第十章 マヤと彼氏

 マヤから俺は痣の事情を聞いた。


 俺はマヤに恋人の美樹と美樹の娘の菜花の話もした。



 俺とマヤとゴン太で海に散歩に出掛けた。


 お盆だった。


 子供の頃、お盆の時期は絶対に海に入るなと脅されて育ってきた。


 幽霊が海の奥に引きずり込むとか怖い話をされたよ。


 実際は波が高くなったり潮の流れが変わるからだろうかと思う。



 俺はゴン太とはしゃぐマヤを見つめる。

 小さい岩に腰掛ける俺の足元には蟹がいた。

 俺の見つめる気配に気づき岩陰に隠れる蟹がひどく俺の心を捉えた。


 必死で隠れるさまに。

 隠しているつもりなのだろうがバレバレな姿。

 コツコツ岩に体を当てている。


 滑稽で不格好で。


「蟹のいじらしい姿に己を重ねたりしてるんですかぁ?」

「ひゃあっ」


 足元の蟹をボーッと見ている俺を下からマヤが覗き込んで来たからびっくりした。


「驚いてる〜。うふっ」

「そりゃ驚くわっ!」


 最近、マヤが明るく笑うようになったのが単純に嬉しかった。

 俺はマヤと家族にでもなったみたいな気分で楽しくなっていた。



 マヤは男運が悪い。

 出会う男付き合う男がマヤの話を聞くかぎりひでえ男ばかりだ。

 ヒモにDV、チンピラまがいの野郎ども。

 マヤは家族を持ったことがないからなのか甘い言葉や人の温もりにすがりつきたいようだった。


「マヤはさ、もっと誠実な男を選べ」

「ヒカルさんみたいな?」


 グッと言葉に詰まる。

 俺は女に手を上げたりしない。

 もっと。

 俺なら今まで出会った男たちよりもっとずっとマヤを大事にしてやれる。


 だけど。


「俺はだめだ。俺じゃだめだ。そんな資格はないし不幸が寄って来る」


 マヤが俺の横に座る。

 俺の左半身がマヤを感じてあたたかくなる。


「資格って? 美樹さんと娘の菜花ちゃんが亡くなったのはヒカルさんのせいじゃないでしょ?」

「俺のせいだよ。あの日待ち合わせに早く行かなかった俺が悪いんだ」


 待ち合わせたのは三人でよく遊びに行った海辺のプール付きの公園だった。

 公園にはプールの滑り台の補強工事が翌日から行われるため工事車両が停めてあった。


 急な突風で工事車両の何トンもある大型クレーン車が横倒しになった。

 美樹と菜花はそのクレーン車の下敷きになり犠牲になった。


「工事をするのを知っていたら俺が待ち合わせの時間より早く行っていたら」

「ヒカルさん……」

「二人は死なないですんだんだ! 今も笑って美樹も菜花も暮らしていたはずなのに」


 自分のせいで死んだも同然だ。

 もっと早く待ち合わせ場所に行っていれば運命は変わっていた。

 何度も何度も、もしも、もしもと後悔で押し潰される。


 わなわなと震えてくる俺の手をマヤが握ると俺は涙が零れ出た。

 後から後から嗚咽混じりに溢れ出してしまった悲しみと後悔と涙は次から次へととめどなく流れていつまでも止まらなかった。






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