幸運は下水溝に捨てろ
理由は至極単純で、「平等じゃない」から。
「渾身の努力を続けた者が幸運を掴める」と言う人たちもいるにはいるが、それはそういう人たちが自分で納得してやっていればいいことだ。
前世の行いによって左右されるということを誰かが言う。たとえばもしいじめに遭っている子がいたら、その子に向かって、
「アンタはアンタをいじめてる子に『借り』があるんだよ。前世でアンタがその子をいじめてたんだ。因果応報なんだよ」
こういうことを言う人間がいる。
しかも、それがそのいじめられている子の親だったりする。
だから紫華はこういう論法を叩き潰そうと、歌を歌う時には全力で圧力を込めた声を絞り出した。
「因果応報などと言うなら幸運なんかドブに捨ててしまえばいい」
そして紫華は本当にそういう詩を新曲で歌った。
「『不幸』」
ようやく1,000人規模のライブハウスでのツーマンライブにこぎ着けた
しかも紫華は意図して掠れた声で親指を下に向けて。
紫華が歌い始めると会場はカルトの儀式でも執り行われるかのような、今すぐにライブハウスから出てしまわないと取り返しがつかなくなるのではないかという無意識の意識に支配された。
ネタが尽きた
もう空っぽ
ならどうする
君ならどうする
僕ならこうする
全部捨てる
本棚も
中の本も
作った歌も
おカネも
見てごらん
世の中突き詰めりゃ
要らぬものばかり
用無しの洋梨さ、まったく
良き言葉を吐け?
代わりにゲロ吐くよ
だってゲロ吐いたわたしに
アンタは嘲笑するばかり
良き言葉などありゃしない・・・・
『どうしちゃったんだよ!』
というのがデビュー以来マディソン・スクエア・ガーデンの凋落を経てもフォローし続けてくれたコアなファンの本音だった。
それでこのライブの動画が配信された瞬間に親指を下に向けるマークのボタンが次々に押されていった。
『もうファンやめます』
『紫華、疲れてるんだよね』
『エンターテイメントを舐めるな』
ディスりというよりはこれこそ自業自得、因果応報だろうと誰しもが思った。
けれども紫華もカナエもバンドのメンバーも、全員一向に頓着しなかった。
その理由も極めて単純だ。
この歌の方が事実だから。本当だから。
紫華が自分のアカウントでツイートした。
『臭いものに蓋をするのはもうやめました。だって、50年ほどで死んじゃうのに隠したって意味がない』
嵐のように紫華を否定しようとする引用ツイートが氾濫した。それに対しても紫華はツイートする。
『引用ツイートじゃなくってわたしのツイートに直接ディスりをリプしてください。完膚なきまでに叩き潰してあげるから』
1週間、紫華のアカウントは炎上し続けた。だが、1週間を過ぎたあたりから別の勢力がツイート数を伸ばしてきた。
いじめられる側の人間たちだった。
『本当のことを歌って何が悪い』
『いじめられる人間にも責任があるって言うなら、オマエが人をいじめる行為の自己責任てなんだよ』
『他人をいたぶるやつが「運」なんかで充実した人生を過ごすなんてあり得ない!』
だがこれに対してさらに「いじめる側」「いたぶる側」の人間たちが必死になって応戦する。
『過去のいじめをグチグチ言う奴はそこで成長が止まってる』
『キモいオマエが悪い』
『いじめからはとにかく逃げろ! カッコつけて戦うとか言うな!』
『人間関係稚拙なだーけ』
渦中の紫華はほとんど間髪入れずに動画をアップした。更なる新曲だ。
しかも、バンドではなく、紫華が慣れないアコースティックギターを抱えてアヴァンギャルドな演奏を自らしながらたった一人で、歌った。
「『死ぬべきはどっちだ』」
投げやりに曲名をつぶやいて、いきなりアコギをかき鳴らす。チューニングもコードもまったく無視した、けれどもすさまじいまでのストロークで。
飛べよ
今すぐ
そり立つビルの真上から
わかってるとは思うけど
飛ぶのはオマエだクソ野郎
帰れよ
今すぐ
ざわめくクラスの中からよ
わかってるとは思うけど
行くのはオマエだクソ野郎
狂えよ
今すぐ
仲間の笑う目の前で
わかってるとは思うけど
狂うのはオマエだクソ野郎
バズった。炎上とは決定的に違う、明らかに自分たちの立場を『クソ野郎』どもと完全に逆転させようとするならばこの瞬間に全力で拡散するしかないと日本中の「いじめられる側」の人間たちがスマホに没入して拡散を続けた。
平常心の14歳のロックンロール・バンドのフロント・ウーマンたるその少女のたった2分の動画をまるで怒れる女神を扱うような厳重さと畏怖とでもって、虐げ続けられてきた人間たちが、反撃のツイートを全人生を賭けるような鬼気迫る渾身の力を指先に込めて、撃ち込み続けた。
そして、本当に世界が変わった。
たった一夜で。
『#いじめる側が悪い』
このタグ付けのツイートがありとあるツイートのトップに君臨し、いたぶる側のくだらない遠吠えを駆逐した。
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