第2章 有志部、始動
第8話 『初めての放課後』
学園ラブコメ作品ではもはやテンプレと化したイベント———美少女転入生の突然の来訪。
正直見飽きた展開というか、いくらなんでも使い古された感は否めない。
そして、その後の展開はこの高校でもご多分に漏れず。
突然の転入と同レベルの衝撃的な暴露話をハナから赤裸々に語られた昼休みから、少しばかり時は遡り。
ハナの自己紹介から始まったHRがいつも通りに終わった直後———担任教師、
ハナの席は案の定、智悠の左隣———凛依によって一度は撤廃されていた、窓際後方の特等席だ。
ハナの席を取り囲むように群がったクラスメイトたちは、
「真白さん、だよね。これからよろしく!」
「超可愛い〜! お人形さんみた〜い!」
「ちっちゃ〜い!」
「ねえ、本当に私たちと同い年? まだ小学生じゃないの?」
「俺サッカー部なんだけどさ」
「ねえ、私、ハナちゃんって呼んでも良い?」
「あっ、あんただけずるーい。私もー」
「俺サッカー部なんだけど」
「てゆーか超髪キレー」
「それ思ったー。ねえ、これって地毛?」
「どこから来たのー?」
「ご趣味は?」
「休みの日は何してるの?」
「ねえ、俺サッカー部なんだけど」
などなど、四方八方から質問の嵐を巻き起こしている。
テンションが振り切り過ぎて、最後の方は一周回って何かお見合いの質問みたいになっているのは気にしないことにして。
隙あらば自分語りをしているイタいサッカー部の何とか君は、その他大勢と同じように心優しくスルーしてあげることにして。
湯水のように溢れてくるまとまりのない質問に対して、ハナは懇切丁寧に、しっかりと相手の方を向いて一つ一つ答えを返していた。
「………すげえな」
その様子を隣から眺めていた智悠は、思わず感嘆の息を漏らした。
その主たるところは、ひっきりなしに浴びせられるとりとめのない質問にも嫌な顔一つせず、柔らかな笑みを浮かべて応対する彼女のコミュニケーション能力の高さに起因する。
だがそれ以上に智悠を驚かせたのは、彼女の受け答えの内容そのものだった。
出身地、転入前の経歴、その他諸々。
それらが、彼女の口からは一定以上の信憑性を持って語られている———設定が作り込まれている。
淀みなく流暢に、答えに窮することもなく。
『真白ハナ』のプロフィールが紡がれる。
今の彼女は慈愛の女神、ハナ=エンジェライトではない。
自らが作り上げたもう一人の自分、人間の真白ハナなのだ。
「何か趣味とかってあるのー?」
「それはもちろん人間観察……」
「え? 人間観察?」
「……あっ、いや、えっと………い、インゲン観察かなっ!」
「ぷっ、なにそれー」
趣味の話題に関しては、大分本音がダダ漏れていたけれど。
「もう少しマシな言い訳あっただろ……」
確かに趣味が人間観察というのは大分ネガティブなイメージになるきらいはあるし、避けようとする心理はわかるけれど、それにしてももっと上手く切り抜けられただろうに。
変に焦った結果、インゲン豆を観察するのが趣味の、痛々しい不思議系女子になってしまっていた。
が、クラスメイトはジョークとして受け取ってくれたらしい。
むしろとっつきやすい天然な女の子と認識してもらえたようだ。
その後、クラスメイトの質問攻めは、一限目担当の先生が「席に着け」と怒鳴るまで延々と続いた。
HR中、凛依が「
* * * * *
———時は過ぎ、その日の放課後。
部活動に行ったり帰宅したり、皆がそれぞれの時間を過ごす中、智悠とハナの二人は校舎内を歩いていた。
時刻は夕方。
放課後の空気が流れる廊下は、どこか寂然としている。
そんな中で、
「智悠さん。わざわざ案内してくれてありがとうございます」
智悠の前を進んでいたハナは、くるりと後ろを振り返って微笑む。
帰りのHRが終わり、智悠が帰り支度を整えていた折、担任である凛依からハナのために学校内を案内する役を頼まれた。
部活に入っていない智悠に放課後の予定はなく、断る理由もなかった。
