られた。
綾香は助手席に身を乗り出し、愛の顔を優しく自分の方へ向ける。
「綾香さ……、んっ……」
唇が離れる。
「甘い」
驚いた表情のまま愛は綾香を見る。
「もう1回してもいい?」
答えを聞く前に、綾香は愛に深いキスをする。
唇を離す。とろんとした目で綾香を見つめると、愛は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「愛ちゃん可愛い」
「ばか。見られちゃったらどうするんですか」
愛の頬が膨らむ。
「いいよ。愛ちゃんは嫌?」
追い打ちをかける綾香に、
「……嫌じゃない。もっとして」
愛は求めるように、目を閉じた。
山道を抜けると、小さな町が見える。
古風な民家。車通りの殆どない道路。見渡す限りに広がる森と、綺麗な青空。
両側に畑がある急な坂を上る。坂を上りきると正面にお寺があり、右側には再び坂道が続いていた。坂道を登り切るとそこに墓所はあった。
慣れた手つきで綾香は敷地の隅に車を停める。
車を降り、トランクを開けると、
「あーーーーーー」
突然、綾香が大きな声を上げた。
驚き急いでトランクへ向かう愛。
「どうしたんですか?」
「お花買ってくるの忘れた……」
落胆する綾香に、
「お花、無いとダメなんですか?」
きょとんとした表情で綾香を見つめる愛。
「無いとだめってことは無いと思うんだけどね。って愛ちゃんお墓参りしたことないの!?」
「無い、です」
愛は困ったように綾香を見る。
「そっかあ。そんなこともあるんだね。じゃあこれが初お墓参りだ」
綾香はトランクから、線香とライターを取り出す。
トランクを閉め、お墓の前へ向かう。
「ここがうちのお墓。お墓参りはね、亡くなっちゃった親族や、ご先祖様に挨拶をするの。私は元気でやってます、どうか安らかにってね」
「私が、してもいいんですか?」
「うん。きっとおじいちゃんも喜ぶと思う。こんな可愛い子に挨拶されたら生き返っちゃうかも。あ、お花添えてある。誰か来たんだ」
綾香はライターで線香に火を点ける。
「はい、愛ちゃんの。線香をここに刺して」
恐る恐る線香を線香立てへ入れる愛。
「そしたら手を合わせるの」
綾香に言われた通りに愛は手を合わせる。
目を瞑り、はじめまして、と挨拶をする。
綾香のことが気になり、愛は横目で綾香を見る。
目を瞑り、お墓に向けて合掌をする綾香。
穏やかな表情で、静かに合掌をする綾香から目が離せなくなる。
綾香と目が合う。優しく微笑むと、
「着いてきてくれてありがとね。ひとりだと心細かったからよかった」
「私も、来れてよかった。ありがとう綾香さん」
綾香は愛の頭を撫でる。
「今日も泊ってくでしょ。おばあちゃんに挨拶して家に帰ろうか」
ぱっと、愛の顔が明るくなる。
「はい。綾香さん今日は呑む?」
「うん。明日予定ないし、がっつり呑んじゃおうかな」
嬉しそうに微笑む愛を見て、綾香は幸せな気持ちでいっぱいになる。
よし、と心の中で呟き、綾香は密かに決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます