カナエ (Pd)

 待ってたんだよこの時を。

 ウチの社長がついに決断した。


「カナエ。世界一のロックバンドを創れ」


 わたしは音楽を愛している。

 ロックを愛している。

 子供の頃、いじめの地獄のど真ん中にいた時、わたしは脳内でロックンロールを爆音で鳴らしながら毎日を生きていた。

 殴られ続ける間、その卑怯な暴力や暴言を遍く成層圏の彼方へ飛ばし去るように、轟音のギターを、鳩尾に沁みるベースを、間隙の無い神速のドラムを、数々のヴォーカリストたちのシャウトを鳴らし続けた。


 だから、死んでいない。

 この年齢まで生きている。


 ロックンロールが無かったら、この世の多くの10代以下の人間は死滅してしまうだろう。


 社長が言う『世界一のロックバンド』の定義を今一度わたしは考える。


 楽曲のセールス?

 ライブの動員数?

 タイアップの数?

 メディアへの露出?

 芸術性?


 違う。


 わたしの出した答え。


『辛酸』、だよ。


「世界一のバンドを創る」


 中二病そのものの野心。

 しかもウチのような、社員への給与支払いのための資金繰りすら綱渡りの零細レーベルが。


 そういう、ひょっとしたらバカと思われるかもしれない嘲笑われるかもしれないことを、真正面から本気でやり尽くすための原動力。


 それは狂って死にそうになるぐらいの辛酸を経験したこと。


 そういうメンバーが揃った時、きっと「世界一」の定義を最終的に決めることができるだろう。


 わたしは聴いてみたい。

 世界一のバンドの音を。


 観てみたい。

 14歳の女子のヴォーカルが、咆哮のように夜空をつんざく光景を。


 さあ、出かけよう。

 営業用の軽四ワゴンに乗って。

 メンバーのスカウトに。


 わたしの脳内にメンバー表はできてる。


 そのクソッタレのように最高な4ピースバンドを創るために!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る