第一章2 『いざ学校へ』

 


 手を繋いで歩くこと早十分。

 僕たちは校門前まで来た。


 周りには僕たちと同じように、今日入学する子たち、言うなれば同級生となる子たちが続々とやって来る。


 そして、彼らが決まってやることは、校門に立てかけられている『入学式』という看板の前で写真を撮ることだ。


 女の子たちは積極的に写真を撮っているが、男の子たちは基本的に恥ずかしがっている。

 そうやって躊躇っていると、どんどん列が長くなってしまうので、お母さんが無理やり手を引っ張って写真を撮ってもらおうとする。

 せっかく撮った写真も、親は笑顔だが、子供はふくれっ面である。


 …………でもまぁ。

 …………僕もその気持ちは分かるし。

 …………写真、嫌だよな。撮るのはいいけど撮られるのは恥ずかしいよな。



 何故こうして庇っているのかというと。


 今僕たちも、その列に漏れず、列に並んで写真待ち中なのである。

 お母さんは案の定、目が爛々としており、絶対にノーとは言わないだろう。僕も半分諦めている。

 そう、半分諦めているのだ、写真を撮ることになるのは。

 写真を撮るだけならいい。写真を撮るだけならいいんだ、


 でも。



「冬川さん!せっかくですし、家族ごとで撮った後に一緒に撮りましょうよ!」


「あ、いいですね!是非撮りましょう!」



 ……冬川家と一緒に撮ることになっている。

 ……それは何としても避けたい……!!


 ……あ、いや、冬川さん達と同じフレームに収まりたくないとかそういうんじゃなくて……。


 ……史織と一緒に写真を撮るのが……ちょっとだけ恥ずかしいというか……。い、いや、ちょっとだけだよちょっとだけ!



 というわけで最後の抵抗をしてみる。


「ねぇお母さん、みんな待ってるから早く済ませた方がいいよ!」


「……?」



 ……散った。

 母の無言の圧力の前に、僕の最後の抵抗はあっけなく散った。

 諦めるしかないか……。

 いやでもまだ最後の切り札がっ!


「史織ちゃんも一緒に撮りたいよね?」


 と、お母さんが訊いている。

 そう、史織が嫌がってくれればそれで……っ!


「は、はい!もちろんです!」


 ………………(諦観)。


 ま、まぁ史織もなんか嬉しそうだから、これで良かったとしよう。



 次々と写真を撮っていく家族を眺めていると、時期に僕たちの番が回ってきた。


「さぁ、笑って笑って〜!」


 おそらく学校の先生だと思われる人が、お母さんのカメラを向けてくる。

 流石学校の先生というだけあり、とても手慣れている様子だ。


 僕は精一杯笑う。必死に笑う。歯を出してニー、と。


「はいっ、チーズ!」


 先生が言う。


 しかしタイミングの悪いことに。


 その時一瞬だけ視線を史織に移すと、史織は口に手を当てて抑え気味に笑っていた。


「ちょ、史織笑うなって!」


 ──カシャ。


「あ、こらーダメでしょ?動いちゃ」


 先生に注意される。


「え、ぁ、……ごめんなさい」


 僕は謝る。恥ずかしくて顔が熱くなる。

 史織をチラリと見ると、さっきよりも笑っていた。

 もっと顔が熱くなる。

 これは怒りで熱くなっているのか、羞恥で熱くなっているのか、もう分からない。


「それじゃあもう一回!はいっ、チーズ!」


 ──カシャ。




 ──こうして、満面の笑顔のお母さんと、顔を赤くしながらふくれっ面の僕の写真が残ることとなった。



 ──それを見て、なんかの仮面みたいっ!と笑われる事になるのは、また別のお話。



 ☆ ☆ ☆



 たいよう君たちと横に並んで歩いて十分ほど。

 私たちは校門前まで来た。


 周りには私たちと同じように、今日入学する子たち、言い換えれば同級生となる子たちが続々とやって来る。


 そして、みんなが決まってやることは、校門に立てかけられている『入学式』という看板の前で写真を撮ることだ。


 女の子たちは積極的に写真を撮っているけれど、男の子たちはだいたい恥ずかしがっている。

 そうやって躊躇っていると、どんどん列が長くなっていってしまうので、お母さん方が無理やり手を引っ張って写真を撮ってもらおうとする。

 しかし、せっかく撮った写真も、親は笑顔だが、子供はふくれっ面だ。


 男の子ってどうして写真嫌いなのかな?

