戦いの歌をさあ歌おう
全員が再会を望んではいなかった。だが、種田社長たっての希望であり彼の骨折りで実現する会見ではあり、受けざるを得なかった。
日本国首相との面談。
しかもバンドメンバー全員が嫌がったのは、『表敬訪問』という形を取るからでもあった。
カナエだけは嫌々ながらもしたたかに今後の展開を計算していた。
首相との面談をポジティブであれネガティブであれ
ただ、ひとつ、最大の懸念がある。
もしも厚生労働省課長補佐であった木田の死に首相官邸が関わっているのだとしたら、それはカナエのマネジメントの範疇を超えるものであろう。
「やあ、皆さんお待たせしました」
首相官邸の会見室で待っていたバンドは首相が入ってくるとソファから立ち上がってリーダーの蓮花から順番に握手していった。
メンバーが終わると最後にカナエが握手する。首相から声をかけられた。
「会社の再建も順調なようですね」
「ありがとうございます」
メディアも新聞社数社と国内テレビが2社、そしてこれはカナエのアレンジなのだが、アフリカを慰問ライブした時の国のメディアを1社入れてある。
「種田さんからお話は伺っています。過酷な国でのライブパフォーマンスを数多くこなして来られたそうですね。本当にお疲れ様でした」
木田が仕組んでくれたキャンペーンでのアフリカ諸国経済担当大臣たちのレセプションで首相から『ちょっとあなた!』と叱責された紫華はその記憶など何ほどの影響もなく、堂々と首相の目を射抜くように話を聞いている。カナエが司会進行のように話していった。
「総理、ありがとうございます。わたしたちはともかく、どの国、どの地域でも厳しい現実と日常に立ち向かうひとたちの努力に胸を打たれました。国連のプログラムを足がかりにしてわたしたちがこういう演奏ができたことに心から感謝しています」
「素晴らしいですね。種田社長からもあなた方の真摯な取り組みを聞かされています。この後バンドはどのような活動をして行かれるんですか?」
「そうですね。しばらくは日本での演奏活動と、あとはフルアルバムの制作を進めていくつもりです」
「なるほど。ところでバンドメンバーの皆さんはそれぞれに過酷な経験をされてきているとか」
今更ながら簡単にバンド結成の経緯を蓮花が首相に説明し、あとは首相から個々のメンバーにいくつか社交辞令のような質問があった。ただ、彼は紫華にだけは質問を振ろうとはしなかった。
15分という会見の制限時間が迫った時、紫華が首相に言った。
「総理。わたしを見て何かお感じになりませんか」
「あなたを見て・・・? あ、ああ。あの時は大変失礼しましたね。大きな声を出して」
「それは構いません。そうではなくって、わたしの顔を見て何か思い出しませんか?」
「あなたの顔・・・?」
「・・・いえ、いいです。ありがとうございます」
会見を終えて首相官邸から移動用の公用車に乗せられた時、ウコクが紫華に訊いた。
「紫華、さっきの総理への質問は何だったんだい?」
「・・・わたしも無意識だったの。ただ、インスピレーションというか歌詞を作るときみたいな感覚で『あ、これ言わなきゃ』って感じで会話することが最近時々あって・・・」
「へえ? 俺ともか?」
馬頭がおどけて言うと紫華は馬頭の目を真っ直ぐ見て言った。
「あなたとはいつも正気」
はあ? と顔を歪める馬頭に蓮花が笑いながら声をかける。
「ぷ。『本気』ならまだ恋愛沙汰のセリフだが『正気』って訳分からんな。さすが紫華、いいセンスだ」
カナエは後部座席を振り返りながら紫華に質問する。
「紫華。睡眠は取れてるの?」
「・・・明け方によく目を覚ます。夢を見て」
「夢?」
「空から落ちる夢」
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