第一章4 『初の下校、そして。』

 


 小学校一年生初日も無事に終わった。


 今日は自己紹介をして、教科書を貰って、少しだけオリエンテーションをして下校なので、下校する時はまだ正午にもなっていなかった。


 太陽があと少しで頂上まで登るという時間帯に校庭で集まり、下校中のスローガンなるものを新一年生で斉唱し、いざ、帰宅、いや下校。


 ちなみに、住んでいる地区ごとに列を成して並んでいて、その中でも家が近いもの同士で班を作る。

 その為、家が遠いところにあるもっちゃんは大分離れたところの列に居て、そして驚いたことに、史織とは同じ列のさらに同じ班であった。


 確かに朝出会ったとはいえど、そんなに近い所に家があったとは思わなかった。

 あ、でも確か冬川なんて言う名字の家を見かけた事があるような無いような……。まぁいいか。


「あ〜やっと帰れる〜」


 伸びをしながら歩き出す。やたらと長く感じた一日、いや半日だったような気がして、一気に疲労感が増す。


「ちょっと大輝?今日はまだ半日なのよ?これから一日になるのにそんなので大丈夫なの?」


「大丈夫だって」


 お母さんにそんな事を言われるので、平気だと言い返す。

 今日はやたらと驚くことがあったから疲れてるだけだ。きっと学校が本格的に始まれば、いつも通り大丈夫になるはず。


「まぁまぁ、まだまだ慣れないことだらけですし、それで疲れちゃったんじゃないですか?」


 ほら、冬川さんもそう言ってるし。


「そうならいいんですけどね〜」


 いや、そうなんだよお母さん。


「大輝くん!そういえば大輝くん家ってどこなの?同じ班だからかなり近いと思うんだけど!」


「え?あぁ……なんなら今から来る?」


 と、我ながら早急なことを言い出してしまった、と思う。


 お母さんから厳しい視線を感じる。


 ──家に呼ぶときは事前に言えといつも言ってるでしょ。


 ──ごめんなさい!今日だけでいいから!


 ──……はぁ、分かったわ。


 と、声には出さない会話をする。


「え!いいの!?行きたい行きたい!」


「ちょっと史織、そんないきなり行ったら迷惑になるでしょう?」


 と、冬川さんが史織の肩をたたく。


「いえいえ、冬川さん、全然大丈夫ですよ。せっかくこうして午前中で終わったんですから、午後は遊ばせてあげましょうよ」


 と、お母さんがフォローする。


「そ、そうですか。松村さんがそう言うのなら……史織、お邪魔させてもらいなさい。でも失礼のないようにね」


「大丈夫だよ!」


 史織がお母さんに向かって──おじゃまします!……と言い、頭を下げた。

 お母さんも──ゆっくりしていってね……と微笑む。


 しかし、冬川さんはそれでもまだ納得いかないのか、


「でも史織?私服に着替えてから行きなさい。その格好じゃあお家を汚しちゃうわ」


「あぁ、確かに。じゃあ一回家で着替えてから行くね!」


 おぉ、史織の私服姿を早速見れるのか、やった。


「ん?でもそれだと、家まで来れなくない?」


 史織は僕ん家知らないから、着替えるために一度別れたらその後家に来れなくなるはず。

 ダメじゃないか。


「あ、そっか。……どうしよ」


 困る史織。

 ここは、一応男の僕が気を効かせるところだ。


「じゃあ僕が史織ん家までついてくよ。それで着替えたら一緒に行こう」


 これでいい。

 これだったらついでに史織家もどこか分かるからね。

 ……別に狙ってたわけじゃないぞ。


「え、そんなの悪いよ!」


 史織が手を振る。


「でもそれぐらいしか方法が無いと思うよ?」


 男が女の子を家まで送っていくなんて、別に普通じゃないか。僕は何にも気にしてない。


「……じゃあ、お願いしてもいい?」


「おう!」




 ……さて、こうして誘ったのはいいものの、一体何をすればいいのやら……。

















 ……一方その頃。


 互いのお母さん方はというと、クスクスと笑い合っていた。

 理由は、二人が幼いカップルに見えたからではなく、会話自体が面白かったからでもなく。


 ……何故私たちの事は考えてないのか、という事だった。

 親はお互いの家の場所なんて知っているのにね。



 それでもただクスクスと笑っていただけだったのは、二人の子供の仲が上手くいく事を願って……だったとか……。




  ☆ ☆ ☆



 登校時に大輝くんと出会った場所まで戻ってきた。

 そのまま直進すると、朝大輝くんが歩いてきた方向だから、きっとそっちに大輝くん家があるのだろう。


 でも今は私の家に帰る最中なので、そこで左に曲がる。こっちが私の家のある方向だ。


 ここで松村さんと別れて、お母さんと私と大輝くんの三人になる。


 特に話題もなく、ただ歩き続けていると、途中でお母さんが電話をし始めた。


 その内容はというと、


『お客さんが来るからお茶の準備をしておいて。それと史織の服も準備しておいて。…………あぁ、史織の将来の旦那さんになる子かも。……えぇ、それもちゃんと考えているわ。でも今は今よ。……えぇ、任せたわ』