「しかし、あの先生も世話焼きだよな………」
その時のやり取りを思い出し、智悠はげんなりする。
というのも、案内役の打診と合わせて、「これを機に、小日向君もクラスの人と関わるようにしましょうね」とありがたいアドバイスをいただいたのだ。
復帰の報告を疎らな拍手だけで済まされていたことを根に持っていたのだろうか。
当の本人は全く気にしていないというのに。
別に孤立させられているわけではないのだけれど———ただ単に存在を認識してもらえていないだけなのだけれど、あの心優しい先生は事あるごとに智悠の面倒をみようとしてくる節がある。
あるいは、単純に目をつけられているだけなのかもしれないが。
「私、こんなにいろんな人とお話したのは初めてです!」
智悠の前を歩くハナは、心底上機嫌にそう言った。
その瞳は爛々と輝き、微かに紅潮した頰からは歓喜の情が溢れ出ている。
「嬉しそうですね、ハナさん」
後ろ姿でもわかるほど喜色満面のハナを見て話しかけたのだが、
「智悠さん」
ふと足を止めたハナは、ズンズンと智悠に近寄り、ズイっと顔を近づけてきた。
何だろう、何かまずいことでも言っただろうかと不安に思っていると、
「タ・メ・ぐ・ち」
上目遣いで頬を膨らませ、溜めてそんなことを言ってくる。
「あ、すいませ………いや、すまん。まだどうにも慣れなくってさ」
席が隣同士なので、昼休みにタメ口で話すようにお願いされてから今に至るまでハナと話す機会は何度かあったけれど、その都度第一声は敬語になってしまっていた。
やはり女神というところが大きい。
見た目は制服を着た女子高生でも、彼女は神様なのだ。
「今の私は女神ではなく人間の『真白ハナ』なんですから、遠慮なく気さくにしゃべってもらって構いません。それこそクラスの人たちみたいに」
「いや、僕はあそこまでハイテンションにはなれないけど……」
先の彼らの様子を思い出し、深いため息を吐き出す。
クラスメイトたちの盛り上がりは一日中止まることなく、休み時間になる度にハナの机の周りに集合する始末。
当然、隣席がその余波を受けたことは想像に難くない。
昼休み、事情を詳しく聞くためにハナを連れ出した時も、正直その輪の中に割って入っていくのは気が引けたくらいだ。
「でもまあ、ハナさ……ハナが楽しんでるならそれで良いか」
人間界に来るのがよっぽど楽しみだったのだろう。
細かい設定を練りに練ってきたのももちろん、何よりクラスメイトと話すハナは心の底から楽しそうだった。
こうして校舎内を歩いていても、ハナはウキウキ顔で鼻歌を歌いながら、ともすればスキップでもしそうな勢いで前を進んでいく。
「……だからって、一つ一つ教室を覗いていくのは流石に勘弁して欲しいけど」
「? 何か言いました?」
「いえ、何も」
ささやかな愚痴は苦笑いの裏に隠した。
本校舎の教室はどこを見ても机が四十数個並んでいるだけなのだが、ハナはその一つ一つをドア口から覗いては瞳を輝かせている。
中には放課後自習とやらで何人か生徒が残っている教室もあり、そこを覗く度に怪訝な顔を向けられた———案内のためとはいえ、少々恥ずかしい。
「ところで」
本校舎の案内が終わり、隣接する体育館へと向かっている途中で、ふとハナが言った。
「任務の方はどうするおつもりですか?」
彼女が言う任務とは、つまり人助けのこと。
「それが、一応色々と考えてはいたんだけれど……どうにも当てが外れちゃって」
「当てが外れた?」
頭に疑問符を浮かべる彼女は、おそらく自覚していない。
智悠の当初の予定としては、隣の席というアドバンテージを活かして転入生と仲良くなり、慣れない新天地で不安がるであろう彼彼女に助け舟を出す形で任務を遂行しようと画策していたのだが、まさかその転入生がハナだとは予想だにしなかった。
まんまと彼女に一杯食わされ、予定をいっぱい狂わされたわけだ。
その辺の浅慮を若干の恨み辛みを滲ませて説明した後、