 写真撮るのって楽しいし、思い出が残って嬉しいと思うんだけど。


 もしかして、たいよう君も写真嫌いなのかな?


 一緒に写真……撮りたかったのにな。


 そう思いながら待機列に並んでいると、


「冬川さん!せっかくですし、家族ごとで撮った後に一緒に撮りましょうよ!」


 と、松村さんが元気よく提案してきた!

 ……え、やった!ラッキー!

 私は目を輝かせる。


「あ、いいですね!是非撮りましょう!」


 お母さんも乗り気だ。よしよし。これでたいよう君と写真を、撮れるぞ!


 そうして嬉しくなっていたけれど、やっぱり現実はそう上手くはいかなくて。


「ねぇお母さん、みんな待ってるから早く済ませた方がいいよ!」


 ……あ。これって、嫌がってるから言う台詞やつだ。

 やっぱり、嫌なのかな……。


 少しだけシュンとしていると、松村さんが


「史織ちゃんも一緒に撮りたいよね?」


 と、目線を下げて訊いてきた。


 えぁ、ちょちょっと待ってっ!

 私は撮りたいけど、でもたいよう君は撮りたくなさそうだし……でもやっぱり私は撮りたい……けどたいよう君が嫌がってることを無理やりさせたくない……。


 あぁもう分かんない!



「は、はい!もちろんです!」


 よし!言い切った!

 たいよう君には申し訳ないけど、やっぱり私は撮りたい!だってこの機会しか無いもん!


 言い切った事実に、段々と気分が上がってくる。

 あ〜ダメ、ちょっとニヤけちゃうかも……。


 いたたまれなさで、たいよう君の方は見れないけれど……。




 そうしてルンルン気分でいたら、たいよう君たちの番が回ってきた。


「さぁ、笑って笑って〜!」


 おそらく学校の先生だと思われる人が、松村さんの自前のカメラを向けている。

 流石学校の先生というだけあり、とても手慣れていて少しだけ驚く。



「はいっ、チーズ!」


 先生が言った。


 ふとたいよう君の顔を見ると、思わず吹き出してしまった。

 すっごく不自然な笑顔で、無理に歯を見せて笑っている。その必死さとは裏腹に、全く笑えていないのが面白くて我慢出来なかったのだ。

 バレないように手で口元を隠す。


 けれど、それで気づいたのか、たいよう君が



「ちょ、史織笑うなって!」


 と、怒ってきた。

 でも、今動いちゃうと……。


 ──カシャ。


「あ、こらーダメでしょ?動いちゃ」


 たいよう君が先生に注意される。


「え、ぁ、……ごめんなさい」


 たいよう君が赤くなる。

 それがまたしても面白くて、さらに笑ってしまう。


 あー本当、たいよう君って面白いな。




 そして、私たちの番が回ってきた。


 私はいつも通りに笑う。


「良い笑顔だねー!じゃあ撮るよー!はいっ、チーズ!」


 ──カシャ。


「おっけー!今日の中で一番良い笑顔だったよ!ナイススマイル!」


「ありがとうございます!」


 頭を少し下げながらチラッとたいよう君の方を見ると、悔しそうに唇を噛みながらこっちを見ていた。


 ……ふふ、笑顔なら誰にも負けないよ!



  ☆ ☆ ☆



「すみません、この四人でもう一枚撮ってもいいですか?」


 と、冬川さんが先生に尋ねる。


「えぇ、もちろんいいですよ!親戚の方ですか?」


「えぇ、そんなところですね」


 え、マジ?僕と史織って親戚の間柄なの?

 そんなこと全く知らないんだけど。


「ね、お母さん。あれって本当?」


 小声でお母さんに聞いてみる。


「嘘よ、仕事で関わりがあるの。今のは適当に濁しておいただけよ」


 と、お母さんが小声で返してくる。


 あーなるほど。時間をとらせない為か。納得。


「じゃあ、お二人もこちらへどうぞ!……そうですね、見た目的にお子さん二人が中央に並ぶ感じですかね!」


「はい、……ほら大輝、もっと寄って」


 え、ちょっ、まだ近づくの?もう史織と手が当たってるんだけど?

 グイグイとお母さんに押される。


 結果的に、史織と肩まで触れた状態で写真を撮った。

 そんなに寄らなくても…………家族写真かっての。


 史織の方を見ると目が合う。

 ……今度は目を逸らさないように、耐えた。史織も少しビックリしている。

 ははは、いつまでも成長しない僕じゃないぞ!


