5
『十九時に北口の送迎レーンで』
時刻は十八時。一時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった愛は、送迎レーンの目の前にあるビルに併設する交番の前で綾香を待っていた。
『着いちゃいました。時間つぶして待ってます』
身体がそわそわする。携帯のカメラを開き、髪型をチェックする。
アプリを開き、既読がついたかを確認する。
何度も同じことを繰り返しているうちに、愛は自分が浮かれていることに気付いた。
深く息を吐いて携帯を閉じる。
期待してもいいのだろうか。
この前、自身はレズだと確かに綾香に告げたはずだと、愛は思った。
それでもこうして会ってくれるのは、その気があるのだろうか。
堕としてしまえば、私を受け入れてくれるだろうか。
立てなくなるほど逝かせて、甘い言葉で彼女を捕えれば、傍にいてくれるだろうか。
一層のこと、ネットで媚薬でも買っておけばよかったと愛は後悔する。
「ねえねえ、ひとり?」
突然声を掛けられて、背筋が伸びる。
「君、かわいいね。よかったら一緒に呑みに行こうよ」
恐らく大学生だろう、チャラい格好をした二人組の男だった。
「俺、こんなかわいい子初めて見た」
もう一人の男が腰に手をまわしてきた。
寒気がする。今すぐ払いのけて、この場を去りたい。
出かけた言葉を呑み込み、
「父を待ってるんです。もうすぐ来ると思うので、間に合ってます」
微笑みながら口にして、横目に交番内にいる警察官に視線を移す。
男達は愛の視線に気づいたのか、気まずそうに顔を合わせると、
「そっか~。また遊ぼーね」
ひらひらと手を振って、その場を去った。
客じゃなくてよかったと、愛はほっと安堵する。
小さくため息をつき、携帯の画面を開く。
綾香とのトーク画面を開き、既読がつくのを待った。
「ごめんねー、お待たせ」
十八時四十五分に綾香は送迎レーンに着いた。
愛が助手席に乗り、シートベルトを締める。
ふわりと甘い匂いが漂い、綾香は思わずどきっとした。
白色の高そうなブラウスに、ネイビーのスカート。
愛と視線が合う。咄嗟に視線を逸らして、
「ちょっと残業になっちゃってすぐに来れなかった。一旦うちに帰ってもいいかな?」
「はい、全然大丈夫です」
ありがとうと、一言返し、綾香は車を進める。
「夕飯は食べた?」
「いえ、まだです。どこかで食べていきますか?」
「うーん、どうしようね。ピザでも頼んじゃう? って愛ちゃんピザ食べれる?」
本気で心配する綾香に、
「好きですよ、ピザ。私そんな高そうな女に見えますか?」
自然な笑みで愛は言った。
「だってー、愛ちゃんお嬢様って感じするからさ。ごめんごめん」
小さく笑みを浮かべながら綾香が言う。
「家には、何をとりにいくんですか」
愛の問いに、
「んー、えっと」
言葉を詰まらせた綾香に、
「泊っていきますか。綾香さんさえよければ」
愛はちらっと綾香の顔を見る。
これはいけるんじゃないかと、期待する。
一瞬戸惑った表情を見せると綾香は、
「うん、そうしようかな……。明日休みだし、いっぱい……呑みたいかも」
ぱあっと胸が熱くなるのを愛は感じた。
「はい! いっぱい呑みましょう」
不意に見せる愛の笑顔に、綾香はドキッとした。
ずるいと思った。こんな顔を見せられたら余計に分からなくなる。
何か悪いことをしているようなそんな気がして、胸が少し傷んだ。
マンションの駐車場に着くと、途中で寄ったコンビニの袋と下着や服を詰めた手提げのバックを手に、綾香と愛は車を後にした。
相変わらず良いところに住んでるなと綾香は思った。
新築だろうか。外観は綺麗で、マンション付近の照明は暖色系の落ち着いた雰囲気で包まれている。
高級感あふれるエントランスに足を踏み入れる。
愛がオートロークの端末に番号を入力し、ガラス張りの扉が開く。
丁度降りていたエレベーターに乗り、四階のボタンを押す。