「もちろん、今やってるハナの案内係がカウントされるなら別だけど」
「残念ですが、今回だけに限らず、私への奉仕は採点には含みません」
「ですよね」
駄目元で言ってみただけだ。
それがありになってしまっては元も子もない。
「それと、このことを他言するのも禁止です。私の正体や人助けの件——それに、あなたが一度死んでいるという事実も」
「そんなこと言ったって、誰も信じやしないよ」
人助けのことならまだしも、同級生の女の子を女神だとか、自分は一度死んで生き返ったとか、そんなことを言ったらもれなくヤバい奴認定されるに決まっている。
変に悪目立ちするくらいなら今のまま、平和に空気をやっていた方がマシだ。
「兎にも角にも、とりあえず『転入生お助け大作戦(仮)』は失敗に終わったわけか」
「作戦名がそこはかとなくダサいですね」
およそ初となる、記念すべきハナからのツッコミは受け流し、智悠は頭を悩ませる。
我ながらこの作戦にはかなり手応えを感じていただけに、いざ破綻したとなると急に代案が思いつかない。
そもそも、仮にとはいえ生き返った初日から、そう事が上手く運ぶのが間違いだという気さえしてくる。
世の中、そうそう旨い話など転がっていないのだ。
「だからまあ、それは追い追い考えるということで」
「何にせよ、私は見届けさせてもらいますよ。あなたが何を成すのかを」
「決め台詞っぽいことをさらりと言うなあ」
最終的にそう結論づけたところで、二人は体育館に到着した。
開けっ放しになっている扉から中を覗くと、ちょうどバスケ部が部活をやっているところだった。
バスケットボールが弾むリズミカルな音。
選手たちの駆ける足音。
そして、シューズと体育館のフロアが擦れる音。
選手たちの掛け声に合わせて、そんな音が耳に飛び込んでくる。
今やっているのは紅白戦だろうか。
ビブスあり組となし組に分かれ、白熱した試合が繰り広げられていた。
「これは何をやっているのですか?」
隣で見ていたハナが、袖を引きながら聞いてきた。
「これはバスケットボールって言って……」
簡単にバスケについて説明する。
といっても智悠にバスケ経験はないので、あくまで素人知識を交えた最低限の説明だが。
智悠の解説を聞き終えたハナは、
「なるほど………天界で見ていた時よりもずっと迫力があります」
と、生で見る人間のスポーツに心踊っているようだった。
「これが、クラスの皆さんが言っていた『部活動』ですか」
得心がいったように呟くハナ。
それに智悠は軽く頷きを返した。
クラスメイトから「部活は何にするの?」と質問されたハナは、そもそも部活動が何かわからず、終始キョトンとしていた。
明らかに不自然なのに、それをクラスの連中は部活がない高校にいたのだと勝手に解釈していたが———いやはや、ハイテンションとは恐ろしい。
「こうやって、授業が終わったら皆で集まって体を動かすんですね」
「ああ。とは言っても、別にスポーツをするだけが部活じゃないよ。皆それぞれ自分がやりたい活動をするっていうか。スポーツをする運動部の他にも文化部ってのがあって………」
と、そこで。
「…………あ」
間抜けにも、自らが発した言葉で智悠は一つの直感を得た。
「そうか………そうだ」
もっと早くに思い当たっても良さそうなものだったのに、どうやら女神様の襲来は、思っていた以上に智悠の思考力を奪っていたらしい。
「ハナ」
夢中になってバスケを観戦している彼女の名を呼ぶ。
もうすっかり敬称はなくなっていた。
「どうしました? 智悠さん」
そのことを嬉しげに思いつつ、怪訝な顔を向けてくるハナに。
「思いついたかもしれない———作戦」
脳裏に浮かぶは、ある一人の女子生徒。
でも———だからだろうか。
その瞳は、いつぞやのハナのように——妙案を思いついたかのように、怪しげに光ってはいなかった。
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