3
誰でもいいから声をかけてほしい。ひとりにしないでほしい。
そんな一時の感情に駆られて繰り出した夜の街。
寂しさを埋めるようにアルコールを浴び、通り過ぎるカップルから目を逸らす夜に、より一層寂しさを感じて――
そんな中、声を掛けてくれたのが彼女だった。
小さく可愛らしい彼女。
整っていながらも愛嬌のある顔立ち。
どこか幼く落ち着きのある声に、色気のあるゆったりとした話し方。
雪のように白い肌。羨ましいくらい華奢な身体に――
――手首に刻まれた傷跡。
所謂メンヘラという女の子なのだろう。変わった雰囲気の子だと綾香は思った。
彼女に深く踏み入ったら痛い目に遭うと頭では理解していた。
「なんで私だったんだろう」
それでも頭に浮かぶのは彼女のことだった。
おもむろに立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
ソファーに身を委ねて、二本目の缶ビールを開けた。
“レズ”だと彼女は自身のことをそう言った。
居酒屋やバーで呑んでいると、たまにそういった方と出会う時がある。
といっても、SNSで出会った元カレと付き合ってた二年間は、呑みに行く機会は殆どなかった。
同性を性のはけ口にする人間はともかく、同性を愛する人間に対して綾香は偏見を持たなかった。
だから、何もしていないと言った彼女には好感が持てたし、顔色を窺い優しくしてくれる彼女はむしろ可愛らしく見えた。
それでも、人生において一度も同性を好きになったことのない綾香には、彼女と一線を越える気持ちも、勇気も無かった。
あんなに可愛いのに、と思いながら綾香はビールを口にした。
きっと異性を好きになれたのなら、恋人に困ることがないタイプだと綾香は思った。
無意識に携帯を手繰り寄せ、画面を開く。
同僚から「別れたの? 今度合コン行こ~」と通知欄に表示されているのを確認し、仕事を終えて解除をするのを忘れていたマナーモードをそっと解除した。
「合コンかあ……」
別れたのだと実感すると胸の奥から寂しさが込み上げてきた。
大きくため息を吐き、ソファーの背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
何故か無性に帰りたいと綾香は思ってしまった。
まだ一回しか足を踏み入れたことがないのに。
彼女のことを好きになれる確信もないのに。
そもそも、一夜限りなのではないかと綾香は思った。
年頃の大学生だ。きっと次の日には目ぼしい人を見つけて、そしてまたあの部屋に連れ込むのだろう。
そう考えると酷く虚しくなった。
二十七歳。親しかった友人はとっくに結婚していて、子供を産んでいる。
子供が欲しいという願望は特に無かったが、周りに置いていかれる焦燥感と、ひとり取り残される孤独感は、綾香の寂しさに追い打ちをかけた。
おもむろに携帯を手にし、同僚とのトーク画面を開く。
『行くー!いつー?』
と、入力し終えた途端、通知を知らせる音と共に、画面に左端にメッセージが届いたことを知らせるように1と数字がついた。
トーク画面を切り替えて、メッセージの送り主を見る。
“あい”と書かれた名前に咄嗟にトーク画面を開く。
『今週の金曜日、よかったらうちに呑みに来ませんか?』
寂しさを追いやる様に、嬉しくなる。
愛のメッセージに二つ返事で返し、同僚には断りのメッセージを送った。
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