 というものだった。


 大輝くんをもてなす準備と、私の着替えの準備を執事たちに頼んでいるようだった。

 途中、将来の私の旦那さんというワードが聞こえて、大輝くんにそれが聞こえてないか焦ったけれど、それはどうやら杞憂だったらしい。




 そうこうしているうちに私の家の前まで着いた。


 私はもう慣れてしまったけれど、初見の人は必ずビックリするだろう。


 隣を見ると、案の定大輝くんも唖然としている。



 ──何故かというのも。



 私の家は、どうやら財閥というものの一つらしく、冬川財閥というらしい。


 財閥というのは簡単に言うと、たくさんの会社をまとめているグループだと、お父さんから説明されている。

 それぐらい力のあるグループだから、当然一般的な家庭よりかは裕福であるため、この生活が普通だと考えてはいけないと、何度も言い聞かされてきた。


 たくさんのお客様が来るから、家の見た目も良くしておかないと威厳が失われるとか何とかで、すごく大きく作られている。


 まず目に入るのは、家が見えないほどの大きな門。

 監視カメラが数個付けられていて、いつも外を見張っている人が居るのだとか。

 そこで誰が来たのかを確認して、身内だと分かれば門を開けてくれて、そうでなければ、名前と用件を言わせてから門を開けたりしているらしい。セキュリティはバッチリのようだ。



 そして門をくぐると、そこには大きな前庭が広がっている。中央には噴水があり、その周囲には花壇とベンチが。道の脇には低木が植えられており、ツツジが咲いたりする。

 子供が走り回れるくらいの芝生もあり、私もよくそこで走り回ったものだ。



 広い前庭を抜けると、いよいよ家だ。家、というか屋敷に近いのだろうか。

 やたらと幅の広い階段を上ると、これまた大きな扉があって、それが玄関である。

 厳重な門があるので既にセキュリティは万全だとは思うが、万が一侵入された時を考えて、扉にも鍵はかかっている。


 家に入ると、まず広い玄関があり…………などと説明しているとキリがないので、ここら辺でやめておく。



 つまりは、とにかく大きな家だということだ。


 だから、大輝くんが唖然とするのも無理はない。


「帰ってきたわ〜、開けてちょうだい」


 とお母さんが言うと、すぐに門が開く。ちなみに完全オート式。手動ではない。


「……うわ、でっけぇ……!!」


 大輝くんが驚きながら言う。


「じゃあ、史織は先に行って早く着替えて来なさい。大輝君は私が連れて行くから」


「わかった。じゃあ後でね!」


 そう言い残して走りだす。


 どんな服にしようかな……何するのかな……。


 などと考えながら走っていると、いつもは長く感じる道のりがとても短く感じた。



  ☆ ☆ ☆



 ……取り残された僕は、冬川さんと少しばかり前庭を歩いた。

 何もかもが大きくて広くて、とにかく驚きでいっぱいだった。


 そう、どこかで聞いたことのある名字だったのだが、冬川というのは冬川財閥の冬川だった。

 たしか数十にも及ぶ企業の親玉とかなんとかで、子供の僕でも聞いたことがある。


 近くにその本部があるとは聞いていたが、まさかこんな近くにあったとは…………それも史織がそこの家の子だったなんて。



 なぜか急に、今までより彼女との距離が離れてしまったような気がした。

 今まで身近だと思っていたものが、急に別世界のものになってしまったような、そんな気が。


「じゃあ、行こっか」


「は、はい」


 冬川さんにそう言われて慌ててついて行く。


 今日の学校はどうだった?とか、何か好きなことはある?だとか、今日の自己紹介面白かったよ、などと話しながら徐々に屋敷に近づいていく。


 そして、あと玄関まで十メートルぐらいのところで、唐突に冬川さんがこちらへ振り向いた。


 どうしたんだろうと困惑していると、急に冬川さんが目線を下げるために片膝をついて、僕の左手を取ってきた。


 え、え、と僕はさらに困惑する。


 すると、冬川さんが口を開いた。

 ──まるで、さっきまでの僕の心を読んでいたかのように。



「あのね、大輝君。ひとつだけお願いしたいことがあるんだけど、いいかな」


「な、なんですか?」


 僕は続きを促す。

 冬川さんは一瞬躊躇ったが、やがて決心したように僕と目を合わせて、言った。


「大輝君。賢いあなたならもう分かっていると思うけど、この家は少し変わっているの。財閥っていうのは聞いたことあるかな」


 僕は首肯する。


「そう、ならよかった。それじゃあ、冬川財閥っていうグループがあるというのも知ってるかな」


 再度僕は首肯する。


「……よく知っているのね、お母さんビックリ。……そっか。じゃあ史織の立場もちょっとは分かったりもするかな、これも愚問かもしれないけど」


 再々度僕は首肯する。


「……じゃあここからお願いね」


 冬川さんが顔を伏せる。

 



 一体どんなお願いだろうかと、僕は唾を飲み込む。


 さっきまでの雰囲気とは全く違う、真剣な空気。


 どんな事でも引き受けるつもりで、心を引き締める。


 ────なんでもこい、迷わず了承してやる。






 再び冬川さんが顔を上げて、言った。





















































































「……私と、結婚してくれますか?」「はい、もちろんです」
































































 は?







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