絶叫
スタジオライトの一番明るい、いわば真紅のエリアに立つ
マスターが駆け寄り、女神にするような丁重さでスタンドのマイクの位置を下げる。紫華の身長に合わせて低い位置にセッティングされるマイク。
軽いハウリングに一瞬身を震わせる紫華。
カナエはその仕草を観てむしろこう思った。
『なんて可憐なヴォーカル』
そして思わず中二病的なセリフを口にした。
「姫さま。声を出してみて」
カナエの呼びかけにうっすらと唇を開ける紫華。そのまま30秒が経過した。
「どうした?」
リーダーとして蓮花も声をかける。
「なんでもいい。臆さなくても恥ずかしがらなくてもいい。紫華の歌いたいように声を出せばいい」
「蓮花、声が・・・出ない」
「そうか・・・」
紫華と蓮花のやりとりが終わるか終わらないかのタイミングで轟音が響いた。
ウコクのストラトキャスターだ。
何度も何度も右腕をぐるぐるまわすようなストロークをかまし、エフェクターのペダルをにじるように踏み込み、ディストーション・ノイズをスタジオに鳴り響かせる。
拷問のような数十秒だった。
ウコクはスタジオにいる人間全員が難聴になろうともノイズを中断しない決意を持っていた。
紫華が声を出すまで。
蓮花がウコクに呼応した。
4本指で弦を間隙なくボボボボ、と弾き出す。
馬頭がスネアをマシン・ガンのように打撃する。そしてタムを打撃の連打の中に撃ち込み、ガトリング砲のような重圧とスピードのドラムを叩き込む。
「う・・・」
紫華は右手の爪を左腕の二の腕に食い込ませるように掴みながら発声しようとしていた。
最初の一声が出たあとは一気だった。
両手でワシワシと髪をかきむしりながら、叫んだ。
「うああああああああ!
うおおおおおおおお!
うあーっ!
たあーっ!
ホウッ!」
絶叫が世をつんざいた。
地獄のような、けれども恍惚の瞬間。
蓮花は重圧な製紙工場の機械に小指を消し去られた瞬間の。
ウコクは妻子が通り魔にサバイバルナイフで腹をえぐられる瞬間の。
馬頭は安置所となった小学校の体育館でバンドメンバー3人の腐敗した遺体を確認した瞬間のその記憶を脳内に再び捩じ込まれていた。
蓮花が、「ヘイ!」とコーラスマイクにがなってオーダーする。
「最速! 全力!」
命ギリギリのような演奏を開始する3人。身体能力の限界に挑戦するかのような鬼気迫る演奏が展開される。
だが、おそらくは歌唱技法を一切知らないであろう紫華の絶叫はそれを上回った。
「るーらっ!
らるらるらるらあ、るらららっ!
えっ!
ガガガガガガガ! ドドドドォ!
ヘイ!」
エンディングでウコクは50代とは思えないシャープな体幹の回転軸でギターをぶん回し、蓮花は小指をたった今、弦で切り飛ばしたのではないかというスピードのススラップを見せ、馬頭はリスト骨折確実なパワーとスピードでドラムロールを繰り出す。
そして、出た。
「イーーーエェェェイーーーヤアアッ!!」
女だからということではなく、ツェッペリンのロバート・プラント、ガンズン・ローゼズのアクセル・ローズ、T-REXのマーク・ボラン、アレサ・フランクリン、ティナ・ターナー、ありとあるヴォーカリストたちの音域も音圧も激情も凌駕する紫華のシャウトが3人の男どものパートの残響音をも飲み込んで締めくくった。
「ブラボー!!!」
オーナーが頭上でクラップして叫ぶ。
涙さえ流しながら。
『なんなの、こいつら』
カナエは神にすら誓う思いだった。
『わたしはこいつらを売る。こいつらを必ず世界一の呼称にのし上げる。こいつらが売れなかったらわたしの方から世界を見限ってやる』
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