「今日はいっぱい呑みましょう」
愛が微笑みながら言う。
「うん。この前もいっぱい呑んでたけどね」
くすくすと一緒に笑うと、エレベーターが止まった。
愛の後ろに続き、廊下を歩く。
四階の隅、412と書かれた扉の前で愛が立ち止まる。
厳つい暗証番号錠に番号を打ち込み、カチャっとと鍵が開く。
靴を脱ぎ、愛に続いて廊下に足を踏み入れる。
リビングに続く扉を開けると、冷房の冷たい空気が漂ってきた。
「エアコンつけっぱだーありがたいー……」
「さすがに暑いと思ったので。先、シャワー浴びちゃいますか?」
シャワーという言葉に、これからいけないことをするような、そんな気持ちになる。
「んー、すっぴん恥ずかしいし……どうしよう」
「綾香さん化粧薄いし、そんなに変わらなさそうです。私、そういうの気にしないですよ」
真剣な表情でそう言うものだから、綾香は恥じらっている自分に恥ずかしくなった。
「じゃあ浴びてきちゃおうかな」
「はい。洗面所にバスタオルあります。どれでも使ってください」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、交代で愛がシャワーを浴びに浴室へ向かった。
愛がシャワーを浴び終えると、宅配でピザを頼み、受け取る。
照明を暗めにしてソファーに座る。他愛ない話をしながら缶を開ける。
まるで恋人とのお泊りのような、特別で、温かい一時。
「なんか、一か月前を思い出すなあ」
お酒が回って、程よく酔い始めた綾香は独り言ちるように言った。
――元カレですか。
愛が優しい声色で相槌を打つ。
「うん。二年も続いたの初めてだったから……なんか、ね」
――遠距離だったんですよね。
確かめるように愛が言う。
「実はね、ゲームで出会ったんだ。むこうは東京。2個下で――」
懐かしむように、
「――結婚済み」
自虐するように、綾香は口にした。
おもむろに、愛が近づいてきた。
隣に座り、テーブルから缶を手繰り寄せて、綾香に渡す。
「ありがとう」
――呑んで忘れましょう。
そう言って彼女も缶を開ける。釣られるように綾香も缶を開ける。
ぶかぶかのTシャツに、黒の下着。
愛の生脚が綾香の手に触れた。
どれくらい呑んだだろうか。
頭がふわふわする。身体が怠くて熱くなる。
――寂しくないですか。
囁くように愛が言う。
「寂しい……かも」
――“ハグ”してもいいですか。
控えめに、確かめるように愛が言う。
綾香は愛を見る。何故か今にも泣きだしそうな表情で愛は綾香を見つめる。
「……いいよ」
控えめに微笑んで、愛がゆっくりと近づいてくる。
綾香の身体が一瞬強張る。包み込むように愛は綾香を抱きしめる。
ゆっくりと、介抱するようにソファーに押し倒される。
ソファーに横になると、ようやく綾香は押し倒されたことに気付く。
――キスしてもいいですか。愛がねだる様に口にする。
「わたし、好きになれるかわからないよ」
いいですよ。と愛が言う。
――好きな人ができるまで、使ってくれませんか。
「そんな――、ん……」
塞ぐように、愛は綾香にキスをする。
確かめるように、求めるように、深いキスをする。
部屋中に厭らしい音が響き渡る。
――嫌でしたか。
落ち込んだように愛が言う。
「嫌とかじゃ……愛ちゃんもっと自分を大切に――」
「お酒」
遮るように、
「呑んで忘れましょう。私が呑ませてあげます」
愛はローテーブルの上から綾香の呑みかけの缶ビールを口にすると、
「愛ちゃ――、んん…」
口を塞ぐように口移しをした。
綾香の口からビールが零れる。頬を伝いソファーに落ちる。気の留めずに、再び愛は綾香に口移しをする。
気持ちいい。何も考えられなくなる。境目が――分からなくなる。
綾香は目を閉じて、愛を受け入れた。
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