日の当たらない努力
仮にも総理との面談を行なって経済界でも尊敬を受ける種田社長の後押しもあってようやく日の当たる表舞台に出られるという感覚をバンドもカナエも持ったが、ひとり
「うつむいているひとが居ないか見て。ため息をついてるひとが居ないか見て。やさぐれているひとが居ないか見て。常に日の当たらないひとたちの沈み込むような努力に目を向けて」
気を入れ直した。
沈み込むような状況に目を向けることに対して『気を入れ直す』というポジティブな表現はおかしいかもしれないが、それでも
そして虐げられるひとたちへのフォローを無理やりにするのではなく、自然に、経済合理性を兼ね備えた恒久的なシステムとして行おうという努力を重ねた。
カナエは天才だった。
『
・いじめに遭う子
・虐待されている子
・パワハラやセクハラに苦しむ同僚の方
・災害や事件や事故で大切な人を亡くした方
・病気やハンディキャップを抱える方
・他にも毎日を泣きたい気持ちで過ごしている方
・・・おひとり分のチケットで二人でご鑑賞頂けます』
嘘をついて半額で入場する人間が大勢出てくるのではないかとGUN & MEの他のスタッフは心配したが、カナエは大丈夫だと言った。
「最後の『毎日を泣きたい気持ちで過ごしている方』・・・これはみんながそうだから」
カナエはいつからかスタッフたちにこんな言葉をかけるようになっていた。
「今日も一生懸命仕事してくれてありがとう」
と。
カナエは社長ではあるが、その目配りは繊細、の一言に尽きる。
何気なく電話を取ったり、顧客に微笑んだり、事務所やライブ会場を片付けたり整頓したりするスタッフたちのほんのささやかな手間や作業に対しても、
「いつも一生懸命仕事してくれて、ありがとう」
と労った。スタッフに対してだけでなく、所属アーティストたちにも、
「ベストを尽くしてくれて、ありがとう」
と、心からそう労った。
だから、みんなこう思った。
『誰も見てなくても、社長は見てくれている』
と。
「観音様みたい」
不意にそう言われて、カナエは顔を赤らめた。
「紫華こそ、慈愛の塊じゃないの」
「ううん。わたしはどちらかっていうと、『お不動様』かな。剣と縄で悪を懲らしめる」
A-KIREIは辛酸を舐め尽くした者たちのバンドだ。
メンバーもカナエもそうだし、オーディエンスたちもそうだ。
日の当たらない努力を常に漏らさずに拾い続ける。
それを象徴するようなライブが開かれた。
「こんばんは」
紫華は客電が落とされた観客席に向かって語りかける。観客たちから音声での反応はなく、うつむき加減だったりうつろな目をしたりする少女や少年たち、それから壮年の男女たちの表情だけが青い白い光の中で影のように微かに動くだけだ。
ひきこもるひとたちだけのためのライブ。
客席の座席ひとつひとつにあるのは、彼女彼らが引きこもっているその部屋から自分たちのPCやスマホのカメラで自撮りするその映像。
座席の上に一台ずつ置かれたタブレット端末に浮かび上がる彼らの顔。
そして彼らの自部屋にはA-KIREIのライブが同時配信されている。
「やっと、逢えたね」
紫華が無数のタブレットの画面にそう語りかけると、じっと涙を目に溜める少女、うんうんと微かにうなずく少年、ほんの少しだけ微笑む成人女性。
紫華は部屋から出ろとは言わない。
ただ、逢えて嬉しいと言葉と歌とで伝えるだけだった。
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