第ニ章 ヒカルと美樹と菜花

「何で死にたいんだ? 君、名前は?」


 俺は関わり合いにならない方が良いとか思いつつ、彼女に話し掛け続けた。


 死にたいと願う彼女の意識をそこから遠ざけたかった。


「私、麻耶まや。家が無くなっちゃったの」


 マヤは泣き崩れていった。

 俺は慌てて駆け寄った。


「大丈夫か?」

「ごはん、食べたい。何日も食べてないんだ」


 やせ細った体。

 絶望感だけをたたえた瞳に俺は。


 俺はこんなにも助けを必要としている人を放ってはおけなかった。



    ✴✴★✴✴



「美味いか? 悪いな、生憎あいにくそんなもんしか作れる材料しか無かったよ」


 マヤを自分の小さな家に連れて来た。


 海にすぐ近くの親が遺したふるい家。

 平屋の一軒家だ。

 庭には野良犬を引き取って飼っている。


「ゴン太〜。お前にもメシ作ってやっからな」


 縁側から庭を見てゴン太に声を掛けてやる。


「わふっ、わんっ」

 

 ゴン太は茶色と白の犬で大きなパサパサの尻尾をぶんぶんさせている。


 マヤは俺が作った卵粥たまごがゆをふうふうしながら少しずつ木のスプーンで口に運ぶ。


「君、いくつ?」


 厄介事はごめんだ。

 未成年だと何かと面倒な事になりそうだ。年齢は確かめておかなくてはならないと思った。


「22歳です」


 俺は失礼を承知でマヤを上から下までじろりと睨むように見つめた。


 ショートカットの髪の毛は黒くてぴょんぴょん跳ねまくっている。


「それ、ほんと? 君さ若く見えるよね? 俺、警察の世話にだけはなりたくないから。家出して来たのか? 未成年誘拐とか連れ回したとか誤解されんのだけは勘弁願いたいね」

「こんなに親切にしてもらって嘘なんかつきません。成人してます。童顔だからよく高校生とか言われるけど」


 無理やりはにかんだ顔が痛々しい。

 顔があちこちよく見りゃ腫れてるし腕や脚にも治りかけの傷や色濃い痣がある。

 新しそうな痣、古そうな痣。


 虐待か?

 DVか?


 俺はマヤを放っておけない気分になった。


「行くとこないのか? 今日は俺の家に泊まって明日家に帰れ」

「帰る家はありません。私、施設で育ったんです。一人立ちしました。一生懸命働いたけど彼氏にお金を全部持って行かれて。私の小さな居場所はお金が払えなくてなくなっちゃったんです」


 最悪だ。

 最悪だ。

 なんでこんな不幸は俺のそばにたくさん寄ってくるんだよ。


(美樹、菜花なのは。俺はこの子を助けなくちゃならんだろうな?)


 俺は写真立ての家族になり損なった二人を見つめた。


「私、お金は無いので泊めてくれるなら体で払います」

「いらねえよ、んなもんっ!」


 俺が大声を上げたらマヤが体を強張らせた。


 腹が立った!

 俺はそんな男に見えんのか?

 そんな人間だと思われてんのか?


「すまん、言い過ぎた。自分を大事にしろ。俺はあんたの体なんかいらねえよ。しばらく居たらいい。この家には俺とゴン太しか住んでないからな」


「おじさん、名前は?」

「ヒカルだ。カタカナだから。漢字じゃないぞ」


 マヤは涙を流しながら卵粥を食っていた。









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