ロック漬け
朝はプリンスの’Starfish & Coffee’の目覚まし時計のリング音で起こし、朝食の目玉焼きを作る時はニック・ロウの’Born Fighter’を流し、スタジオへ出かける前にはTOTOの’子供の凱歌'で気分を盛り上げる。
歌えないと自信を無くす時にはストーンズの’If you can’t Rock me (somebody will)’ でその気にさせ、眠りに就く時はREMの’Shinny happy people’で安らかな幸福感を与えてやる。
カナエは紫華を愛おしんだ。
叔母が彼女にそうせずにはいられなかったのと同じように。
『不思議な子・・・』
決して明るい子ではない。
特別な美人という訳でもない。
だけれども愛さずにはいられない。
どうして同級のビッチどもはこの子の本質を見抜けなかったのか。
いや、本質を見抜いたからこそ自分との圧倒的な人間としての差に焦燥を感じ潰そうとしたのか。
「カナエ。もっと頂戴」
「紫華。気に入った曲を何度も聴き込む方がいい時もあるのよ」
「もう覚えた」
それは事実だった。
驚いたことに紫華は歌詞を意味ではなく『音』としてココロにフラッシュメモリーのように記憶していた。
日本語も英語も。
しかも感情ない記号としての記憶では決してなく、ヴォーカリストのシャウト、抑揚、喘ぎ、呼吸の乱れからすら楽曲の伝えんとすることを完璧に汲み取ってそれどころか独自の解釈すら加えていた。
「誰が気に入った?」
「日本語圏ならエレファントカシマシの宮本浩次。英語圏ならプリンスとドアーズのジム・モリソン」
「へえ・・・」
そしてさらにカナエを驚愕させたのは。
「♪〜 ドゥドゥドゥドゥロロロ〜♪」
「紫華、それ・・・」
「エレファントカシマシの『今宵の月のように』のベース。ほんとに綺麗」
切ないベースラインを半音違わず言い当て、ハミングと舌先を交えたような奏法で完コピしてみせた。
ベースだけではない。ギターも、ドラムのスネアとハイハットも寸分違わず。
『天才・・・』
カナエはそう思ったが当然のことかもしれないとも感じた。
『わたしもいじめに遭っていたその瞬間にプリンスの’Let’s go crazy’をリズムボックスのクラッシュ音に至るまで緻密に再現して脳内で鳴らし続けてた・・・』
コンビニに入れば今バズっているSuspended 4thの‘ストラトキャスター・シーサイド‘のヴォーカルをなぞって小声で歌いその声が男性シンガーの男声と完全にシンクロすると店員も客も紫華を振り返って’女!?‘と驚愕した。
「紫華。歌うの楽しい?」
「うーん。楽しいって言うのとはちょっと違うかな。なんていうか・・・歌わずにはいられない、っていうか」
ホンモノだ。
もしこの子がトップに立てなかったらそれはわたしの責任だ。
カナエはそう思い女だてらに武者震いした。
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