ONE・『Opening Act』
5人暮らし
4人のバンドメンバーにあてがわれたのは東京都内の古いマンションだった。
零細レーベル『GUN & ME』が本社を置く池袋の隣の駅、大塚にある築年数が半世紀に近い7階建のマンション。
1Fが大家の住居で2Fが探偵事務所と輸入学術書専門書店の入ったテナントフロア。
3Fの3室に
「カナエさんもか」
「よろしくね」
蓮花と挨拶を交わし、カナエは紫華の隣の部屋に荷物を運び込んだ。
「紫華。よろしくね」
「カナエさん。こちらこそよろしくお願いします」
それぞれが引越し作業を終えたあと、荷解きもそこそこに1Fの談話ソファでミーティングをした。
カナエが場を仕切る。
「みんな、今日からよろしくお願いします。早速デビューまでのスケジュールを説明します」
そう言ってタブレットPCをスクロールする。
「デビューは3ヶ月後、8月15日よ」
「タイトだな」
「そうよ。蓮花。あなたにはリーダーとして進捗管理をお願いしたいわ」
「曲作りもか」
「もちろん。あ。それと迅速な意思疎通と情報共有を行うために敬称禁止。敬語も禁止よ。わたしに対しても一切気を遣わないで」
「なるほど。ロックバンドだしな」
「それは関係ない」
軽く笑い合ったあとはそれが区切りだったかのように全員、プロの眼になった。紫華さえも。
「練習スタジオは坂を降りた駅前の地下にあるわ。歩いて5分。ライブハウスよ。オーナーと長期契約を交わして鍵も預かってるから24時間使えるわ」
「個人練習は」
「マンションのすぐ近くに大塚公園があるわ。生音やハンディタイプのアンプで常識的な音量で各自やってちょうだい」
「それよりも」
馬頭が話を区切った。
「紫華は大丈夫なのか」
「大丈夫って?」
「カナエ。あんただって分からないんだろ? 紫華のポテンシャルが」
「分かるわ」
「へえ」
「無限よ」
「ふざけん・・・」
言い掛けて馬頭は言葉を換えた。
「曖昧なこと言うな。ヒデシみたいにオクターブ数、声質、ヴィブラート、全部数値化しろ」
「聴いた方が早いわ」
5人はそのまま立ち上がって練習スタジオのあるライブハウスへ移動した。それは『Born Fighter』という店だった。
「オーナー。こんにちは。早速お願いします」
「おー。カナエさん、待ちかねたよ。なにせ『世界一のロックンロール・バンド』だ。バンド名は?」
「まだ決めてないわ」
「ほー。じゃあ、俺が名付け親になる目もアリか」
「ふふ。クールなやつ考えてみて」
もう蒸す季節だったが地下スタジオは冷気が充満していた。カナエが照明を、コ、と灯すと静かなどよめきが起こった。
「おお」
「すげえ」
ぐるりとスタジオ内を見渡す。
「これが個人経営のスタジオかよ」
「見ろよ。指紋ひとつついてないぞ」
楽器は新調された。
今使っている慣れ親しんだものもあるだろうが、全く異なる人生=苦悩を歩んできた4人がバンド・アンサンブルを築き上げるために楽器も真新しい初めてのものとした。
「わたしのはからいよ」
「フェンダー・ストラトキャスター、フェンダー・ジャズベース、YAMAHA」
それぞれのポジションのスタンドに楽器が置かれている。男3人はまっすぐ自分の位置に歩み、ウコクはストラトキャスターを、蓮花はジャズベースを手に取り、馬頭はYAMAHAのドラム・キットの前に座った。
紫華は入り口の辺りに立ったままみんなの様子を見つめている。
「あなたは真ん中よ」
カナエが紫華に声を掛ける。
「マイクスタンドの前があなたの定位置。あなたは誰がなんと言おうと絶対的なフロント・ウーマンなのよ」
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