4
「気持ちいいよ」
囁きながら男はゆっくりと腰を振る。
下半身の違和感とは裏腹に、私の内腿を愛液が伝う。
不快だ。何度シても慣れない。
そう思いながら愛は両手で男の身体を手繰り寄せる。
目を閉じて、不快な男の息遣いを消すように、深く深く、意識を逸らす。
記憶をたどり、あの時の温もりを手繰り寄せる。
バーで出会った真面目そうな眼鏡のお姉さん。
声を掛けてくれたボーイッシュなお姉さん。
ひとりにしないでと涙を零しながら私を求める――綾香さん。
胸の奥がきゅっと切なくなる。
温かくて、切なくて、もどかしくて、会いたくて。
「あいちゃんも感じてる?」
不快な男の問いに、現実に戻される。
頷いて、喘ぎ声をあげる。
「あいちゃん、お尻向けて」
何を思ったか、男は私から離れ、私を四つん這いにさせる。
違う――そうじゃない。
身体が一気に冷めていくのを感じる。
男が私の中に入ってくる。そして、上から突くようにして私をじっくりと味わう。
不快な感覚と、厭らしい音が部屋中に響く。
わざとらしく声を漏らし、心の底から願う。
早く終わりますように。
ホテルの一室。天蓋付きのベッドの上で、愛は裸のままベッドに身を委ねていた。
ベッドの上の温もりが消えてゆく。消えてしまうその前に、“彼女”の温もりを感じていたかった。
携帯から通知音が鳴り、愛はおもむろに携帯を手繰り寄せた。
『今週の木曜。二十時にどうかな?』
先とは別の男からの誘いに、二つ返事で返答をし、携帯を閉じる。
三万円。それが愛の価値だった。
身体が冷えてきたのを感じると、愛は浴室へ向かいシャワーを浴びた。
温かいお湯が、身体を溶かしていく。
男に触れられた身体を丹念に洗い、温かいお湯に身を委ねる。
シャワーが床を叩く音に耳を澄ませる。
このままひとつになれたらいいのに。
そんなことを思いながら、ふと頭をよぎるのはあの夜のこと。
介抱する私に抱き着く彼女の温もり。
もっと触れておけばよかった。もっと深く彼女を感じればよかった。
そう後悔しつつも、思い留まることが出来てよかったと安堵する。
我ながらどうかしてると愛は思った。
今更、清純ぶって何になるのだろう。
同性との一夜限りの関係を何度も続けてきた。
押しの弱そうな真面目な人を選んで攻めてみたり。
男になりたいのになりきれない、そんなボーイッシュな人に身を委ねてみたり。
その気のないOLを酔わせてうちに連れ込んだり。
それなのにどうしてだろう。と愛は疑問に思った。
どうしてあの人のことばかり考えてしまうのだろう。
理由を考える。思考を巡らし、あの日を辿る。
身体の相性は――わからない。
抱きしめて、深いキスをしただけだ。それでも彼女の体温や吐息を思い出すだけで身体が少し熱くなる。
触れて満たしてくれたわけでもない。
彼女から私に触れようとはしなかったし、彼女は“私”に触れなかった。
私が抱きしめた時、彼女が拒否しなかったのは、キスを受け入れたのは、元カレだと錯覚していたからだ。
「……はじめてだったんだ」
思考を巡らし、あの日を辿ると、愛は一つのことに気付いた。
一緒にテレビを見て、何気ない会話をして、食事をして、洗濯物を畳んだりして――
行為だけではなく、まるで普通の恋人のように甘い時を過ごしたのは、あの日が初めてだった。
「……はは」
嘲笑うように、床に視線を落とす。
うちに連れ込んでも、ホテルで過ごしても、朝になればみんな私を置いて部屋を出て行った。
置いてかないでほしい。もっと一緒にいてほしい。そんな気持ちに駆られて、うちに人を連れ込むと、汚れたという口実で勝手に洗濯をするようにした。
良心がまだあるのか、彼女たちが目を覚ますと、私は決まってコインランドリーに行くと口にする。
彼女たちは謝り、頷く。そして私は部屋を出ていく。
それなのに――、あの人は違った。
咄嗟に浴室を出る。雑に身体を拭き、携帯を手に取る。
“綾香”と書かれたプロフィールを開き、トーク画面に移る。
会いたい。今すぐ会いたい。
『会いたい』そう打ち込み――手が止まった。
数秒間そのままの状態で画面を眺める。
一文字ずつゆっくりと文字を消した。
力なく床に座り込む。
「……なにやってるんだろ」
冷静になり、再び携帯を手にする。
『今週の金曜日、よかったらうちに呑みにきませんか?』
送信ボタンを押し、携帯を手放す。
床の上で小さく丸まると、愛は塞ぎ込むように顔をうずめた。
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