「気持ちいいよ」

 囁きながら男はゆっくりと腰を振る。

 下半身の違和感とは裏腹に、私の内腿を愛液が伝う。

 不快だ。何度シても慣れない。

 そう思いながら愛は両手で男の身体を手繰り寄せる。

 目を閉じて、不快な男の息遣いを消すように、深く深く、意識を逸らす。

 記憶をたどり、あの時の温もりを手繰り寄せる。

 バーで出会った真面目そうな眼鏡のお姉さん。

 声を掛けてくれたボーイッシュなお姉さん。

 ひとりにしないでと涙を零しながら私を求める――綾香さん。

 胸の奥がきゅっと切なくなる。

 温かくて、切なくて、もどかしくて、会いたくて。

「あいちゃんも感じてる?」

 不快な男の問いに、現実に戻される。

 頷いて、喘ぎ声をあげる。

「あいちゃん、お尻向けて」

 何を思ったか、男は私から離れ、私を四つん這いにさせる。

 違う――そうじゃない。

 身体が一気に冷めていくのを感じる。

 男が私の中に入ってくる。そして、上から突くようにして私をじっくりと味わう。

 不快な感覚と、厭らしい音が部屋中に響く。

 わざとらしく声を漏らし、心の底から願う。

 早く終わりますように。


 ホテルの一室。天蓋付きのベッドの上で、愛は裸のままベッドに身を委ねていた。

 ベッドの上の温もりが消えてゆく。消えてしまうその前に、“彼女”の温もりを感じていたかった。

 携帯から通知音が鳴り、愛はおもむろに携帯を手繰り寄せた。

『今週の木曜。二十時にどうかな?』

 先とは別の男からの誘いに、二つ返事で返答をし、携帯を閉じる。

 三万円。それが愛の価値だった。

 身体が冷えてきたのを感じると、愛は浴室へ向かいシャワーを浴びた。

 温かいお湯が、身体を溶かしていく。

 男に触れられた身体を丹念に洗い、温かいお湯に身を委ねる。

 シャワーが床を叩く音に耳を澄ませる。

 このままひとつになれたらいいのに。

 そんなことを思いながら、ふと頭をよぎるのはあの夜のこと。

 介抱する私に抱き着く彼女の温もり。

 もっと触れておけばよかった。もっと深く彼女を感じればよかった。

 そう後悔しつつも、思い留まることが出来てよかったと安堵する。

 我ながらどうかしてると愛は思った。

 今更、清純ぶって何になるのだろう。

 同性との一夜限りの関係を何度も続けてきた。

 押しの弱そうな真面目な人を選んで攻めてみたり。

 男になりたいのになりきれない、そんなボーイッシュな人に身を委ねてみたり。

 その気のないOLを酔わせてうちに連れ込んだり。

 それなのにどうしてだろう。と愛は疑問に思った。

 どうしてあの人のことばかり考えてしまうのだろう。

 理由を考える。思考を巡らし、あの日を辿る。

 身体の相性は――わからない。

 抱きしめて、深いキスをしただけだ。それでも彼女の体温や吐息を思い出すだけで身体が少し熱くなる。

 触れて満たしてくれたわけでもない。

 彼女から私に触れようとはしなかったし、彼女は“私”に触れなかった。

 私が抱きしめた時、彼女が拒否しなかったのは、キスを受け入れたのは、元カレだと錯覚していたからだ。

「……はじめてだったんだ」

 思考を巡らし、あの日を辿ると、愛は一つのことに気付いた。

 一緒にテレビを見て、何気ない会話をして、食事をして、洗濯物を畳んだりして――

 行為だけではなく、まるで普通の恋人のように甘い時を過ごしたのは、あの日が初めてだった。

「……はは」

 嘲笑うように、床に視線を落とす。

 うちに連れ込んでも、ホテルで過ごしても、朝になればみんな私を置いて部屋を出て行った。

 置いてかないでほしい。もっと一緒にいてほしい。そんな気持ちに駆られて、うちに人を連れ込むと、汚れたという口実で勝手に洗濯をするようにした。

 良心がまだあるのか、彼女たちが目を覚ますと、私は決まってコインランドリーに行くと口にする。

 彼女たちは謝り、頷く。そして私は部屋を出ていく。

 それなのに――、あの人は違った。

 咄嗟に浴室を出る。雑に身体を拭き、携帯を手に取る。

“綾香”と書かれたプロフィールを開き、トーク画面に移る。

 会いたい。今すぐ会いたい。

『会いたい』そう打ち込み――手が止まった。

 数秒間そのままの状態で画面を眺める。

 一文字ずつゆっくりと文字を消した。

 力なく床に座り込む。

「……なにやってるんだろ」

 冷静になり、再び携帯を手にする。

『今週の金曜日、よかったらうちに呑みにきませんか?』

 送信ボタンを押し、携帯を手放す。

 床の上で小さく丸まると、愛は塞ぎ込むように顔をうずめた。

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