「……一緒に撮れて良かったね!大輝君!」




 その満面の笑みに、僕がまたしても見惚れてしまったのは、もはや言うまでもないだろう。



  ☆ ☆ ☆



「すみません、この四人でもう一枚撮ってもいいですか?」


 と、お母さんが先生に尋ねる。


「えぇ、もちろんいいですよ!親戚の方ですか?」


「えぇ、そんなところですね」


 え、嘘っ!?私とたいよう君って親戚なの?

 そんなの全く知らなかったんだけど。


 お母さんをコソッと肘でつついてみる。

 すると、お母さんは右目でパチっとウィンクをした。



 あぁ、嘘か…………良かった。

 …………いやいや、何が!?



「じゃあ、お二人もこちらへどうぞ!」


 先生がそう言ったので、私たちは先生から向かって右にずれる。

 そして、先生から向かって左にたいよう君たちが立つ。


「そうですね、見た目的にお子さん二人が中央に並ぶ感じですかね!」


「えぇ、……ほら史織、もっと寄って」


 え、ちょっと、まだ近づくの?もうたいよう君と手がくっついちゃってるよ!?

 そのままグイグイとお母さんに押される。


 結果的に、たいよう君と肩まで触れた状態で写真を撮った。

 そんなに寄らなくても…………家族写真みたいじゃん。


 たいよう君の方を見ると目が合う。


 ……あれ?さっきみたいに目を逸らさない……?

 ……もしかして、まだ嫌われてなかったの?


 少しビックリした。さっきも笑っちゃったし、かなり諦めてたんだけど、もしかしてまだ脈アリなのかな……?


 とりあえず……


「……一緒に撮れて良かったね!大輝君!」


 と、精一杯笑って言ってみた。



 ……あれ?たいよう君の顔がどんどん赤くなっていってる?もしかして、急に熱でも出ちゃった!?





 ──自分の笑顔の破壊力に、まだ気付いていない史織だった。



  ☆ ☆ ☆



 無事──?──に、写真も撮り終わり。


 ある程度校内を進むと、あるところに人の群れが出来ていた。

 みんな揃って、張り出されている白い紙を見ている様子。



 ──そう、お楽しみのクラス発表だ。

 自分は何組なのかな、とか、知ってる子はいるかな、とか。

 そんな期待と不安を胸に眺めるものと言ったらこれだろう。


 かく言う僕も、幼稚園の時からの友達と同じクラスになれるかどうか、少しだけ期待している。史織もそうなのだろうか、少しだけソワソワしていた。


 お母さんと史織たちと一緒に遠くから見ていると、最初に名前を見つけたのは史織だった。


「あ!たいよう君の名前見つけた!三組だって!三組!」


「え!マジか!」


 三組に視線を向けて、名簿の最初から見ていく。松村の『マ』だから、名簿だと後ろ辺り。


 ハ行の名字の子がいて。

 えっと、ふない……もとのり……もっちゃんっ!?



 もっちゃん、もといふなもとのり

 コイツこそ僕が一緒のクラスになれるか期待していた、幼稚園の頃の友達だ。この学校に来た唯一の同級生だったのだが、まさか同じクラスになれるとは。


 これは幸先良いぞ……!



「えっと……あ、ほんとだ、あったあった。三組か〜。……ん?あれ、史織も三組じゃない?」


「え!?どこどこ!?」


「ほら、僕の名前の隣。名簿番号が同じで十二番」


 自分の名前の右隣を指差す。


「あ、ホントだ!私も三組だ!」


 史織が手を叩いて喜ぶ。


 そこには『ふゆかわ しおり』の七文字が。


 まさかこんな奇跡が起きるだなんて……。

 それに名簿が同じってことは、席も隣同士……なんだよな?

 ……マジかよ、こんな事あっていいんですか神さま。


 前の席には旧友(三年間)、隣には天使……コホン、史織。


 なんて幸せものなんだ僕は。


 神さま、ありがとう!





 ──出発直後の憂鬱とは一転、一気に学校生活が晴れ晴れしくなりそうな大輝であった。














 ……一方その頃。



「この子達、目が良いのねぇ。私には何も見えないのに。……若いって羨ましいわぁ」


「冬川さんが言っても皮肉にしか聞こえませんよ〜」


「そんな松村さんも、ご冗談を仰らないで下さいよ」


「あら、お上手ですのね〜」



 と、小学生の若さを羨むおばさn……お母様方だった。

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