1st bullet ! (初弾!)

「ストリートが初演よ」


 曲が10曲溜まったところでバンドを晒すことにした。


 1ヶ月で10曲を作った。

 それだけでも凄いことなのだが採用としたのが10曲なのであって実際にすぐに演奏できる曲は100曲を超えた。

 歌詞も、だった。


 ジャズの即興演奏に似ていた。

 地下スタジオでウコク、蓮花レンカ馬頭バズがジャムると10分で1曲できる。それに歌詞をつけるのが、紫華シハナ


「え。わざわざ考えないよ。もうできてるもの」


 こともなげにそう言って100曲の魂こもった詩を書いた。

 紫華いわく、日常の一挙手一投足を詩的に生きているのだと。逆に、


「みんなは違うの?」


 と創作者としての姿勢を男どもが問い詰められる結果となった。


 そして紫華はこうも懇願した。


「カナエも書いて?」


 紫華に請われてカナエは選考に残った10曲の内3曲の詩を書いた。カナエも辛酸多い人生を生きてきている。その集大成のつもりで神経をギリギリまですり減らしながら書いた。


 だが、肝心なものがまだだった。


「バンド名、どうする?」


 リーダーの蓮花が他のメンバーにアイディアを募る有様だった。


「だって俺、色んなバンドを渡り歩いてるだけだったからな」


 言い訳する蓮花を、だが他のメンバーも責めることができなかった。

 何も出ないのだ。


「カナエ、なんかないか?」

「これはバンド自身が思い入れを持ってつけるもんでしょ」


 カナエに突き放されてマンションのフロントにある談話コーナーのソファに、ぼふっ、と体を沈める男3人。


 さっきから出窓にショートパンツの足を伸ばして座り空を見上げていた紫華が歌声のように澄んだ声で呟いた。


「あ、綺麗」


 雨上がりの蒸した空気の空に、虹が半分架かっていた。


「それ、いいね」


 ウコクが紫華の横顔に呟く。紫華でなく馬頭が反応する。


「『虹』? 月並みすぎない?」

「違うよ。あ、綺麗、だよ」

「はあ?」

「それだとあまりにもストレートすぎるから、『Aエイ-KIREIキレイ』って発音したらどうだろう」


 呆気にとられる蓮花と馬頭。

 カナエが言った。


「単純。あきれた」

「お、上手い! A-KIREI た、だね」


 ウコクが珍しく口にしたダジャレを全員がスルーしてカナエは紫華に訊いた。


「紫華は? 『Aエイ-KIREIキレイ』どう思う?」

「いいと思う。ウコクのセンス、好き」


 ・・・・・・・・・・


Aエイ-KIREIキレイです」


 紫華が紹介して記念すべきA - KIREIの1st アクトが始まった。


 場所:池袋駅西口。

 時刻:21:00

 観客:3名

 楽曲:『綺麗』


 紫華が少女らしい清涼な詩をつけたバラードだった。


 ゆっくりと正確なピッキングでウコクが切ないメロディーラインを奏でる。

 蓮花が重低音の穏やかで幻想的なベースラインで下支える。


 オーディエンスは紫華のルックスも見逃さない。


 決して派手さは無いが、夏へと変わろうとする季節の風の中、ショートパンツからすらりと伸びた脚の爪先から少し癖っ毛のある頭髪のてっぺんまでの緩やかな曲線を帯びたきわめて真っ直ぐに近いそのフォルムが、名前の通り、紫の名もない美しい花の一輪挿しを連想させた。


 オーディエンスの内2人は女子高生なのだが、やはり女子である紫華の可憐さに引き込まれていた。


 そして、クライマックスの、紫華の独唱。


 超低音から一気に3オクターブを駆け上がり、声量をその3オクターブ上限の状態から最大へと持っていく。

 だが、そこでもまだ終わらなかった。

 声量を抑えて更に1オクターブ上げ、そこで今日最大の音量を放つ。


 紫華の声が、雲の切れ間の月に到達するように上空に舞い上がった。


 雑踏が一瞬で振り向いた。


 ガッ、ガッ、ガキィィィン!

 ボボボボボボ、ボルゥボルゥドルルル!

 ズダダダダダダダダダッダドゥララ、シャシャシャーンン!!


 ウコクのストラトキャスター、蓮花のジャズベース、馬頭のYAMAHAのドラムキットが、コンマ1秒かからずに爆発した。


「イェア!」


 シャウト一声、紫華が2曲目、『ガトリングコミッティー・ストライクス・アゲイン』を歌い始める。


 踊れ踊れ踊れ踊り狂え!

 歌え歌え歌え歌い叫べ!

 笑え笑え笑え笑い死ね!


 我ら集うは今宵の月夜

 三世を貫く闇夜の光

 朝顔夜露に濡らし尽くして

 息も絶え絶え生きて行くのさ!


 ギターソロに紫華は激しいステップでウコクに近づき、彼の伸ばした襟足を指で搔き上げる。


 ヒュゥッ! といつの間にか寄せ集まっていた群衆の誰かが指笛を吹く。


 カナエはこの風景すべてをカメラでLIVE配信している。心配なのは轟音で音が歪んでいないかと、一気に集まってきたオーディエンスに押しのけられて最もよい撮影ポイントを奪われてしまったことだ。


「ヤベエ。カッケーよ」


 もはやカナエのカメラを通してではなく、群衆のスマホが一斉配信している。


 ただ、バンドの4人はストイックに演奏に集中している。誰かが蓮花の指に気づいた。


「小指ないよ。ヤーさんかな」


 紫華が怒鳴る。


「小指分のパッションあるよっ!」


 ここぞと蓮花が最速のスラッピングを見せる。


 黙る観客。唸る観客。歓喜の声を上げる観客。


 ウコクが膝からアスファルトに滑り込んで破れたジーンズのほつれた繊維を更にぐちゃぐちゃにして、そのままギターをかきならす。


 馬頭がバスドラ、スネア、タム、シンバルを乱打し、オーディエンスの鼓膜と横隔膜をビリビリと震わせる。


 蓮花が右手だけで弦を弾きながら、左の4本指の中指を突き立てる。


「はっ!」


 紫華が自分の身長を超える高さぐらいにジャンプし、着地の瞬間に全パートが最大音圧の残響音を響かせて終了した。


Aエイ-KIREIキレイ、来月ミニアルバム出すから!」


 紫華が普段の声に戻って伝言し、そのまま4人は、ザ・ザ、と広場を後にした。

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